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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
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グレイ離脱

お待たせしました…

 握りしめた左手の中には、剥き出しの黒い石。それを握りしめ、グレイは湧き上がる感情の奔流を制御できず、腹の奥から声にして発していた。心の冷静な部分が『石を手放せ』と警告しているのを感じている事に気付いていた。だが、その気持ちに反して手はきつく石を握り込んだまま、頭を抱えるようにその場で膝をつく。


「隊長!?」


 パーティスの驚いた声が鼓膜を震わせるが、それよりも自分の発している慟哭の方がより激しく耳朶を打っていた。荒れ狂う感情がグレイの精神を狂わせようとしているかのようだった。


「何ごとだ」

「グレイ様っ」


 騒ぎを聞きつけ、組合事務所から飛び出してきたのはマクルノとジュネスだ。二人は地面に膝をつき、頭を抱えながら声を上げているグレイを目にすると、一瞬動きを止めたがすぐに素早く駆け寄って来た。


「なにがあった」

「わ、わかりません」


 パーティスは思わず首を横に振ったが、マクルノの鋭い視線に冷静さを取り戻し、霧散しかけていた記憶を繋ぎ合わせていった。


「精霊の異変を報告して……隊長が確認して……その時に『まさか、まさか』って言い始めたんです。そのあとすぐです、声を上げて頭を抱えて……」


 言いながら視線をグレイへと向ける。今もまだ唸るように声を出し、頭を抱え地面に蹲るように体を丸めていた。通常のグレイではありえない姿に、パーティスの眉は情けなく歪む。


「グレイ様、グレイ様!」


 ジュネスは必死に呼びかけを続けているが、その声がグレイへと届いているのかもわからない。その時咄嗟にジュネスはグレイの握られていた左手を掴もうと手が触れ―――その熱さに思わず飛び退いた。


「……っ!?」


 熱した鉄板に触れてしまったような熱さを感じた。触れたジュネスの指先は痺れたようにじんじんとした痛みを伴いっている。それはまさしく火傷の痛さだったのだ。

 異常事態の原因に、ジュネスはすぐに見当を付けた。それはきっと、あの手の中にある。そして手に握り込める『何か』は、ジュネスの想像が正しければたった一つしか思い浮かばなかった。


「マ、マクルノ隊長っ」

「グレイどはうしちまったんだ」


 ジュネスの焦ったような呼びかけに、マクルノは困惑しつつ言葉を吐きだした。パーティスに状況の話を聞いたはいいが、原因が掴めるような内容ではなかった。精霊が関わっているというのであれば、精霊が感知できない者たちでは理解できる範疇にはない。


「お願いがあります。グレイ様の握りしめているあの左手を、開いて頂けませんか」


 そう言ってきたジュネスの瞳の中には確信があり、マクルノは二つ返事で引き受けた。それにマクルノも、グレイに触れようとしたジュネスが、手を引き慌てて飛び退いたのを見ていたのだ。副官であるジュネスが確信をもって伝えてくるのであれば、それに従った方が間違いがないだろう。


「あの手……異常に熱いのでお気を付けください」

「なるほど」


 注意を促すジュネスの手を見れば、軽くではあったが赤くなっており、確かに何らかの異常事態がグレイの身に起こっていると察せられた。

 マクルノはグレイの左手には触れず、思い切って右手を掴んだ。異常な熱さは感じられず、握り込んでいる左手だけが熱を発しているのだと分かれば―――あとはマクルノの独壇場だった。

 グレイの右腕を引っ張り、無理矢理地面から引き上げ、そしてぐらつく体を支えるのではなく、足払いをし地面に叩きつけた。見ていたジュネスとパーティスから息を呑むような音がしたが無視をする。

 地面に倒れたグレイは、声こそ上げなかったものの、体に起こった痛みのため、さすがに顔を歪めていた。そしてマクルノはそのまま遠慮なく所作を進めた。

 いまだ握りしめられていた左手には触れず、肘付近を掴む。やはり熱を放ってるのは手の辺りだけのようで、肘も異常な熱は感じられなかった。それを直接つかむことで確認したマクルノは、その肘を掴み……思いっきり力を込めた。


「っ!」


 繋がっている間接と神経が悲鳴を上げたのだろう、グレイの瞳に本能的な痛みを示す光が宿る。マクルノの全力で握られれば、さすがのグレイの骨も折れてしまうだろうから、それなりに力加減をしていたが、なかなか左手が解放されない。仕方なくマクルノは最終手段を取ることにした。

 倒れ込んでいるグレイ。掴んでいる肘。その肘を固い地面に打ち付けたのだ。


「―――っ!!」


 ビリビリとした痛みが全身を駆け巡り、力の入らなくなった左手は、そうして開かれたのだった。

 ころりと転がり出た黒い石に視線を走らせると、グレイが空いていた右手で石を掴もうとしたのが分かったが、グレイが掴む寸前でジュネスが石を回収した。それと並行し、マクルノがグレイに手刀を当てて昏倒させたのがほぼ同時だった。


「よし」

「よし。じゃないです!乱暴すぎます!」


 石を革でできた巾着に回収したジュネスは、倒れ込んで意識をとばしているグレイに駆け寄って怪我の有無を確認した。打ちつけられた肘から血が出ており、充分に痛々しい姿だ。何しろ固い地面に打ち倒されたのだから、服の下も怪我をしているかもしない。少なくとも、大なり小なり痣はあるだろう。


「反撃されるかもしれないからな。悠長にできなかったんだよ」


 若干ではあるが申し訳なさそうな声を出したマクルノに、元はといえば自分が依頼したのが発端かと思えば、それ以上の反論もできずジュネスは渋々文句を飲み込んだ。


「で。グレイはどうしたんだ」

「恐らく……この石の影響です」

「その石はなんだ?」


 掲げられた巾着に視線を向け、首をひねる。グレイの左手の中から転げ落ちた黒い石の正体を、マクルノはまだ知らなかった。


「この石は、ライナの護り石です」

「は?」

「ファーラル様曰く、とても強い力を秘めているとの事で……もっと言えば、ライナの父親の形見なんですが……それとその父親を看取ったのはグレイ様なんですけど、とにかくこの石はファーラル様でも解明できない力があるそうで―――今回の任務に向かう前にライナがグレイ様に貸し出したのです」

「へぇ」


 内容が突飛すぎてマクルノにはすぐに理解しがたいらしかった。元々が精霊も含めた、目に見えない現象に対して深く考えない質だ。覇気のない返事だったが、いまのジュネスはそれを気にしている余裕はない。


「いつもこの巾着の中に入れて持っていたのですが……」


 意識を失って倒れている主の姿を、ジュネスは困惑顔で見るしかなかった。その様子を見ていたマクルノは、思い出したように周囲に視線を走らせ、目的の人物を手招きした。


「おーい、パーティス」

「は、はい!」


 グレイの異変からマクルノの暴行(としか見えなかった)。その後のやり取りを含め、眺めているしかなかったパーティスは、呼ばれて意識を覚醒したようだ。しゃんと背筋を伸ばしつつも、困惑顔のまま走り寄って来た。


「何があった?いや、グレイに何を報告した?」


 顔を上げた視線の先には、口元に笑みを湛えたままのマクルノが立っていた。微笑んでいるのだが無駄に怖い。その視線に晒されつつ、パーティスは自分の行った報告内容を思い出していた。


「ま、街の周辺探査をしていたんですが〜……精霊が異様に集まっているところがあったので、報告したんです。それで隊長も精霊を飛ばして確認してくれたんですが……その直後から様子がおかしくなったんですよぅ」

「異様に?」

「はい〜。あんな数の精霊が一か所に集まるなんて、異常現象かと思いますよぅ」


 残念ながら精霊を感知できないマクルノとジュネスには、その『異常現象』を確認することは出来ないが、こんな状態で虚偽の報告をする意味もなく、また実際にグレイの混乱ぶりを目の当たりにしているため、本当の事なのだろうと位置づけた。


「ジュネス、その石はライナって娘の物なんだろう?」

「はい」

「強い力ってのはなんだ?」

「ファーラル様が仰っていたのは、ライナを護る力があるという事です。だからライナはお守りとして持ち歩いていたのですが」


 ジュネスの返答にライナとグレイと石の関係性を想像してみた。想像してみたが、結局のところ一つの答えしか思い浮かばない。


「ライナが攫われて、こっちに向かってる可能性があるって言ってたよな」

「はい」

「つまり石の暴走はライナの危機を伝えてきたって事だとして……それでグレイにどうにかしろって発破かけてきたって事じゃねえのか?」


 サラッと予想してみたが、限りなく確信に近いものだ。


「け、けどマクルノ隊長〜」

「なにかあるか?」

「精霊が集まってきていたんですが〜、その中心にも周りにも何もなかったんです、何も感じ取れなかったんですぅ。まぁ……俺が感じ取れたのは大量の精霊の気配だけだったから、隊長が見えたものはもっと鮮明だったと思いますけど……」


 能力が上がってきているとはいえ、パーティスが精霊探知が出来るのはそこまでが限界だ。周辺の事情まで精霊を通じて認識できるようになるには、もっと鍛錬が必要だろう。


「グレイとパーティス以外に【精霊士】いねぇから、これ以上は考えるだけ無駄だな。とりあえずパーティスは引き続き続けてくれ。何かあったら俺に知らせろ。ジュネス、グレイを運ぶから手伝え」

「はい」

「はい〜」


 予想外に一時(いっとき)の事とはいえ、グレイが計画から離脱した。

 太陽が沈み切った空に、月が仄かな光を湛えていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 日が暮れたワムロー邸の裏口を激しく誰かが叩いている。こんな時間に事前の連絡もなしに来客など礼儀知らずであるし、第一裏口からくる来客など本来であれば門前払いをしたいところだ。だが、来ると予想していた青年執事は慌てる事無くその扉を開く。


「なに用でございましょう」


 扉を開けた先にいた男の姿に、執事の眉が微かに潜められた。いつものように孤児の子供たちか、浮浪者かと思っていたが、目の前にいる人物はそのどちらにも当てはまらなかった。


「用件を伝えに来た。船はあるだけ使う。一隻も残すな」


 簡易な鎧をまとった男。金属製ではないが、それでも厚い革を使用しており、立派な鎧だ。そして腰に差している剣。どちらもが使い古したものであり、使い慣れている風だった。数合わせや一時しのぎで整えたものではないという事だろう。


「わかりました。早急に使いを出します」


 不穏なものを感じたが、腰からきっちりと頭を下げる。男が姿を消せば、すぐに港へ使いを出すことになるだろう。連絡は船の準備もあるが、バーガイル伯爵たちに状況を知らせるための指針にもなる。


「いや、いい」


 だが、男からの端的な言葉に思わず顔を上げた。


「どういう事でしょうか?」

「俺はここで残らせてもらう。この屋敷から一切の出入りは禁止だ」


 そう言うと、男は腰に提げていた筒状のものに手早く火をつけると、それを夜空に向けた。数秒置いてすぐ、破裂音と共に筒から光が発し―――光は夜空に光を一瞬灯した。


「いまのは……!?」

「邪魔する可能性を潰すだけだ。この仕事が終われば解放してやる。さぁ執事、屋敷の人間全部集めろ!」


 青年執事の顔が引きつった。



緊迫感のない拍手SSを追加しました。

ファーラルとガーネットです。

よかったらどうぞー

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