二人の旅人
流れて行く風景。静かな車内。
大きなボストンバックを抱えて、すわる少女。
黒の低い位置で一つ括りにされた髪。痩せぎみで、色白。ぱっちりとした瞳は青く、その少女がハーフであることを示していた。
化粧はおろか、リップクリームすらつけていない顔は、素はいいのに少し地味だ。
少女は何処へ向かうのか。
それは彼女自身も分かっていない。
出来る限り、有り金で行ける限り遠くへ。あの人たちから離れなければ。
その思いが少女を急かす。
今は何時だろうか。
時計も携帯も、全て置いてきてしまって時間も分からなかった。
どれくらい走ったのかも、何処まで来たのかも分からない。
駅名を見ても見知らぬ名ばかり。
「お嬢さん。一人かな?」
隣に座っていた見知らぬ男が話しかけた。
60半ばだろうか。白髪だが、それほどふけてはみえない。
少女は「はい」と言おうとしたが、長い間喋っていなかったせいで声がでず、黙ってこくりと頷いた。
「そうか。何処へ行くのかね?」
少女は口をパクパクさせ、やっと出た声で「わからない」と答えた。
「ふむ。流浪の旅、と言ったところか。この時代に、珍しい」
男は胸ポケットからたばこをとりだし「失礼」と言って吸い始めた。
「なにか事情があるように見えるね。お嬢さん。よければわしに聞かせてくれるかな?」
少女は目をキョロキョロさせ黙りこくる。
しばらく、沈黙が二人を包んだ。
意を決したのか、吐き出したかったのか、少女は話始めた
「簡単な話です。私は両親から虐待を受けていました。母は常に言葉で私を脅し、父は私を殴り続けました。それでも、私は両親が大好きで、ずっと耐えていました。けれど、人間には『限界』というものがあります。昨日のことです。父は、仕事に失敗し私に八つ当たりして殴り続けました。そこで、父は突然二階に上がり、私の部屋から大量に本を持ってきて庭に出ました。父はポケットからライターを出すと、それを全て燃やしてしまったんです。本は、私の唯一の心のよりどころでした。本だけは私を裏切らず、私を現実から逃がしてくれました。その本がなくなってしまうなど、私には耐えられませんでした。私は火の中から辛うじて燃えていない数冊を取り出しました。父はそれを見て笑い転げ、満足したように家へ戻っていきました。私は、もう耐えられませんでした。その日の夜中、両親が寝ている間に私は両親のお金を少しくすね、家を飛び出しました。」
そこで少女は言葉を切った。
黙ってタバコを吸いながら聞いていた男は、タバコを携帯灰皿に押し込め口を開いた。
「なるほど。それで、君はこれからどうやって生きていくのかな?」
少女は黙って首を横に振った。
「なら、わしとくるかね?」
少女は驚いて顔を男に向けた。
男はニッコリ笑い、続けた。
「わしもいま旅をしていてね。ありがたいことに金は腐るほどある。お嬢さんを養うなんて、たいしたことではない」
「でも…」
「遠慮をする必要はないとも。どうせ、わしの人生で使え切れる量の金じゃない。使わず無駄にするより、使ったほうがいい。それに、わしも一人で心細く思っていたところでね」
男は少女を見てにっと笑った。
「どうかね?お嬢さん」
少女は少し考え込む。
しかし、考えたところで彼女が生きていくすべは一つ。
「迷惑でないのなら。是非」
それを聞くと男は満足げに笑った。
「さぁ、行こうかお嬢さん。」
そして、思い出したように少女に尋ねた。
「お嬢さん、御名前は?」
碧眼の少女は初めて、微笑んだ。
「ミアです。あなたは?」
少女も、男に尋ねた。
「わしかい?わしは、郁じゃ」
電車が新しい駅へ入る。
二人の旅人はゆっくりと立ち上がった。