退屈な喫茶店
町の真ん中にある喫茶店を、人々が思い出す時、それは右斜め前のバスストップからの構図である。駅前の看板が、その位置から描かれているからに違いない。
喫茶店から、モーニング客が引いて、掛け時計はAM10時20分を指している。まだ、店内には、モーニングを食べ終わった後も、新聞を読んだまま、席を動こうとしない客が、2、3組残っている。カウンター、昨日の夜から働きっぱなしのホール社員と、AM6時00分から入っている女子大生がいる。
ホール社員は、今に帰って眠り、女子大生は、これから、買い物へ行く予定がある。ロッカー室から、ウェイターが出てきた。AM10時30分はアルバイトの交代の時間である。
ウェイターは、レジの所へ行き、引き継ぎを始める。日があがったとはいえ、朝方は、やっぱり寒い。
国道を茶髪の男が走っている。きりっとした太いまゆげを顔面に持ちながら、サッカーで鍛えた足を交差さし、人ごみをかけぬけていく。約束がある人みたいだ。歩道をゆたゆた行く人々を、ラグビー選手のような華麗なステップを小さく刻みながら、一人、二人と抜いていく。彼は、抜きさる瞬間あたらないように小さく肘をたたむ。その時の顔は、真剣そのものだ。しばらくして男の前に、小さな喫茶店が見えてくる。男は、走るスライドを大きくし、ゆったりしたフォームで、リズムを刻みながら、店の扉を勢いよく開けた。
男は、その細い目をかっと見開きながら、はや歩きでトイレに駆け込んだのだ。大をしっかり済ました男が、キッチンスタッフとして厨房に入った時、AM10時30分を四人のスタッフで迎えた。社員の男は、アルバイトができない事務処理をする為、ロッカー室へ消えていった。
それと同時に、駐車場に『大日本幸福教』とペイントされた中型バスが入ってくる。また、小さな字で『あなたは、キリストを信じているか?』と続けて書かれている。
バスからは、三人の人間が、順番に下りてくる。バスを運転していた男が、一番前を歩いている。組織のNo.2で経理担当者だ。冷たい目をしていて、友人は少なそうだ。
その後ろに歩いているのが、教祖である。白髪と白髭を生やし、黒装束をはおっている。顔は、ビンラディンを日本人にした、うさんくささだ。
最後に歩いてきたのが、眼鏡をかけた女性である。その人は潔癖な人間と一目でわかる。不気味なほどの清潔感。年齢は30も近いはずだ。ウェイターは席へ案内し、水とメニューを出す。カウンターへ戻ると、これから買い物へ行く女子大生がこう話しかけた。
『あなたは、神を信じますかって聞かれたら何ていうの?』
ウェイターは、鼻で笑って、
『信じとったら、日曜日に働きませんよ。』
と言い返す。後ろにいた私服姿の社員が、
『うちは、キリスト教徒は雇わんから。』
と笑わずに言って、二人とも同様に
『おつかれ様。』
と店を出ていった。ウェイターが注文を聞きに行く。
『ビーフライスにトンカツ定食シュリンプドリア、オールワンでーす。』
とウェイターがキッチンへオーダーを通すと
『とりあえず牛と豚とエビは食える宗教らしいな。』
と、うんこをしたばかりのキッチンスタッフが言った。ウェイターが、三人に注文を持っていった後も、No.2の男が、何度も呼び、そのたびに、教祖は、しょう油、タバスコ、バターとさまざまな
調味料を要求するのだった。修行のしすぎで味覚がおかしいに違いない。
その時、掛け時計がAM10時55分を過ぎた。日曜日は、
退屈な喫茶店といえども、お客様が多い。しかし、夜8時を過ぎると、パタッと客足が止まる。現在のキリスト教徒は、月曜日を恐れている。また、がっつりしたメニューがないので、12時から13時と19時から20時は、客が来ない。土曜、日曜は、この時間に集中して仕込みをしなくてはいけない。休む暇も中々ない。
No.2の男が、レジに会計に来た。教祖と女性信者は、先に出口に向かった。ウェイターが No.2の男の要求通り、上様で領収書をきっている。その時、下品な金髪に染めた二十歳前の集団が教祖を押しのけて、喫茶店へ雪崩れ込んできた。チャイムが鳴ったので、キッチンスタッフがホールへ出る。彼女たちは、
『ホンマ、久しぶり、元気やったー。』
とわざとらしい再会のあいさつの真っ最中だ。ガタガタとテーブルを無許可で移動さし、四人用のテーブルを2つつけた。キッチンスタッフは、一匹、二匹と確認し、八人いることを確認すると、8人分の水を準備し、始める。No.2の男は、領収書とおつりをもらい、バスへ向かっていく。ウェイターは、領収書を、いつ、どの時間にきったかをノートにチエックしている。キッチンスタッフが水とメニューを持っていこうとする時、ウェイターは、宗教集団のテーブルを片付けに行った。
窓際に腰かけた女性たちは、全員が、金髪でまるで感覚がまひした脳ミソをグチョグチョさせて、再会を喜んでいる。上着を椅子にかけ、めいめいの中で、すかさず二人がトイレに立った。二人の女は、同じような顔とメイクをしていて、区別がつかなかった。
右端にいる『丸顔』の女が、鼻につく、しゃべり方で『カールカール』髪の女に必死で何かを言っている。このグループの『リーダー』格の女が、いたずらっ子ぽい顔で、キッチンスタッフに
『とりあえず、エッグサンドにカツサンド、おいしーんよねー』
と注文し。キッチンスタッフは、伝票のサンドの欄に正の一の字を記入して、ウェイターに
『オーダー待ちやし。』
と伝え、伝票を預け厨房へ入った。ウェイターは、下げてきた食器を洗い場に置いた。キッチンスタッフは。、それを洗いながら、苦い顔をするのだった。
『同じ顔』の二人が、トイレから戻ってくると、みはからったように、『リーダー』と『丸顔』がトイレに立ったので、ウェイターは不快になった。ドリンクが通らないと、サンドを先に出せない。同時に提供するというマニュアル会社だから。トイレは長く、彼女たちもオーダーを決める気はないように思えた。協調性のない客は、喫茶店のバランスをすぐ崩すのだ。
しばらくすると、常連客がぼつぼつきだした。ウェイターは、すぐに水を持っていく。常連のなかには、毎日同じ注文の客と、いくつかのパターンを持っている客がいる。そうしているうちに、モーニング客が、いそいそと帰りだし、レジからウェイターは動けなくなった。すると、女性グループから、
『注文、お願いします。』
と言った、酒やけした声がホールへ響いた。
しかたなく、キッチンスタッフが注文を聞きに行くと、何も決まっていないらしく、考え始めている。彼は、ひどくイラついた。何もしないで立っているなら、食器を下げたり、メニューを作ったり、水を出す仕事があるのだ。レジでは、モーニング客がケーキを持ち帰りすると言い出したらしい。ウェイターは急いで、ケーキを箱に詰めていく。その間に客がバラバラ入ってきて、食器の下げていない所にも、客がなん組か座った。まだまだ席はあいているのだが。
ウェイターは、ケーキを客に渡し、
『ありがとうございました。』
と言うと。客が 入ってきた順番に水とメニューを持っていく。
『お待たせして、申しわけありません。』
と低い姿勢で入れば、許してくれる。常連はその場で注文してくれるので、すぐ伝票をきってしまう。月に一度くるか、こないかの客には、
『決まりましたら、お呼びくださいませ。』
といって下げてくる。その間にモーニング客の食器をサクサク下げて、あと5、6組水を出さなくてはいけない。そう思った時、女性グループの不
断』な女が、ヨーグルトパフェを注文し、キッチンスタッフが、
『8番、オーダー通します。チョコレートパフェ、ヨーグルトパフェがツー、ソーダフロスティ、アイスココア、ロイアルミルクティのケーキセット、チョコパンケーキ、レモンティー、あとさっきのサンドね。』
とため息まじりに通した。キッチンスタッフは厨房に消えると。ウェイターは、残りのテーブルにも水を運び、完璧な接客をした。また、何組か入ってきて、退屈な喫茶店は、オープンテラスを含め、満席になった。ウェイターは、最後の客に水を持っていったあと。すべての伝票を準備しながら、あがってくるメニューの皿、フォークナイフのセットを準備する。
続々と考えられないほどの注文が入ってきて。ウェイターがすべての注文を通したあと、厨房へ入ると、キッチンスタッフは、まだエッグサンドの玉子をむいている。ウェイターはコーヒーをすべて入れ、なべに火をかける。これでは、すぐなくなる。あと2回は立てなくてはいけない。水の入ったポットに火をかけた。満席の場合、客が入ってこないので、キッチンを手伝うことができる。パフェを作りながら、コーヒーを立てている。このまま、12時過ぎまで客が、もう一回入れ変わるんだと思うとウェイターは頭が痛かった。
女性グループの『リーダー』は、高校時代から、クラスの中心にいて、喧嘩やいじめがあると一枚かんでいた。それでも、彼女の周りにいると楽しいし、何か華やかな気分になるらしく、人をひきつけて離さない。単純な教師や男子に人当たりがよく、一見して悪い女には見えない。
それでも、嗅覚の鋭い一部の人たちは、彼女と一歩引いて付き合うのだった。
女性グループの構成員を紹介しよう。組長的な存在の『リーダー』始めにトイレに行った『同じ顔A B』の二人組。『丸顔』の女はいつでも気分が悪そうだ。最後にオーダーを言ったのは、『優柔不断』の女。『カールカール』の髪の女は、不安を持っている。毒舌が始まると止まらないのが。『お姉系』の服装をしている。このグループで、一番バカで見栄っぱりな『昔風』の顔ををした女がケラケラと笑った。
彼女たちは、高校を卒業してからの髪型と化粧の仕方の話を一時間も二時間も青すじを立てて話し合うのだった。
テーブルを挟んで、さまざまな化粧の話がなされているのだが。それをさえぎるように『リーダー』が『昔風』に質問した。
『たけし君とは最近どうなん?』
何か危険な会話が始まると『カールカール』は思った。『昔風』は顔をビクビクさせ、
『もう、何でもないんよ。』
とその会話がさける努力が行われた。すぐにリーダーは、
『えーそうなん。知りたいわあ。』
と丸顔の隣にいた『同じ顔AB 』は、その話題を聞きながら背すじが凍った。タケシというのは、丸顔が一年も二年もねらっている、ろくでもないバカなのだが。元サッカー部で、合コンでは、人気があるらしい。なぜ、その男が昔風と関係しているのか?もちろん、リーダーも丸顔がタケシにベタ惚れで、自分の所有物みたいにしゃべるのを聞いているのだ。リーダーは、今バカなフリをして、人間関係をより複雑にしている。また、丸顔が、このグループの中で屈辱感情を抑えきれず、表現するのを期待している。彼女は、そういったスリルが大好きだった。
『なんか、タケシと優子、仲いいらしいで。』
と丸顔に聞こえるように言った。丸顔は、
『えっどういうことなん。えっえっ聞いてへんで、意味不明、なになに。』
とバカみたいに戸惑い。昔風の女に詰め寄った。
昔風の女は、なぜこの話が、リーダーに伝わったのか 理解できなかった。この話は、親友のエリ子にしかしてなかった。私は、エリ子の秘密を知っているので、彼女が話すわけがなかった。エリ子の秘密をばらせば、彼女はこの町で生活できないのだから。きっとこれはタケシ側の人間から漏れたに違いない。
カールカール髪の女は、携帯を見ながら、あせっていた。リーダーに教えるべきじゃなかった。この話は、彼氏のケンジから聞いたものなのだ。タケシとケンジは、親友で秘密のない関係なのだ。カールカールは、リーダーと電話していて、話すことがなく、思わずしゃべってしまったのだ。話の出所が私だと分かった時、私の立場はどうなるのだろう。カールカールは、冷や汗をかく。ケンジに口止めされていたのに!友人との関係を大事にするケンジは、私に別れを告げるかもしれない。話が大きくならないようにしなければ。
『お姉系』の女は、こういうバカな男が大嫌いであった。また、友人がろくでもない男と付き合うのはよしたほうがいいと考えていた。だから、昔風の女に
『あんな男のどこがいいの?』
と見下したように言った。
昔風の女は、自分の価値が下げられたようで、嫌だった。だから、言い返した。
『タケシとは、もう何もないんよ。始めから付き合ってないし。』
その言葉を聞いて、リーダーは、
『あー何か、あったんやな!やっばり。』
と大袈裟に言った。リーダーは、すべてを聞いているし、自分の弱みを何一つ見せていない。何の責任もない立場なんだから。きっと昔風の女は、自分の自尊心と名誉を守る為に何だって言うだろう。
丸顔は、昔風に感情を爆発させて、
『私が彼のこと好きやって、知ってるやろ。知ってて何でそんなことしたんー。』
それを聞いていたお姉系は、タケシが好きという意味が理解できず、
『おの筋肉バカのどこがええん。あほちゃう。』
と言う。ブリプリしている丸顔に、『同じ顔AB 』が、
『まあ、付き合う前に、わかったしよかったやん。』
と慰めたが、丸顔は怒りに、震えて、聞いていない。リーダーはその時、脇腹を抱えて笑いを堪えていた。
そして、昔風は、これ以上、丸顔の怒りを買うのが嫌だった。何か言い訳をしなくてはと思った。7人の女の顔が、昔風の女をじっと見た。
『私から、誘ったんじゃないんよ。二人で部屋におったら、なんとなくそうなったんよ。』と言った。
『やらしてって言われて、何となくやらしたんやろ。』
とお姉系の女がやはり見下して言った。昔風の女は、むかついたので、
『始めは、断ったんよ。私も。普通にテレビゲームしてただけやし。』
と反抗してみたが、
『行った時点で、そうなってもいいってことやん。
部屋行ったらあかんわ。』
とお姉系は、日本中の道徳を背に受けて言った。
『ほんまに、そんな気はなかったんよ。』
と小さな声で昔風が言おうとすると、
『でも、結局やってんやろ。』
とすぐかき消された。丸顔の女は、大きな声で、
『だいたい、私の立場はどうなんの?バカみたいやん。もうやっとれんわ。』
と面目のことを、うじうじ言う。リーダーはその美しい顔で、にんまり笑って、張り詰めた空気の中、少女のように、こう思った。
『これだから、人生って、すばらしい。まるで、いたずらっ子の気持ちやわ!』
5分ほど、重苦しい沈黙があった後、女性グループは、席を離れ、喫茶店をあとにした。ただし会計が、一人ずつだった為、ウェイターは5分もかけて、その金を受け取ったのだ。
掛け時計は、PM 2時30分を指し、客席は、すべて埋まっている。オープンテラスに、三人組の男が気持ち良さそうに座っている。三人は大学のサークルの先輩後輩で、話題に困ることはない。男たちは、退屈そうに、プロ野球の話をしている。茶髪の男とヒゲの男は、同じ町内で育っている。
茶髪がヒゲに
『自分のおねえ、元気にしよる?』
と言った。するともう一人のジーパンの男が
『お前、コイツの、ねえさん知ってんの。』
と目をこすりながら聞く、
『同級やねん、コイツのお姉、死ぬほどきれいやで、ユキちゃん。』
茶髪の言うことにジーパンは、
『へーまじで紹介してーや』と
気の乗らない口調で言い。茶髪の男が叫んだ。
『でも、いっしょに歩きたくないぐらい美人やで、同じ生物として!』
実弟であるヒゲの男も、
『確かに、ひくぐらい美人かも、うちの家族は別の意味で心配してますよ。美人はあらゆる不幸な人間も引きつけよるからね。ちいちゃいころから、いっしょに遊んどっても、常に大人に誘拐されそうなオーラがでとったからね。僕は姉の隣におったし、小学校に入っても、常に一人やなく、二人以上でいるようにしとったね。』
ジーパンは、やっと興味を持ったらしく、
『そんな美人やと、やっば困るんかなあ。いろんな世界があるもんやね。』
と呆れた顔をする。茶髪の男が付け加える。
『そら、困んで、俺同じクラスやったことあるけど、体操服とか縦笛がなくなんねんもん。さあ、目を閉じて、手をあげましょうって人間不信にもなるで。』
と、今度は、ヒゲが口を開き
『そうそう、常に持って帰っとったなあ。中学入ったら、ヤンキーに告白されて、断わんのが、すごいいややって言ってたわ。』
『よー仲良く、ユキちゃんとしゃべってるだけで、調子のんなってヤンキーにしめられるって話やったなあ。』
『そーいや。ヤンキーに、おねえ紹介してって呼び出されたことあったなあ。うちのおねえホンマは頭もすごいよかったし、運動神経もかなりええねん。野球とかもうまいしなあ。でも、ねたみとか、見立つんが嫌で、自分でブレーキかけよったね。』
ジーパンは、コーヒーを飲み、
『へぇ、まじで、ますます男は大変やね。』
と他人事みたいに言った。茶髪が今、気付いたようにしゃべり始める。
『そういや、小学校の頃は、神の子みたいに思われとったけど、中学のころは、おとなしかったなあ。別の小学校から、来た奴らは、おしとやかなお嬢さんやと思ってたもん。めちゃ育ち悪いのに!』
『育ち悪いっていうな。』
と弟のヒゲがツッコンダ。
『まあ、でもちいちゃいころから友達やから。一瞬、空気が止まるぐらい美人やけど、できるだけ普通にしゃべっとったけどな。それも変なもんやで。』
ジーパンの男はケツをかきながら、
『まあ、でもそういう女の子って意外と、普通の家庭に入って、普通の人生、送るんちゃうん。元々、頭いいから、何が幸せか分かってるんちゃう。』
と話をまとめ出すと、ヒゲの男が笑いながら、
『噂をすればなんとやらやね。うちのお姉が来たで。』
と言い、三人は、その方向を見る。秋の風が彼女の髪をなびかせている。シャープな顎とスラッとした細身の体に、びっくりするくらいお似合いのリクルートスーツを着て。すべての原子レベルまで、
濃い人間の力を感じる、目と鼻と口。清涼感は常にMAXの女だ。
彼女は『よお』と弟に声をかけられると。びっくりした弟思いの笑顔で
『なにしてんの?』
と言った。茶髪が、楽しそうに、
『久しぶりやん。今、美人のお姉さんの話しとったんよー』
と言ったので。ジーパンは、すかさず
『悪口言ってましたよ。』
と笑いながら言った。彼女は、席に座ると、
『何か頼んでいい。ホンマ久しぶりやねー。』
とブツブツしながら『ジーマ』を注文した。
『就活してんの。』
と弟が話をふると
『エロおやじの面接ばっかで、つまらんわ!』
としゃべった後、四人の話題は、共通の愉快な友人の話へ移った。そいつが、今、どの国で、いかにくだらないことをしているか話したあと。彼女は、ジーマを飲みながら、夕日を見て、気持ち良さそうに伸びをしていた。
その時、大学生風の男が近づき、どうもあやしいものではないんですが、と彼女に声をかけた。しどろもどろの彼は、どうやら一目惚れしちゃたので、もしよろしけれぱ電話くださいと言って、電話番号を彼女に渡した。彼女は、困った顔をした。男は失礼します。とスタスタ歩いていった。
その間中、彼ら三人は必死で笑いをこらえていて。男の姿が見えなくなると、ケタケタと笑った。息を殺して笑いながら、茶髪が
『あい変わらず、すごいねえ。』
と言った。つられて彼女も、呆れ笑いし、四人は、昔からの友人みたいに馬鹿話をして退屈な喫茶店をあとにした。
彼女が、家に帰ると、近所の子供がなわとびをしている。彼女は日なたの石段に座りスーツのまま、その風景を見ている。小さな子供たちは、何回やっても、二重とびを三回しかできない、夕日の中で、彼女は今日の面接のことを思い出している。
閉じ込められた会議室で、油のたまった顔を見ながら、セクハラめいた質問ばかりしやがって。君、彼氏はいるのか?どういうタイプの男性が好きか?いったい何を考えて初対面の人間にそんな質問をするんや。私は男のご機嫌を取る気なんてない。
彼女は、急に人生が退屈に思えた。彼女は、小学生から縄跳びをかり
『お姉さんにも、やらせて。』
とヒールを脱いで、ちょうど外に乾かしてあったスニーカーを履いた。とんとんとジャンプし、二重とびをする。一回二回と彼女はひっかかってしまった。
私は、いつからブレーキをかけたままなんだろうか。私は、そろそろアクセルを践むべきじゃないか。彼女は二重とびをしながら考えている。昔は、なわとびを公園でやったもの。6回、7回、8回。もう
だれだって、私を妬む権利なんてないじゃないか。12回、13回、小学生が驚きの声をあげる。彼女は目を水平にしてリズムを、崩さない。16、17、18。誰も私の知らない世界で何だってできる。20、21、22。
彼女は次第に無になっていく。あの時感じ無限の可能性の中に私はいる。25、26、27。小学生たちは、悲鳴と狂気の声を出す。リクルートスーツを着た恐ろしくろしく美人の大学生が、夕日と夕風の間で息もきらさず、二重とびを続けている。30、31、32、33。もう、私から何かをやめるなんてことはない。私はいつまでも二重とびを続けてやろうと思った。35、36、37、38。彼女は、あふれる息の中で、大きな声で、小学生といっしょに数をかぞえた。41、42、43 44、、、、、