ぺっぱのトンネル
一 原っぱ
ぼくの名前は「やまは」、小学六年生。
これは本当にあった話。
ぼくの家で本当にあった話なんだ。
三年前のことだった。
☆☆☆☆☆
妹のそらは寝てしまった。となりですうすう寝息を立ててる。もともと寝つきがいいんだけど、つかれもたまってるだろう。四月になって、そらは小学校へあがっていた。
ぼくは安心して、トンネルをくぐり始めた。
今度はいい感じだ。ネコのぺっぱといっしょに通ったときと同じ。空間がゆがんでゆくような気分・・・。
(んー、心がまざっていくような感じっていうか)
ぺっぱとぬけた布団のトンネル。何回通っても不思議なトンネル。ぼくの布団なんだけどね。
(今度はぬけられるだろうか・・・)
胸がどきどきしてくる。
(あの原っぱに、いるんだろうか?)
胸がしめつけられるような気がしてくる。
苦しい。
せつない。
(それでも行きたい!)
ぺっぱに会いたい、そう思いながらずいぶん長いあいだトンネルの中をはっていた。
「あっ!」
小さく光る点が見えた。
光る点はまるい月のようになって、次第に大きくなる。
あの明るいのは窓だ、トンネルの出口にちがいない。あの外が原っぱだ。
・・・・・・
初めてそこに行ったのは、その四か月前の十二月だった。ぼくはまだ小学二年生。ぺっぱは生まれて六カ月で、一キロぐらいの黄トラのこにゃだった。(あ、こにゃは子ネコのことだよ)
そのころぼくがベッドへ行くと、いつも少しおいてぺっぱがやってきた。待っていました、というようにあらわれるんだ。
その夜もそうだった。
そらは先にベッドに入っていた。布団を深めにかぶっているけど、こっちを見ている。
「やまちゃん、またシャツがでてるよー」
「わかってるよ。そら。早くねろよ」
シャツをおしこみながら布団に入った。
そらは二才下の妹だ。「空音」と書いて「そらね」。まだ保育園だった。お母さんに似てしっかりもの。それはいいんだけど、ちょっとうるさい。そんなとこまで似てしまってる。「やまちゃん、またぼんやりして」なんてよく言われる。「ちょっと空想していたんだよ」と言い返すけど、兄貴としてのメンツがないようでくやしいんだ。
そんなぼくの名前は「山羽」って書く。たよりがいがないのか、そらは「やまちゃん」と呼ぶ。まるで同い年みたいだ。
そらは、いつでもあっという間に寝てしまう。ぼくもその内、うとうとしかける。すると、ぺっぱがあらわれる。キャットドアをぬけて、「とととと」って。まくらもとにとびのって、ぼくのかたの辺りから鼻をつっこむと、おもむろに「ぐいぐいぐいっ」と布団の中に入ってくるんだ。いつものことだからあんまり気にしてない。ぼくはぺっぱがもぐりこんだくらいには寝てしまっている、と思う。
でも、その夜はちがったんだ。そらは寝ちゃってたけど、ぼくはまだ起きていた。そして、ぺっぱがいない気がした。
たしかに布団に入ったのに。
「あれ、ぺっぱ?」
ぼくは吸いこまれるように布団に入っていった。ぺっぱみたいに、頭から。
そこは、ぼくの布団のはずなのにまるでトンネルのようだった。
(へんな感じだな)
でもぺっぱが気になって、布団のトンネルをはっていった。
どのくらいの時間がたったろう。遠くに光が見えて、トンネルをぬけた。
そこは陽だまりの小さな原っぱだった。
明るい原っぱにぺっぱがいる。真ん中に横になっていた。
「やまくんもこれたんだ。よかった!」
「うん、びっくりだな。ふとんもなくなっちゃったし。ここはどこ?」
応えておいて、自分におどろいた。あれ、ぺっぱと話をしてる? んん、ぺっぱが話している?
「・・・ぼくのことば、わかるの?」
どきどきして聞いた。
「いつもわかるけど」
ぺっぱは少し不思議そうな顔をした。
「やまくんの家でも話してるよ」という。でも、ここではもっと話が通じるらしい。
「それよりね」
ぺっぱはゆっくり起き上がる。胸いっぱいに空気を吸ってみせた。
「なんと、立てるんだよ!」
小さな原っぱの中で、何でもなく自然に立っていた。
ぼくの目の前に両手をのばして、ぐーぱ、ぐーぱしてる。手も自由に使えてる。
ぺっぱは家で不思議に思っていたらしい。何故両足で、二本足で立てないのか。両手の指が使えないのか。
「ねえ、何してあそぼう? せっかくやまくん来たんだし」
「ようし。じゃあ、あのチョウチョをつかまえよう!」
原っぱにはチョウが飛んでいた。モンシロチョウだ。
ぼくらはチョウを追いかけた。ぺっぱは四足で走っていく方が速い。そして、飛びつくとき、ぼくと同じように手をのばしている。不思議な感じだ。二人で息が切れるまで走り回った。
「こんな場所があったんだねえ。ぺっぱと話せるなんてうれしいよ」
ついに走れなると、二人であおむけに転がった。はあはあ、息をついてる。
「やまくん、いつも話してるじゃないか」
「にゃあとしか聞こえないもの。なんとなくはわかるけど」
「ぼくの言葉、わかりづらいんだね」
ちょっと残念そうだ。
やわらかくてしっとりした草が気持ちよかった。ひんやりとしている。目を開けると空がある。青い空。白くて細長い雲が流れていく。そこへチョウがひらひらきてぺっぱの鼻にとまった。
「あはは!」
あんなに追いかけてつかまえられなかったのに。おかしくて二人で笑った。
「やあ、楽しいな」
その日は、日が暮れるまでおにごっこをして遊んだ。
「ねー、やまくん、また来ようよ」
ぺっぱとまた来る約束をした。
原っぱは森に囲まれている。でも一か所だけブッシュのトンネルがあって、そこがぼくの布団に通じているらしい。走り回りすぎて、本当にもうつかれてねむたくなったころ、ぺっぱといっしょに部屋へもどった。
布団に入り直して「おやすみ」を言うと、「にゃあ」と言った。たしかに会話してるんだけど。なんとなくはわかるものの、やっぱりネコの言葉だよなあ。
それから何回か、ぺっぱにさそわれるように原っぱへ行って遊んだ。
そうだ、ぺっぱは面白いやつだった。
生まれたのはこの六か月前、その年の六月だ。
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※小説冒頭(一章のみ)
続きは"http://goodbook.jp/newpage54.html"に掲載されています。
最後にぺっぱに会えてほっとする、そんな作品です。