魔女に、なる
「ラヴェリア様、どうだい?俺が腕を振るって作ったケーキのお味は?」
「…っ…凄く、美味しいです!いつもの食後に出てくるデザートはあなたが、作っていたんですね。」
「んーまぁ。一応、シクザール家のパティシエですから。」
ペールさんのお孫さんは、シクザール家のパティシエさんでした。彼が作ってくれたデザートは、とても美味しかった。
どうして彼が腕を振るって私のためにデザートを作るようなことになっているのかは、朝に遡る。
*
あの後、すぐにお孫さんの所に行こうとしたが、ペールさんに止められた。どうやら今は、お城である今一番の噂になっている王太子殿下の婚約者のパーティーで、食べてもらうデザートを試作中、だと言っていた。
パーティーは今から4ヶ月も先らしいが、ペールさんによると、お孫さんは完璧主義者らしく、納得出来るものができないかぎり止めないらしい。
つまり、今はかなり集中しているから、話に何て付き合って貰えないということだった。
そのパーティーには国王両陛下も参加する。運が良ければ、城の厨房に行けるかもしれない。
つまり料理人――彼はパティシエだが、今一番の腕の見せどころらしい。
忙しいなら、仕方がないと思った。
私以外の人は、忙しく働いているのだ。私だけ、お邪魔虫になっているのだ。
今日は諦めた。
ペールさんが明日、会えるように伝えておくよ、と言って私とは別れた。
そして、朝になった。
朝はいつも大変だ。
大変だというのは、私はいつもは乳母が選んでいたドレスを毎日身に付けていた。
だから、前にも言ったようにドレス選びなんて、興味がない。まずもって、衣服に興味がなかった。
しかし、シクザール家に来てからは違った。フィリアは私が選ぶドレスを見たいらしく、私がお願いして見繕って貰おうとしても無駄だった。
普通は、喜んでしてくれるものなのに。
私はフィリアのことが分からなかった。私が興味を示すものに喜んでくれて、私が楽しいと思ったものに一緒に笑ってくれた。
心が安らいだ。
乳母とは感じられなかった心地よさがあった。
今日はお孫さんに会うために急いでいたから、適当に淡いピンクのドレスを着た。
流石にメイクなどはフィリアのお任せだ。楽しそうにやってくれた。
…ナジャともこんな風になれるかな?
私は淡い期待をしていた。
フィリアみたいに笑ってくれたりはしてくれないか、と思った。
でも、ナジャにとって私は、『嫌いな奴』だ。無理かもしれない。
寧ろ、私が何とかして接触してくることを警戒しているのだ。だから、フィリアとも手を組んで、一切私と目を合わそうとしていないのだ。そうかもしれない、と思った。
じゃあ、私が一生懸命弁解しようとしていることは、ナジャにとっては迷惑なのかもしれない。
私と何かと会いたくないのだ、きっと。
心の底でそう思いながらも、ナジャと話をしたい私は、お孫さんのいる厨房に向かった。
*
厨房に来るのは、これで2回目だ。
あの時は、もう昼下がりだったので、仕事を終えた料理人たちは、みんな食事をしていたみたいだった。そのため、厨房には後片付けをしているナジャだけいたらしい。そして、同じように仕事を一時片付けたお父様が、ナジャと話をしていたというのが、昨日私が出くわした場面だった。
これは因みに、フィリアが言っていた。彼女は同僚の侍女たちから聞いたみたいで、私が出くわしたな、と睨んだらしい。そして、バレてしまった。
今日のことも言った。流石に眉間に皺を寄せていた。でも、フィリアは行かせてくれた。
厨房は普段たくさん人がいると、フィリア言っていた。
ここでは、使用人たちからお父様までの大勢の食事を作っているらしい。
私は、あまりたくさん人がいる場所が嫌いだから、緊張していた。厨房にたどり着くと、先程食べた朝食の匂いがした。どうやら、大分人が出ているみたいだ。
私は好機だと思い、扉を思いっ切り開けた。
中には、唸っている男の人が1人しか居なかった。
私は驚いた。
いくらなんでも人がこんなに早く居なくなるなんて思っていなかった。あと精々3人くらいは残っていると思った。
多分、残っているあの人がペールさんのお孫さんだと思う。しかし、今声を掛けるべきか、私は迷っていた。
どうしようか、と思っていたら、お孫さんの方が気づいたみたいだ。少し目を開いてコチラを見てきた。私も驚いてしまって、その場に立ち尽くしていた。
「えっと……ラヴェリア様?」
「あっ…はい。そうです、ラヴェリアです。」
「じーさんから聞いてますよ。ナジャのことですよね?結構知ってますよ。」
「え、えっとそれで今はっ……」
彼の前には少しデコレーションされているケーキがあった。
これはペールさんが言っていた集中している時ではないか、と思った。邪魔してしまったようだ。
私は空気を読めるようにならなくてはならない。いくらたくさん人がいたら嫌だからという理由だけで、押しかけたらダメなのだ。私みたいな役に立たない人間よりみんな、何かをして役に立っている。愚かな私と一緒にしてはいけない。
――出直そう。
そう思った私は、足早にこの場を去ろうとした。勢いよく開けた扉を閉めようとすると彼の方が慌ててコチラに近づいてきた。気を使わしてしまったのだろうか、申し訳がない気分になった。
閉めようとした扉を彼は掴んで、私の動きは止められた。彼は、ニコニコして笑顔を見せていた。その表情に私は、困惑した。
「ラヴェリア様、俺のケーキ食べませんか?」
「……は?」
私は、初めて呆気にした。
そして、冒頭に戻る。
*
彼の前にあった少しデコレーションされていたケーキを私は、一切れ貰った。
ほっぺたが落ちるくらい美味しかった。
それを言うと、彼――リークは、『そんな大袈裟な』と言って笑った。大袈裟じゃなかった、彼のケーキは美味しかった。
ケーキを食べ終えると、彼はお茶を出してくれた。しかも、ハーブのお茶だった。
私が驚いていると、彼は『フィリアからよく聞いているんで』と言った。どうやら、知り合いのようだ。よくデザートを強請られると言っていたから、フィリアも彼の作るデザートを絶賛しているようだった。
他にもたくさん食べてみたいが、今はナジャのことが先だ。
私は彼に聞いた。
「ナジャは知っていると思いますが、旦那様の前妻、ソフィア様の妹です。」
「ナジャって私と同じくらいじゃないの?」
「女性の年齢は言うのはあまりよくないですが、ナジャは今年で23になりますよ。ラヴェリア様とは案外離れてますよ。妹って言っても、ナジャはソフィア様とは異母兄弟なんですよ。」
「“異母兄弟”?」
「はい。ソフィア様は男爵―ネフェロイ男爵の前妻の子で、前妻はソフィア様を産んですぐに亡くなったらしいです。それから15年近く、男爵は妻を娶らなかったんですが……」
「ナジャのお母様と結婚したの?」
まぁそうですね、とリークは言った。
“異母兄弟”――初めて聞く単語だ。
不思議だな、と思った。
母親が違う姉妹というのはどういうものかは分からない。その前にまず私は、兄弟と言うところから分からない。私と血の繋がった後から産まれた子だとは分かる。
でも、何故それが私と同じ血が流れているのかが分からないのに、それを『家族』と呼ぶことが出来るのか。
また、私には分からなかった。
「あぁ、そういえば。」
「そういえば?」
「侍女たちが噂してたんですよ。まぁ、信憑性ないから何とも言えないですが。」
「何て言ってたの?」
「ナジャの奴、旦那様に想いを寄せているらしいですよ。かれこれ20年近くになるそうですよ。」
“想い”を寄せている?
母が父を『愛している』のと、同じ?
『愛愛愛愛愛愛愛愛、愛。』
ナジャを、ナジャを止めないと。
――ナジャが、“魔女”になる。