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敵意の眼差し


私――『ラヴェリア』が、屋敷で来てから過ごして早、二週間も経とうとしていた。

フィリアは今では私の専属の侍女になっていた。しかし、フィリア1人だけでなく、私と同い年くらいの『ナジャ』という女の子も一緒だった。


ナジャは、あんまり私のことが好きではないらしく、いつも俯いていた。最初は気分でも悪いのか、と心配して顔を覗きこんだが、すぐに身を引いて私から離れていった。そして、お茶を用意します、と小さく言って、足早に部屋から出て行った。


フィリアは『照れているだけですよ。』、と言っていた。『そんなのかな』と言ったが、フィリアが『そうなのですっ!』と確かにそうかもしれない、と私は思うしかなかった。


この屋敷には、旦那様しかいない。16年前までは奥様もいた。そしてお腹の中には娘さんがいた。しかし、2人は亡くっている。女性、というか女の私を世話をするのは、慣れていないだけだと私は言いきかせた。


しかし、ナジャは私を避け続けた。

いくら話しかけても何も答えずに頭を下げるだけだった。フィリアも何か言ったらしいが、ナジャの態度は変わらなかった。


私は、悲しくなった。



















他の使用人たちもナジャと一緒なのか、と言われると、それは違った。寧ろ逆だった。


いきなり現れた“怪しい”としか言えない私を屋敷の使用人たちは、優しく受け入れてくれた。中でも私が庭を絶賛したためか、庭師のペールさんは、とても優しかった。

ペールさんは、私に知らなかった花の名前を沢山教えてくれた。



――孫が1人増えたみたいだ、とペールさんは言っていた。


ペールさんの孫ならとても幸せだと言ったら、彼は『なら、孫の嫁になって欲しいかぎりです。』と笑っていった。

私は少し驚いていたが、丁重にお断りをした。そんな真面目な私の返答に彼は、びっくりしていた。そして、冗談ですよ、と言っていた。



…驚いて損をした。



















「どうやら、調子はいいようだね、ラヴェリア。」


「あ、旦那様。」


「いつも『お父様』でいい、と言っているのに。」


「……それは、ちょっと。あ、でも旦那様と呼んだのは、ごめんなさい。テオリア様。」


「呼んでくれないのかい?」


「……」


「テオリア様、ラヴェリア様を困らせないで下さい。」










旦那様、『テオリア』様は私をとても可愛がってくれた。今はいない娘さんの代わりじゃないんだ、と彼は言っていたけど、私はそれでもいいと思った。

テオリア様は優しい人だ、大らかで使用人たちからとても慕われている。そして、こんな私に大切なものをくれた。



私は恩返しをしたいと思った。



こんなちっぽけな私が返せる恩なんてたかが、しれている。でも彼が喜んでくれるなら何でもいい、と思った。










「……『お父様』、ありがとうございます。」


「っ!…あぁ、どう致しまして。ラヴェリア。」










本当の家族には成れないが、これぐらいは出来る。

彼の娘になるのだ。そしたら、彼は喜んでくれるはずだ。

でも、これは私の自己満足でもある。偽りでもいい家族の愛が、父親の愛情が、私は欲しくて欲しくて、堪らないのだ。



……私は、やはり醜くて汚いのだ。










――穢らわしい、汚い、母(魔女)の娘なのだと思った。



















ナジャが今日初めて喋った。










「旦那様に、テオリア様に近付かないで。」


「えっ…」


「聞こえないの?マヌケね。何でアンタなんか拾われてきたんだろ。」


「…っ……」


「はぁ、嫌な子だな。ホントに。下心が丸見えなのよ、泥棒猫。」










「どれだけ頑張ってもアンタなんか、テオリア様の家族になんか馴れやしなのよ。」










ある日の昼下がりだった。

フィリアは珍しく街の市場に用事があるらしくて、部屋には私とナジャしかいなかった。いつも通り、ナジャは何も喋らなかった。私は、少しばかり寂しくなったが、テオリア様――お父様に貰った本を読んでいた。しかし、お父様と私は親子ではないかというぐらい本の趣味があっていた。

この作家もこの詩家もどれも知っているものばかりだった。


私は嬉しくなった。血の繋がりはなくても、何処かでお父様と私は似ているんだと思った。



そう思っていると、ナジャが近付いてきた。初めてだった、ナジャがこんなに傍にいるのは。何か喋るかと思ったが、何も言わない。私は首を傾げて不思議そうに彼女を見たが、それでも何も言わない。彼女は私の目の前で立ち止まったままだった。


非常に困った。

何か話すべきかと私は口を開こうとした。しかし、それは音も出すことが出来ず終わった。




天罰だったのか、何なのかは分からなかった。ただ浅はかな私の考えを読み取ったかのようにナジャは喋った。


ナジャは、堂々としていた。普段見ていた態度が嘘みたいだった。そして、強い瞳を持っていた。

私は、怯えた。ナジャが見せたのは明らかな『敵意』だったからだ。初めてだった、こんなものは。

何も言わない私に満足したかのように、ナジャは鼻で笑った。


ナジャは続いた。










「“記憶喪失”?都合がいい設定ね。どうせアンタ、『平民』の娘でしょ。」


「テオリア様がお優しいからって調子に乗らないで。彼が愛しているのは、今尚16年前に亡くなられた“奥様”なの。」









「薄汚いアンタより千倍も綺麗な方なの。『あの方』の後釜、後妻になんかアンタはなれないわよ。」










“後妻”……?





私はそんなものになるつもりはなかった。ただ、お父様の家族―“娘”になれたらいいだけだ。しかし、都合よく現れた私をナジャはそう見ていたようだ。だから、嫌った。遠ざけて、ようやく言うチャンスを得たみたいだった。


私からナジャを見ると、輝いていた。『あのお方』――ナジャは奥様をそう言っているが、それは不思議と乳母に私は重ねてしまった。




いいな、私もなってみたい。


愚かな私はそう思った。亡くなっても誰かに愛されている誰かになりたいと、思った。その人が輝いて、美しく見えるから。










「……いいな。羨ましい。」


「はあ?何言ってるのよ、アンタ。いいかげっ……」










「ナジャに其処まで思われている奥様は、とっても綺麗な人なんだね。幸せだったんだね。」










それを言った後に、ナジャは一瞬泣きそうな顔をして、私をキッと睨みつけて部屋から出て行った。私は1人になって、ちょっぴり寂しくなった。

私は、溜め息をついた。少しテーブルの上を見ると、ナジャが淹れてくれたハーブのお茶があった。

コップを手に取り、それを飲んでみた。










……少し、しょっぱい味がした。



















「ただいま。ほら、リーク。買ってきたわよ。」


「おぉ、さんきゅ。済まないな、お嬢様の世話があるのに。」


「悪いと思っているの?なら、私に美味しいお菓子を腕を振るって作りなさい。あ、勿論ラヴェリア様の分もよ。」


「へーへー」










――全く、人使いが荒いんだから。この人は。


私は心の中で思った。

しかし、すぐに不味いことになっていないか心配になってきた。

心配というのは、最近御屋敷にやってきた謎の美少女――否、目に入れても痛くないほど美しさを持った女性、ラヴェリア様と最近やってきた侍女、ナジャのことだった。

ラヴェリア様は記憶喪失になってらっしゃる方。いつも私は健気に振る舞っていらっしゃるその姿に涙を流してしまいますわ。本当に。


私を含めた使用人たちは、彼女に心を許しているが、ナジャは違った。

ナジャは明らかにラヴェリア様に敵意を持っていた。そんな事ぐらい旦那様も気づいていた筈だった。なのに…










『宜しいのですか、旦那様?』


『あぁ、ナジャをラヴェリアの世話係にする。フィリア、宜しく頼んだよ。』


『……分かりましたわ。』










全くあのサド……っ旦那様は、決定したのだ。私に面倒なことを押しつけてきたわね、と思いました。訴えてやろかと思いました。お給料がいいので、踏み止まりしましたが。


つまり、私が今此処にいることはナジャとラヴェリア様が部屋で2人っきりなのだ。非常に不味いことになってしまっている。何もなければ、いいのだけれどと思うが、やっぱり心配になってきた。

私はリークのお菓子が出来るのを待つことが出来ず、部屋に向かっていった。扉を前にして、私って心配症なのかと思った。


先程、リークが言っていたのだ。昔はそんなこと一ミリも気にしないような性格だったのにな、と言ってきた。



何となく失礼なことを言われた気がするので、殴っておいた。

え、淑女のことは?気にしたらダメですわよ、人間。










えぇい、行くわよフィリア!







ヤキになって扉を開けた。






扉の先にいたのは、泣きながら恐らくナジャが淹れたのだろうと思われているお茶を飲んでいるラヴェリア様だった。


私は叫んだ。










「ラヴェリア様ぁぁぁぁっ!!」


「うっ……フィリア?」










可愛いから、その状態で首を傾げないで下さい。ラヴェリア様。

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