笑う
更新が遅くて、ぐだぐだ長いなと思ってしまう、今日この頃。
――ガラガラ・・・
馬車の外から見える光景は初めて見るものばかりだ。活気のある商人の声、わいわいと歩く主婦たち、走り回る子供たち、そして仲慎ましい恋人たち――――きっと城にいた時には想像もしなかった世界が、私の目の前に広がっていた。
今日は舞踏会で着るドレスを仕立てに貰いに来た。あれからもナジャとの間にはギクシャクした菅敬雅続いていた。しかし、時はそんなに待っていてくれることがなく、もう残すところ5日間となった。たった1ヶ月しか習っていないダンスなどを披露出来るかは、はっきり言って難かしい。それに王妃を決めるものなのだ。気品のある美しい人が選ばれる。そんなことを私は考えるようになり、すっかり負け腰の状態だった。馬鹿で無茶な事をするといったものだと思った。もう負けてしまうと考えている私がいた。でも、負けるわけにはいかなかった。私は約束したのだから。
そして、これに加えて今私の目の前には、悩み事の1つである人物がいた。
「いかがなされましたか、ラヴェリア様?」
「・・・いえ、何でもないわ。フィリア。」
3週間ぶりにフィリアにあったことだ。しかも、今回の付き人でもある。
あれから顔も合わす事はおろか、姿も見ることもしていなかったフィリアが今朝になって、顔を見せてきたのだ。そして、唐突に「お久しぶりでございます、ラヴェリア様。」と挨拶をされ、私は頭がおかしくなってしまったのかとも思った。フィリアは、目を開いて驚いている私を尻目に着々と出かける準備をし始めていた。我に返った頃には、「さぁ、出発ですわ。ラヴェリア様、この帽子をかぶりください。外は陽射しが強いですから。」と帽子を被せられていた。・・・驚いていて、何も言えなかった。
そして、この馬車の中でも彼女は暖かい笑みを浮かべて、私を見つめていた。この気まずい雰囲気に陥っているのは、どうやら私だけのようだった。何だか、頭が痛くなってきた。
思えば彼女は、私が拒絶したことを気にしてはいないのだろうか。
私は、あの時フィリアを大分傷つけてしまったと少なくとも思っている。何故、ナジャのように彼女は怒ったりしないのだろうか。どうして、そんなに笑っているのだろうか。私の中で疑問は次々と思い浮かんではくるが、何一つ解決はしなかった。そうこうしている間に、馬車は目的地に着いたようだった。
馬車は止まり、先にフィリアが扉を開け、従者が近寄ってきて、私は手をとられながら地面へと降り立った。
―――『マルキーズ』と大きく描かれた看板が目の前に広がっていた。王都一のドレス職人がいる仕立て屋だ。
*
マルキーズの店内はドレスに覆われていた。と、表現するぐらいドレスに溢れていた。私は初めて見る光景に圧倒されてしまった。確かに屋敷にも沢山のドレスは置いてあったが、舞踏会に着て行くような煌びやかなドレスは私は似合わないといい、全くなかった。逆に動き易く、シンプルなドレスが多かった。そのため、様々なドレスを目の当たりにするのは初めてのため、少し緊張してしまった。こんなに美しいドレスを私は、着こなすことができるだろうか。また、不安が増えてしまった。
そんな私の様子にフィリアは気がついたのだろうか、微笑みながら私の背中を擦ってくれた。とても優しい手つきだったので、私は思わず身震いをしてしまった。それに気が着いたのだろう、彼女は直ぐに手を離し、何もなかったかのように振舞った。・・・また、悪い事をしてしまったと思った。しかし、私はフィリアと顔を会わせることはできず、視線を前へと向けた。向けた先には、髭を蓄えた男性と私よりも少し幼い少年がいた。どうやら、本人が来たようだ。彼らに気がついたフィリアは、私の前に出て、お辞儀をした。
「お待ちしておりました。私がこの店の主人であるテイラー・フィーリスと申します。で、こちらが弟子のボビンです。」
「は、はじめまして!」
「はじめまして、ラヴェリアです。」
私が一礼をし、挨拶を終えると、彼等は少し目開き、こちらを見つめていた。その瞳の奥には、戸惑いが見え隠れしていた。何か不味いことでもしてしまっただろうか、と考えていると、はっとして私は思い出した。
ネピィオ先生が言っていた。
「ラヴェリア様、その態度は少し控えた方が宜しいと思いますわ。」
「態度、ですか?」
「はい。腰が低い態度は平民、つまり使用人に為されてはなりません。あなた様は、養女とは言えど貴族なのです。もう少し威厳をお見せ下さい。」
そう、言われていた。加えてナジャにも先日、怒られた内容だった。彼等が驚くのも無理がないことだった。これだと、きっとフィリアにも怒られるだろう。そう思って、視線をずらしてフィリアの方を私は見た。彼女は特に何か気に障った様子もなく、にこにことしていた。……どうやら、何も言うつもりはないらしい。
「……ドレスをお願いしますわ。」
「……はい。では、こちらへ。ボビン、品物を。」
「あ、はい!分かりました!」
私は気まずい空気を取り戻そうとしたが、どうやら上手くいかなかったようだった。テイラーさんもボビンという子も、何だか気まずいようだった。一礼をして挨拶をする貴族など居なかっただろう。しかも、大貴族相手から。彼等には、申し訳ないことをしてしまった。仕事に支障が出ないことを祈ったが、この程度で支障が出しまうと思ってしまえば、職人に失礼だろうと自問自答のことをしてしまった。
テイラーさんに案内されたのは、店の奥に入り組んだ場所にある広い居間だった。ここは、大切なお客様だけをお通しするらしく、店の他の場所よりも豪華な内装になっていた。豪華と言っても、そんなにも装飾は為されてはいなかった。しかし、品のない部屋だと、普通の貴族ならば文句を言ってしまうのだろうか。それを私は見習わなくてはならないのか、と考えていた。そんなことを考えている間にテイラーさんの傍にはボビンがいた。その手にはいくつかのドレスを持っていた。こんなにもお願いしていたのだろうか、そう考えているとテイラーさんは、私の目の前にドレスを広げた。とても綺麗な装飾がされていて、流石王都一の仕立て屋だと思った。
「ラヴェリア様は、ドレスを注文するのは初めてだと旦那様から伺っております。そのため今回は、いくつかのドレスを見てもらい、希望の品の構想を練っていただこうと思い、こちらで何点か選びました。」
「そうして戴くとありがたいですわ。ではもう、選んでも・・・?」
「はい。ではさっそくこちらの品々を・・・」
私は、それからドレス選びに熱中した。煌びやかなものや装飾が派手なものは私には似合わない。だからと言って、舞踏会にいつものような質素なドレスを選ぶわけにはいかない。加えて、私の髪色は栗色をしている。とは言っても、一目見て誰もが気に入るものではなく、少し霞んだ黒色が混じったような色をしている。こんな髪に似合うドレスなどあるのだろうか。そんなことを考えながら、私は一つ一つのドレスの品定めをした。しかし、こういった経験がない私がそうも簡単に決める事は出来なかった。途中からは、フィリアやテイラーさんの意見を聞きながらドレスを選んだ。そして、ドレス選びを初めてから3時間、ようやく私が気に入ったドレスが完成した。今思ったが、私フィリアと普通に話している。
完成した事で少し落ち着いた。テイラーさんは「では、こちらを仕立てさせていただきます。」と言って、デザイン画を持って店の奥へと入っていった。入れ替わるようにボビンが現れ、「こ、こちらは、紅茶ですっ・・・!」と紅茶が入ったカップを置いた。私は少し可愛いと思った。兄弟がいたらこんな子がいいな、と考えてしまった。じーっと見てしまっていたのだろう、ボビンが不安そうな顔でこちらを見つめていた。どうやら、機嫌を損ねたと思っているらしい。私は慌てて、「あ、ありがとう。頂くわ。」とカップを持った。その様子に安心したらく、彼は頭を下げて部屋を出て行った。彼が出て行ったことで部屋には、私とフィリアだけとなった。
―――何だか、違和感を感じる。そう思いながら、違和感を感じる方へと私は視線を向けた。もちろん、先にはフィリアがいる。
「うぅ・・・ら、ラヴェリアさ、まッ!!」
「ふ、フィリアっ!!?」
彼女は泣いていた。私は驚くばかりだった。
彼女が何が悲しいのだろうか、それとも私の態度がだめだったのだろうか。思いつく限り考えるが、すべての答えに該当することが多く、私の中では答えは出せなった。その間にもフィリアは泣く。
「うぅぅぅっ・・・・・・!!」
「フィリア!何か痛いのっ!・・・もしかして私の態度がだめだったっ!!」
「ううぅ・・・!!」
「それならごめんなさい!!私が悪いから!!お願いだから、泣き止んで!!嫌わないで!!」
私は思いの限り、叫んだ。
叫んだことによって、テイラーさんたちが異変を感じたらしく、部屋の入り口まで姿を見せていた。それと同時にフィリアは、ぱたと泣き止んだ。そんな彼女の様子に私はまた驚いた。あっさりと泣き止むものだから、何か演技をしていたのだろうかと思ってしまうほどだ。しかし、フィリアの頬には確かに涙の後があり、とても演技とは言いづらかった。加えてテイラーさんたちの視線も痛い。
「ラヴェリア様、私はそんなことは思っておりません。」
「え・・じゃあ、何で・・・?」
「ラヴェリア様と久しぶりに話せて、嬉しいからですわ!!!」
「え・・・」
バーンと効果音がつきそうなくらい彼女は、清清しく言ってのけた。私はどのような反応すればよいのかが分からず、呆然と彼女を見ていた。彼女の周りには、何だかキラキラしたものが漂っているような気がする。そんな様子に、現れたテイラーさんたちもびっくりしている。・・・ごめんなさい。
「さぁ、ラヴェリア様!!さっそくドレスに着替えましょう!!」
「まだ出来ていないよ、フィリア。」
「あ、そうでしたわ。」
そんな笑うフィリアの姿に、笑みがこぼれるのが分かった気がした。