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憂鬱

「とても筋がよろしいですわ、ラヴェリア様。とても良いターンでしたわ。」


「ありがとうございます、ネピィオ先生。これも先生のおかげです。」


「あらまぁ、そんなことはありませんわよ。ラヴェリア様の努力の結晶ですわよ。」



ナジャとの約束から早、二週間が過ぎようとしていた。

あれから私は、ただ礼儀・作法、舞踏会でのダンス、国の歴史などともかく沢山の知識を頭に入れていった。とは言っても、これだけのことを教えてくれたのは、ナジャだけではない。私のために教師としてきてくださった。ネピィオ先生のおかげでもある。


『勉強がしたい』―――そう言った私にお父様は驚いていたが、快く承諾してくださった。そして、家庭教師として呼んできたのが、ネピィオ先生だった。彼女は昔、現王妃に対して教育を行った人であり、数多くの貴族令嬢の教育を受け持っていたらしく、貴族間では彼女に任せば必ず立派なレディにできるというジングスもあるぐらい信頼を得ている人だ。そのジングス通り、彼女の教え方はとても上手でどんどん私は色々なことを覚えていった。そして、それに比例するように近づいていくパーティーまでの日数が迫っていた。私は、『王妃』にならなくてはならない。ナジャと約束したのだから。お父様もフィリアもこの屋敷の人たちみんなが喜んでくれることだ。なれないなんて許されない。

私は、その思いを込めながら今日も先生の授業を受けていた。







「ラヴェリア様、お茶の時間で御座います。」


「あ、ありがとう。」






あれからナジャとは、距離ができた。しかし、これは彼女が意図的に生み出した距離だ。

私に対してタメ口を言わなくなったし、『あんた』、『馬鹿じゃないの』とかも言わなくなった。嫌い、と言われなくなったのは嬉しいが、何だか寂しい気がしてきた。

今目の前にいる彼女は、あまりにも『作られている』ように見えてしまうからだ。あの頃の方が彼女らしい。でも、これが普通の彼女の姿なのだろう。早く慣れなくては。




「本日はパティシエ・リークにより、自信作をご用意いたしました。次のパーティでも、デザートとして並べることだそうです。今回は、是非ラヴェリア様のご感想がお聞きしたいとのことです。」


「リークさん、やっと自信作ができたんだ。・・・よかった。」


「・・・・・・ラヴェリア様、使用人風情に『さん』など不要です。おやめください。」


「え、・・・」


「・・・・・・」


「・・・分かりました。気をつけます。」






こんな風に注意されることはよくあることだ。彼女は段々と、『侍女』として私に接して来ている。

私との『約束』は、する気はなかったのだろう。これが、答えだ。


私の目の前に、ケーキが出された。リークさんは今回、シンプルに決めると言っていたから、無難にシフォンケーキにしたのだろう。白く輝く生クリームがとても美味しそうだ。しかし、私はフォークを持たず、そのままでいた。そんな私の様子を不振に思ったのだろう。彼女からは視線を痛く感じていたが、それを無視した。彼には申し訳ないと胸が痛んだが、食べる気が起きなかった。


彼女はただ視線を向けてくるだけだった。これが以前の彼女なら「早く食べなさいよ。」と呆れたように言ってきたはずだ。そんなことがない、今の状態が私には寂しくなった。

今の彼女は、まるで人形のように思えた。






「・・・・・・ラヴェリア様。次の授業の時間です。デザートは後でお食べになられますか?」


「いえ、いらないわ。リークにごめんなさいとお伝えして。」


「かしこまりました。では、授業の準備をして参ります。」





彼女はディーセットを持ち上げ、私に一令し、扉を開けて出て行った。

パタン、という音が私の心の中に空しく響いた。










また、嫌われた。



















「何をお考えなのだ!殿下は!」


「落ち着いてください、アスフォード殿。」


「黙れ、ルクス。殿下はシクザール家の養女を招待したいと言っているではないか!血の繋がりのないただの平民をだぞ!これが黙っておれるか!!」

「しかし、これは殿下からの命令ですからね。どうすることも出来ません。」










ふん、気にくわん!とラスフォードと呼ばれた男は、優美で美しい彫刻を成された扉を乱暴に開け、部屋から出て行った。バタンという何時もより大きな音と共に部屋は静けさが広がった。静まり返った部屋に「はあ。」という大きなため息が響いた。部屋の主である彼は、机の上で手を置き考えていた。この話し合いの問題となっている自分の従兄弟である王太子のことだった。厄介なことをしてくれたと、心の奥底から思った。


事の発端は、彼がシクザール侯爵の屋敷から帰ってきた時だった。今回シクザール侯爵の元に行くことになったのは、王妃選抜という名の舞踏会の招待状を届けに行くことだった。普通なら従者がする仕事なのだが、シクザール侯爵は現国王の右腕とも言える存在で、彼は幼い頃からお世話なった侯爵には自ら渡したいと彼が言ったのだ。正直、国王陛下がご病気になっているこの忙しい時にやめて欲しいと思った。しかし、侯爵にお世話になっているのは事実だ。渋々行くことを許可したしたのが、全ての始まりだった。


侯爵家から帰ってきた彼は、いつになくとても穏やかな雰囲気をしていた。そんな彼の様子を見るのは久しぶりだった。私は目開いて驚いていたはずだ。そして思わず、頭を打ったのかと聞いた。

彼は「お前は、俺に対して失礼な奴だな。」と少し顔を顰めながら咎めてきたが、その言動は優しいものだった。益々、何か変なものを食べたのではないか、本当に頭を打ったのではないかと思った。そんな私の様子に彼は笑っていた。大方、私がまだ怪しんでいることに気がついたのだろう。呆れたような笑みを浮かべていた。










「どうしたんだ、デュラン。侯爵に何か言われたのか?」


「いや、『面白いもの』を見つけたんだ。」


「『面白いもの』?」










彼は「ああ。」と相槌を打つと、『面白いもの』を思い出したのだろう。片手で口元を抑えながら、笑うのを堪えていた。もう、いっそのこと笑ってしまえ。と私は思った。

しかし彼が関心を持つものなんて、この世には存在しないと思っていたが、世の中捨てたものではなかったなと思った。それほど今回のことは珍しかった。


容姿端麗、文武両道。そんな言葉が珍しくない私の従兄弟は、全くもって女とは無縁な男だった。

幼い頃から彼は、剣術と政治ばかりを勉強してきた。加えて一度決めたことは変えず、国王陛下の反対を押し切って騎士団に入団した奴だ。・・・あの時は大変だった。この王妃を決めるときも大変だった。取り合えず、家名も気品も容姿も申し分がない貴族の令嬢と合わせてみようとした時だった。彼は、「何故、俺が知らない女と会わなくてはならんのだ。」「しかし、殿下。」「知らん。」「これは、陛下の命令ですよ。」と何とか彼を説き伏せたのだ。よし、と思い、令嬢と合わせた。が、それは間違いだった。女と無縁だった奴が、気のきいたことなんて言えるはずがない。令嬢とあった時に言った一言がこれなのだから。


「何をそんなに目元に塗っているのだ?獣にしか見えんぞ。」


あの時は顔を引きつったのを覚えている。あれから令嬢は殿下を咎めることはなかったが、笑顔は怖かった。二度と見たくないものだ。


こんなことがあり、殿下と女性を二人きりにするのは難しいと考えた。我々は、もう殿下に決めてもらうことにした。そこで提案されたのが、舞踏会という名の王妃選抜だ。このことは貴族たちに知らせている。せいぜい、殿下が気に入るような女に仕立ててくれと意味を込めてだ。まぁ、今度招待する貴族の令嬢に彼が気にいるような女性はいる気がしないが。










「おい、ルクス。俺の話を聞いているか?」


「・・・っ。すまない、考え事をしてました。」


「全く、一度考え込むと周りの話を聞かないのはお前の悪い癖だ。」










どうやら、考え事をしている間に彼が何かを言ったようだった。悪い癖だな、本当に。

気を取り直して、「何だ?」と聞いた。彼の口元が少しあがったのが、分かった。

何だ、何なんだ。大抵こんな笑みを浮かべるなんてそうそうないことだ。彼にとっていいことは、私にとって悪いことになることが多い。まさか、何か企んでいるのではないかと思った。絶対そうだ。面倒なことが起こる。


そんなことを考えていると、さっきより周りが騒がしかった。周りを見ると、小太りな男たちが「殿下、殿下。」と言っているのが、聞こえた。どうやら殿下が帰ったことに私以外にも気がついた者たちが近寄ってきたようだ。とは言っても、この者たちは今度招待する貴族たちだ。自分の娘を売り込みにきたのだろう。うるさい奴らだと思った。


そんなことを考えているのは目の前にいる彼も同じようで、顔が顰めているのが分かった。気持ちは分かるが、表情を見せるな。後から面倒だろう。










「ルクス、お願いがあるんだ。」


「・・・・何だ、面倒事は止めてくれよ。」


「俺はシクザール家の養女、ラヴェリア嬢が気に入った。彼女を招待したい。いいか?」


「・・・はぁ?」










そしてこれは城中に広まり、冒頭に戻る。



















「シクザール侯爵の1人娘か、とは言っても『養女』。色々と問題があるというのに、アイツは厄介なことを。」










私は机の上にある報告書を見ていた。3ヶ月前に登録された記録だ。最初は驚いたが、侯爵のことだ。何かあったのだろうと思った。また同時に家名に泥を塗るようなことをしたなと思った。

容姿は綺麗というより、可愛らしいといったところか。『養女』という以外が申し分はないと思うが、ちゃんと礼儀・作法はできるのかと疑っている。


まぁ、しかし・・・・・・










「あいつが王になってしまえば、こんな我が侭をいうことがないだろうな・・・」










最後の我が侭だろう。私はそう思って、ラヴェリア嬢へと招待状を送った。

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