『約束』
遅くなりました。すみません。
読んでいただけたら幸いです。
あの事件の後、私はナジャによってこの国についてこってりと教え込まれた。知らなすぎる、世間知らずすぎるという理由だ。
私がこの国について知らないのは、当たり前だ。私が生まれ、育ったのはエウィルネダス、父が淡々と政治を治め、母によって生み出された恐怖により押さえ込まれた国だ。ここ――アメタトスとは、異なる国なのだ。知らなくて当然だ。
国の習慣は、エウィルネダスとは大きく異なっていた。その違いに私は戸惑いを受けた。
一般庶民でも知っていることを私が知らないということを理解したナジャは、大きなため息をついた。
今思い出したが、ナジャが何故私の部屋付きに戻っているのだろうか。フィリアは一体どうしたのだろうか。色々と聞きたいと思ったが、口を開けば、すぐに余計なことを言ってしまう私にはなかなか切り出すことが出来なかった。
でも、これでナジャが戻ってきてくれたことが嬉しいと思っている自分がいた。おこがましい自分がいた。しかし、代わりにフィリアがいなくなった。私はあの時のせいだと思った。やっぱり私は余計なことばかりしてしまう。
―――厭らしく、醜く、愚かなんだと思った。
やはり私は『魔女』である母の子なのだと感じた。
*
あれからため息をついたナジャは、私に作法を沢山教えてくれた。でも、ダンスなどのものはいらないと私は思った。舞踏会に憧れないのかと言われれば、ノーなのだが、私には場違いすぎると思った。確かに私は今、仮にもシクザール家の娘だ。一族を安泰させるにはやはり舞踏会に出て、いい相手を見つけるべきなのだろう。
でも、お父様は行きたくなければいかなくてもいいと言った。昔に奥様を亡くなった時に再婚はしないと決めていたらしく、子を残すつもりはなかったらしい。しかし、シクザール家を存続はさせなくてはならないといけない。そのため、他の家の子息を養子に貰うということをしたらしく、跡取りには困っていないようだった。
・・・ちょっと悲しかった。
跡取りに困っていないのは安心したが、自分はここでも『認識』されていないのか。
少し、まだ自分が『あなた様』と呼ばれていた時を思い出した。父や母は一度も来なかった。名づけにさえもだ。私は本当は『何者』なのだとろうか、本当に母の娘だったのか。
私はただ『魔女』が幸せを手に入れるためだけの道具に過ぎなかったのか。
沢山思った。でも、答えなど既に分かっていた。
私は母が出産した父が分からない1人娘で、幸せを奪い、『あのお方』を殺して、父を手に入れるための道具。
そこまで考えていると、私が話を聞いていないと気が付いたナジャが凄い目つきで睨んできた。私はそれが怖かったので、背筋を伸ばした。それがいけなかった。
その行動で聞いていないということを明確にしてしまい、ナジャを余計に腹立たせてしまった。眉間に皺を寄せている。怖い。
「ちょっと、はぁ・・・」
「ご、ごめんなさい・・・。」
「もういいわ、それよりあんたはその弱気な言動をやめなさい。」
「え・・・?」
「そこまで聞いてなかったの?あのね、デュラン様があんたを気にいったらくして、是非一ヵ月後にあるパーティに参加して欲しいそうよ。だから、これからダンスと礼儀作法の特訓よ。」
「・・・・・・」
開いた口が塞がらないとはこういうことだと思った。ナジャは何といっただろうか。
パーティー?・・・嘘だ。私が参加しても無意味なものだ。跡取りもいるし、私なんかが出席したらお父様の顔にまた泥を塗ってしまう。デュラン・・・王太子様もだ。私の何を気に入って、出席して欲しいと言うのだ。いきなりビンタをした常識知らずの女なのに。
・・・まったく分からない人、だ。初めてあう人柄だ。しかし、私は言うほど今まで異性と触れ合うことをしていないので、何の根拠もないのだが。
そんなことを考えていると、ナジャはいきなり分厚い本を出していた。驚くほど厚いその本には、表紙に『礼儀・作法の理念』という難しいタイトルがつけられていた。彼女は、その本を開いてこちらを見てきた。輝かしい笑顔だ。私はそんなナジャの笑顔を見たことがなかったから、少し目を開いて驚いた。
これまでの会話でナジャが喜ぶようなことはあっただろうか、私には理解ができなかった。
「ということで後1ヶ月で、あんたを素敵な『レディ』にしてあげるわ。」
「え・・・・?」
「デュラン様、直々に招待をしてもらうのよ?あんたに気があることは間違いなしじゃない。これを狙って玉の輿よ。あんたも王妃になって幸せ、旦那様の名声も上がって万事解決よ。」
「・・・『玉の輿』?それをすれば、お父様は喜ぶの?」
「・・・?当たり前じゃない。シクザール家は今まで王妃を出してないのよ。だから貴族の間では、少し馬鹿にされてるのよ。『王妃たる器を持った娘も育てられないのか。』とか、言われているわ。いくら伯爵でも子爵とかか馬鹿にされてるのよ。あんたが、王妃になればそんなこともなくなるわよ。」
「・・・・・・王妃になれば、ナジャも喜ぶの?」
「え・・・」
私の質問にナジャは答えてくれなかった。喜んで言ってくれると思ったのに、予想とは反対にナジャは険しい顔をしていた。私には分からなかった。
『王妃になればみんな喜ぶ』――――そう言ったのはナジャなのに、ナジャは喜ばないのだろうか?
お父様は名が上がって喜ぶ、みんなも鼻が高くなるだろう。でも、ナジャは喜ばないのか。
何故なのかは分からない。それでもナジャは私が王妃になっても嬉しくないのだろうか。
「・・・・・・当たり前よっ!!嬉しいわよ。あんたが王妃になれたらの話よ。他の貴族だって、自分の娘を売り込もうと必死なんだからね。きっと秀才で美しい人が選ばれるに決まってるのよ。・・・あんたなんか、勝てっこないわ。」
「・・・でも、王妃になったら嬉しいんでしょ?だったら、私、『王妃』になる。」
「え・・・」
「ナジャ、もしも私が王妃になれたらお願いがあるの。」
「・・・何よ?」
「私と、『友達』になって。」
私は、そう言ってナジャに手を差し出した。フィリアに教えて貰った。この行為は、このアタラトスでの約束をするときの行為だ。相手に手を差し出して、相手がそれを了承したら『約束』をしたということになる。しかし、相手がその手を払ってしまったら『約束』は成立しない。
ナジャは、暫く何も答えてくれなかった。私が彼女の手に視線を巡らせると、その手は堅く握り締められていた。
―――やっぱりナジャは、私なんかとは『約束』などしてくれないのだろうか。
そう思うと、堅く握り締められていた手を私は見ることができなくなった。そして、目線を自分の膝へと移してしまった。理由は、自分が酷く惨めに見えてきたからだ。今までのことを考えると一目瞭然だった。みな、嫌いな奴とわざわざ『約束』なんてしない筈だ。ナジャは私のことが嫌い、それだけだ。
私はそんなことを考えていて、手を下ろそうとした。『約束』なんてしてくれないからだ。
ゆっくりと手を下ろしていき、臥せた目線まで手が見えた瞬間―――私の手は酷く強い力で引っ張られた。
私は一瞬何か分からなかった。ナジャの他に誰かいただろうか。否、目の前には彼女しかいない。見なくても考えなくても分かる。ナジャの手の力だ。私は彼女に手を引かれて、自然と目線が上がり、見えた先は彼女の紅い髪と、薄い優しい色をしたこげ茶の瞳だった。しかし、その瞳はとても揺れていた。
「するわ、その『約束』。」
「・・・ほんとう?」
「するっていってるでしょ!!早くしなさいよ!!」
「う、うんっ・・・!」
嬉しかった。私は心が踊りだしそうだった。こんなこと『約束』なんてしてくれないと思っていたからだ。
私は、力強く握り返した。ナジャもこちらを見て、しっかりと握った。互いに額を合わせ、手を握りしめる。これはアメタトスでの『約束』の仕方だ。
エウィルネダスには『神』は、いなかった。宗教は多種多様あり、人がそれぞれの神を信仰していた。だが、ここアメタトスでは違った。ここではただ1人の神『ティフェウロラ』に対して証を立てる。
「・・・ほら、約束したでしょ。」
「うん、ありがとう。ナジャ。」
私はただ、嬉しかった。