表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【幻冬舎Rコンテスト入賞作】R.O.R.( The Revolution of Rats.)〜 鼠たちのカクメイ  作者: 真夜航洋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/17

第8話 「砲術訓練」


 天保七年(1836年)十月。

 意義とカイのふたりは、ひと月かけて江戸から大坂へ辿り着いた。

 現在の大阪市北区天満、桜の名所で知られる造幣局のある地域だ。

 そばには大川が流れている。

 意義たちは目的地に向かう途中の川崎橋から、河原で繰り広げられる非日常的な光景を見た。

 橋の上には見物客もまばらにいる。


「あれは一体何ですかな?」


 旅商人らしき者が通行人に訊く。


「ああ。洗心洞の砲術訓練ですわ」と事もなげに言うから、さほど珍しい行事でもなさそうだ。


 侍と思しき男たちによる砲術訓練。

 砲術と言うと現代では大砲やランチャーをイメージしがちだが、この時代は火器類全般の射撃術を指して言う。


「せんしんどう? ほうじゅつ?」


 旅人が首を捻るのを、地元の町人がニヤニヤ笑った。


「ちょいちょい豆が爆ぜる音がするさかい、腰抜かさんときや」


 塾生の多くが扱うのは弓矢の先に火薬を付けて飛ばす「棒火矢」や、種子島銃に毛の生えた程度の火縄銃だ。

 その火縄銃も弾の重量によって「(ほそ)(づつ)(弾の重量10~20g)」「(ちゅう)(づつ)(弾の重量40g)」と分けられるが、洗心洞で使われているのは主に細筒であり、確実な射程距離は50メートル程度の単発銃だ。

 このわずか二十年後に登場する、戊辰戦争で使用された自動小銃には遠く及ばない代物である。


 火縄銃射撃術の中心は命中率にある。

 なにしろ連射はできないのだから、一発必中が求められる。

 射程距離、斜度、仰角、火薬の量、射撃姿勢、息遣い、各部への力の入れ方、侍たちの大好きな技術が詰まっていた。

 そしてもっと好きな精神統一も。


 意義とカイは土堤まで降りていき、訓練を観察した。

 塾生のひとりが細筒で二十間(約40メートル)先の板切れを狙っている。

 火皿に火縄を置く。狙い定めること十数秒。

 引き金を引いた。

 鉛玉が弾ける音ともに板切れが吹き飛んだ。


「手引書を研究しているから、腕は確かだぞ」


 意義に教えられ、カイは感嘆した。

 だが、とも思う。

 火縄銃は全長三尺(約1メートル)ある。

 右手首のない自分には、銃身を支えることはできないだろう。

 やはり、俺はこれか。

 懐にしのばせた拳銃を握りしめる。


「おっさん。短筒は? ここで短筒も習えるのか?」

「うむ。大塩先生もおまえのと同じ銃をお持ちだ。名手だから、あとで教えてもらうといい」


 旅の途中何度も聞いた名だが、いま初めて会いたい学びたいと思う。

 一体どんなひとなんだろう?大塩平八郎って。

 一方の意義は訓練全般を観察している。

 彼自身若い頃に中島流の砲術は会得していた。

 洗心洞の塾生たちの練度はまずまずと見ていいだろう。

 今日は大筒の訓練はなかろう。

 あれは轟音を伴うから、それなりの許可も必要だ。


(さて、格さんは今も砲術の責任者のはずだが……)


 眼で探すと、火縄銃の指導をしていた大塩格之助が意義に気づいた。


「おおーい、田沼……いや渡辺殿。久しうござる」


 手を振りながら、格之助が意義の前に歩み寄ってきた。

 相変わらず前向きで明るい男だ。

 年下だが、意義が腹を割れる数少ない友人と言える。

 カイは隣でぽかんとしている。

 格之助が田沼意義を「渡辺」と言い直したからだ。


「ああ、言ってなかったな。ここでは、俺の名は『渡辺良左衛門』だ」

「また、侍のめんどくさいやつか? いいけどよ」


 この頃のカイは、武士の慣習や言動にとやかく言わなくなっていた。

 侍は侍、自分は自分と割り切れるようになっていた。


「格さん、子どもが生まれたらしいな。おめでとう」


 挨拶がわりに、意義は格之助を祝福した。


「いやあ。それがなんと、あの鬼の平八郎までがでれでれの可愛さですよ」

「ははは」


 ふたりのよもやま話をよそに、カイは訓練する塾生たちの近くまで歩み寄って、その所作を食い入るように見ている。

 格之助がカイに気づき訊いた。


「あれは?」

「うん。先生の用心棒にどうかと思って連れてきた。先生は?」

「塾です。一緒に参りましょう」


 鴻池屋から無心を断られた平八郎は、やむなく金を稼ぐために別の手段を講じた。

 五万冊もある蔵書を売って工面するのだ。

 講堂の少し離れたところにある図書室では、古書屋の主人が膨大な蔵書を前に算盤をはじいている。

 彼の指示で店子が次々と中庭の大八車に書籍を運んでいくのを、平八郎は見守っていた。


「大塩様、ほんまによろしいんでっか。どれも貴重な御本ばかりでっせ」


 古書屋にとっては宝の山でありがたい限りだが、念を押してみた。


「背に腹は、ちうやつや。うちの塾生や街中で飢えとる連中に、米を買ってやらねばならんのでな」


 古書屋は改めて目の前の人物に感服する。


「さすが、大塩様や。ほな、なるべく高うに引き取らせてもらいまっさ」


 とはいえこれだけの蔵書なので少し時間はかかる、とも言った。


「うむ。よしなに頼む」





つづく

 

ブクマや☆いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ