第6話 「豪商とお武家様の悪企み」
ここで大塩平八郎の与力時代に触れよう。
そもそも与力とは、奉行というキャリアからの直接指揮と幕府からの報酬を受ける身分。
職務としては司法(検察と裁判の双方)、行政(警察と一般行政)を兼ねる多忙な役人で、ここ大坂には東西奉行所に三十人ずつが配属されている。
二十五歳で与力職に就いた平八郎は、東町奉行・高井実徳のもと「諸御用役調」というノンキャリアのトップにまで昇りつめた。
刑事ドラマで言うところの刑事部長、法廷ドラマの主任検事あたりか。
在任中はその辣腕をふるい、奉行所内部の不正まで暴く熱血漢だった。
中でも平八郎を有名にしたのは弓削新左衛門の一件だった。
弓削は自身与力でありながら、当時御法度とされていた武家無尽の仲介役で私腹を肥やしていた。
無尽は本来「講」というコミュニティの中で資金を集めて、抽選で順繰りに総取りしていく謂わば宝くじのようなものだったが、やがて抽選が出来レース化して贈収賄の隠れ蓑として利用されるようになっていった。
たまたま高い身分の者ばかりが当たる宝くじであって、賂ではないというわけだ。
二十年前の若き平八郎は、配下である同心たちを従えて弓削の屋敷に乗り込んだ。
同心たちのさらなる配下の岡っ引きたちが弓削を連行する。
そのとき平八郎は、召し取られた弓削の十手を取り上げて言った。
「義を守る立場の者が、何ちゅう様や!」
「大塩よ。拙者を捕らえれば、お主の上司も泥をかぶることになるのだぞ。今から覚悟をしておくことだな」
弓削は悪びれず平八郎の足元に唾を吐きかけたものだ。
この西町奉行与力には詰め腹を切らせたものの、平八郎には疑念がくすぶった。
弓削が虚勢を張ったのでなければ、この腐敗は大坂町奉行に留まらず、江戸の幕閣にも浸透しているのでは、と。
さらに平八郎にはこんな経歴もある。
天保四年(1833年)、天保の飢饉の初年から翌年にかけて、飢饉対策にあたった。
特設された東町奉行の詰め所で、平八郎は図面を広げて飢饉の影響が深刻な地域を分析し、然るべき具体的で緻密な対策を講じた。
五年続いた天保の飢饉も、当初の二年余りは大塩が対策本部の顧問になったおかげで、無事切り抜けたのである。
そのときの経験を元に東町奉行にアドバイスしたのだが、跡部は聞く耳を持たなかった。
やはり、中央も腐っておる。平八郎はそう確信した。
さて、料亭に戻る。
善右衛門から平八郎の英雄譚を聞き、跡部は侮れないと感じていた。
「よし。厄介になる前に、奴の埃を手下どもに探らせよう」
与力・同心・町方それに市井の目明しなども含めれば、俺には数百人からの手下がいる。
跡部は新たに手にした自分の権力を使ってみたかったのだ。
善右衛門の方は結論は出たので、一旦杯を置く。
「話は変わりますけど、江戸では家斉公が引退なされ、家慶様が跡を継がれるとか」
「うむ、兄から聞いておる。兄は家慶派だから、いよいよわれら兄弟の天下よ」
やはり当面はこの男に賭けてみよう、と政商は決断した。
善右衛門がポンと手を叩くと、使いの者が襖が開ける。廊下に酒樽が鎮座している。
「これはその前祝。後日、跡部様のお屋敷にお届けしとうおます」
樽には、有名な灘の酒造の熨斗が貼られていた。
「ふむ、金箔でも入っておるかな」
「さあ、金箔の方が酒より多いかもしれまへんな」
「ははは、それは豪気。で?」
何が知りたいのだ?と善右衛門を見やる。政商は使いの者を退げ、声を潜めた。
「廻し米の一件でおま」
廻し米とは、直轄領で余剰した米を江戸城内に回送させる事だ。
跡部もまた、これは単なる独り言だ、と断ってから小声で呟く。
「うむ。年内には終わるであろうな」
「ほな、米の値段はまだまだ上がりますな」
「さあな。ただ急いだ方がいいぞ。同時に米の買い取りも規制するからな」
おや、買い取り規制までするのか。善右衛門は算盤を弾き直す。
(三倍、いや五、六倍いうところやな)
思わず顔がほころぶ。
すでに五千俵ほどの買い占めは済んでいた。
いやしかし、と善右衛門は考え直した。
飢饉は来年には収まるだろう。では儲けるだけ儲けておかねばなるまい。
善右衛門は壁の西洋時計を見て、中座を宣言した。
「おっと、もうこないな時間ですか。あてはこれにて」
すぐにも店に戻りたかったのだ。
また柏手を打つ。襖が開いて、芸妓たちが入って来た。
「御奉行様。今宵はこの店貸切にしとりますゆえ、どうぞごゆっくり」
跡部は、艶やかな女たちに相好を崩した。
「うむ、甘えるとするかな」
善右衛門はその場に伏して言う。
「今後とも、どうぞご贔屓に」
その佇まいは、数十年かけて練り上げられた一大豪商のものだった。
翌日鴻池屋本店の大広間には、各支店の番頭や買い付け人その他数十名の店子が集められた。総帥たる善右衛門がその中心に立って、てきぱきと指示をする。
「卯作と亀吉は備後へ、安兵衛さんは博多までお行き。ええか。金に糸目はつけず、ありったけ買い占めるんやで」
「へい、大旦那様。任しとくんなはれ」
一同が威勢のいい声を上げた。「廻し米」は幕府内の極秘事項。
さらに米の買い取り規制は、善右衛門にとって値千金の情報だった。
出陣前の陣屋さながらに熱くごった返す中、番頭が善右衛門に耳打ちした。
「大旦那様。門前に大塩様がお見えになっているようですが」
答えは決まっている。
「商用で当分戻らん、と伝えとき」
その屋敷の門前には平八郎が立ち尽くしていた。
門はおろか、店頭までが雨戸を降ろしていた。
普段の善右衛門は本拠地のこの両替店に起居しているはずだが、見回しても主人はおろか店子たちの姿もない。
平八郎はお遣い帰りの丁稚をつかまえて、なんとか伝言を頼み一刻ほど待たされた。
そして返ってきた返事が「当分戻らぬ」だ。
「アホンダラが!」
平八郎は大方が飲み込めて、憮然と両替店を後にした。
ただ善右衛門は平八郎を黙殺する道とは別に、貧民救済事業という道も用意していた。
得られる莫大な利益のほんの一部を使ったに過ぎないが、このことが免罪符となり鴻池屋は大塩の乱以後も大商いを続けることができた。
そして明治の初めには日本最大の財閥に発展していくのだった。
つづく




