第2話 「根っからの人斬り」
(ふん、やっぱ斬れなかったんだな。今どきの侍はみんなそうだ)
助けられたことに感謝する気は毛頭なく、蔑むように鼻で笑った。
意義は黙って巾着を逆さにする。少年の懐中にしのばせてあったものだ。
中から数枚の小判と二朱銀が落ちて床に転がった。
「わずか七両とは俺も安く見られたものだ。さて。誰がおまえを差し向けた?」
金で雇った依頼主を質した。
「侍」
「名は言ってたか?」
「知るか」
意義は鞘に納めたままの太刀で少年の右手首をつつく。
少年は呻き声を上げて払いのけようとしたが、感覚が掴めず空を切った。
手首のない人生が始まっているのだ。
「そんな犠牲を払ってまで、おまえが欲しかったものは何だ?」
「……刀」
意義は小さく笑った。
「人を斬って、人を斬る道具を買うのか。根っからの人斬りだな。小僧」
「てめえらが斬れねえから、代わりにやってやってんだろうが!」
依頼した侍とこの俺のことを言っているのか。
なるほど、目くそ鼻くそというわけだな。やはりこの小僧、面白い。
確かにこの時代、侍は兵ではなく役人に成り下がっている、と意義は思う。
現代の公務員が傷害事件を起こすのと同様に、この時代も侍が刀を抜いたり人を斬ったりすれば大事件であった。
ただ、金で雇う刺客のことは噂に上っている。侍が自らの手を汚さず無宿人に斬らせることはたまにあるようだ。
この少年もその類だろう。
意義は立ち上がり、土間の鳥鍋を運んで枕元に置いた。
「今のうちに食っておけ」
少年は不審げに意義を見る。
なぜこの侍が自分に世話を焼くのか、はかりかねているようだ。
だが、今は腹が先だ。
菜箸を渡され、食欲のまま汁ごと鶏肉を胃に放り込む。
「あつっ」
水筒と握り飯まで渡された。まるで、おふくろのようだ。
「食いながら聞け。おまえに金を渡した侍は、いずれおまえの口を封じに来る」
一瞬少年の箸が止まったが、すぐにそれがどうしたと言わんばかりに食事を続けた。
意義は自分の腰から小刀を抜いて、少年の傍らに置いた。
「欲しかった刀だ。貸してやる。それで凌げ」
また、よくわからないことを言う。
俺が口封じに殺されたって、あんたは何も困らねえだろうがよ。
「それも、武士の情けか?」
「言い訳さ。おまえがそいつを処分してくれたら、こっちも助かるわけだ。俺も人を殺すのは苦手なのでな」
少年の皮肉に応えてから、意義は廃寺を出て行った。
行き先は数日前に泊った元箱根。
目的は宿に届いた荷物の確認だ。
荷は六尺の材木六本で、三本ずつが二段に並べられ大八車に積まれた状態で宿の離れに置かれていた。
品川の問屋場で発注したものだが現金で先払いしておいたので荷役たちはおらず、その代わりに馬が車に繋がれていた。
それとは別の荷であるふたつの木箱も置き配されていた。
こちらは武器商人から買ったものだ。
中を改めると、注文通り藁に紛れさせた青銅製の大砲が一門ずつ入っている。オランダから密輸したフランキ砲だ。
欧米では既に旧式の余剰武器のため、長崎経由で一門あたり二十両ほどで手に入る。
材木運搬に偽装して、箱根の関所を抜けるつもりだ。
入り鉄砲ならぬ出鉄砲か。箱には皮袋がひとつ添えてあった。
(ほう。これも見つけてくれたか)
中を確認してから皮袋を自分の帯に差す。
ひとり作業なので少し手間取り、廃寺に戻る頃には陽が沈みかけていた。
入口の朽ち果てた山門の前に野良犬がたむろしている。
何かを争って食っているようだ。
犬たちを石で追い払ったあとに意義が見つけたものは真新しい遺体だった。
どうやら自分がいない間に、依頼主はあの少年を斬りに来て返り討ちに遭ったとみえる。
だが死体を改めてみると、刀傷がない。あるのは首に刺さった意義にも投げた手裏剣、それに側頭部に撲り痕が見受けられる。
(なんだ。刀は使わなかったか)
あるいは使えぬ理由があったか。さらに衣服を探ってみる。継裃の懐に妙なものを見つけた。
十手。
(まずいな)
その意味を知る。
俺を尾行していたのは恐らくは大坂の東か西の奉行関係者。
十手を持てるのは同心以上だ(時代劇のように、岡っ引きレベルが持つことはない)。
同心が動くとすれば、我々は既に内偵を受けている。
さらには……思いめぐらしかけた時、寺の裏の竹林から竹を削るような音が聞こえてきた。
行ってみると少年がいた。
小刀を右腰に差して竹の前に立っている。
気合いとともに順手で小刀を抜き、竹を切ろうとするが跳ね返される。
「くそ。鈍刀じゃねえかよ。おっさん」
不満を呟くそのうしろから声をかける。
「鈍刀とはご挨拶だな。名刀とは言わぬが、そこそこの……」
意義は小刀を握る左の手を見てから、自分の見落としに気づいた。
「そうか、うっかりしていたな。貸してみろ」
少年から小刀を取り上げ、まずは正対に構える。
「刀は大体、右遣いが斬るようにできているんだ」
決してなまくらでないことを証明するように、青竹を切ってみせた。
胡瓜か大根を包丁で捌くような軽さと切り口に少年は少しだけ安心した。
この腕前ならオイラの手首も成仏したことだろう。
「左なら、こうだな」
くるりと回して、刀を正対から逆手に持ち変える。
そして今度は、逆手で引くようにして竹をすっぱり切って見せた。
つづく




