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【幻冬舎Rコンテスト入賞作】R.O.R.( The Revolution of Rats.)〜 鼠たちのカクメイ  作者: 真夜航洋


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第13話 「サムライたちの腐敗」


 三時間ほど平八郎の講義を受け、その後塾生全員が砲術訓練に入った。

 カイは大塩に力の行使の仕方、すなわち拳銃の使い方を教えてもらった。


 田沼意義がカイに与えたのはペッパーボックスという多銃身回転式拳銃で、多弾倉回転式リボルバー拳銃の前身である。

 リボルバーは蓮根のような弾倉を回転させるが、ペッパーボックスは弾倉ではなく複数の銃身自体を回転させて連射を可能にする。

 カイと平八郎が持つそれは銃身が四本あり四連射できる。

 銃口側から見ると、胡椒を挽くときに使うミル(ペッパーボックス)に似ていることからそう呼ばれる。

 構造が単純なため安価で丈夫。

 ダブルアクションなので引き金を引くだけで発射する。

 そうした手軽さがアメリカのガンマンたちに受けて、西部開拓時代の大ヒット商品となった。

 品余りした何挺かが極東の島国にも流れ、豪商や上級武士の手に渡ったものだろう。

 平八郎は知己の与力から、意義は武器商人から買い取った。

 泰平の世ではあくまで美術品でしかなかったが、彼らは実戦でこの胡椒挽きを使おうとしている。


 この拳銃の欠点は重量だ。600グラムある四本の銃身を片手で持つと、ぷるぷる震えて銃口が定まりにくいのだ。

 マッチョのアメリカ人なら造作もないのだろうが。

 カイが五間(約十メートル)先の的を外したとき、平八郎は言った。


「手で持とうとすな。体の重心を腰に据えて、腹で持つ感覚や。ほんで肩の力は抜いて、腕は地面に平行や」


 ゆっくりと狙いを定め、今度は命中した。

 丸い鉛玉が四枚の的の一つを吹き飛ばす。

 この時点では欧米でもまだ薬きょうは発明されていない。

 前装式なので四発撃ったら、銃口から火薬と鉛玉を再装填する。


 隻手のカイはピストルを股に挟んで、左手だけでこの繊細な作業をこなさなければならなかった。

 火薬の配分は命に関わる。

 昨日のように配分を間違えれば暴発事故を起こし、自分の腕を吹き飛ばすこともある。


(俺の手は、もう替えがきかないからな)


 さいわい、洗心洞に雇われた鍛冶職人が大量に作ってくれたので弾丸はある。

 訓練は進むだろう。

 カクメイをやるまではこの左手を大事にしよう。

 おっさんを襲った時は平気で右手を囮に使ったのにな。

 先生に教わった通り、もう投げやりにはならず見つけた目標のために力を蓄えよう、と決めた。




 意義の新たな任務は張り込みだった。

 場所は現在の神戸市兵庫区中之島、当時は「兵庫津」と呼ばれた商業港である。

 商人や沖仲士でにぎわう居酒屋の二階を借りて、兵庫津の動きを見張った。

 大坂に鴻池屋をはじめとする豪商がいるように、ここ兵庫津にも「北風家」という古くから続く豪商がいる。

 米穀・酒・酢・海運を一手に束ねるのは六十五代・北風荘右衛門貞和という切れ者だ。

 彼は跡部良弼の意を受け、自前の船を駆使して米を江戸に回送している、という。


「使途はおおよその見当がつく。おそらくは、来年行われる『将軍代替わりの儀』に贈答される祝賀品やろ。無論最後は金に換えて、幕府の財政を穴埋めする魂胆やな」


 平八郎はそう推測していた。

 さらに意義が江戸で仕入れた情報を加味すると、跡部の裏には実兄の水野忠邦がいる。

 忠邦が幕閣のトップ・老中首座を得るためには、こうした金の工面が不可欠なのだ。


 意義の祖父に当たる田沼意次もそうだった。

 新将軍にはいくつかしきたりがあり、大権現が祀られる日光東照宮参拝もそのひとつだった。

 ところが当時の十代将軍・家治は、財政難を理由に断念せざるを得なくなっていた。

 そこへ意次があの手この手を使って参拝費用(現代の額で三十五億円ほど)を捻出し、公方様の信頼を勝ち得たのだった。


(皮肉なものだ。その孫が、腐敗役人の尻尾を探るのだからな)


 自嘲しながら意義は、窓の外に広がる早朝の光景を目で追った。

 この数日で何度も見ている。

 三つ葉葵の紋付きを羽織る者が、荘右衛門と話し込んでいるのが見える。

 聞き込んだところによると、この男は東町奉行の浅岡という与力らしい。

 「北風」の名を冠した貨物船に大量の米俵が積み込まれていく。

 数艘の船が複数回往復しているから、江戸城の大蔵には収まり切れぬ量だろう。


(目と鼻の先にある大坂には一粒の米も回す気はないのに、豪勢なご機嫌取りだな)


 上には追従と忖度。

 下には無慈悲な抑圧。

 自身は根拠なき誇り。

 これが侍の世界。

 冬に向かい気圧が下がるにつれ、意義の脳内には霧が立ち込めていくのだった。




 暮れも押し迫った頃。古書店の主人が先日売却した五万部もの書籍を清算し、なんとか660両の現金が手に入った。

 平八郎はこの金を格之助に渡し、鴻池屋に米を買いに行かせた。

 どうも善右衛門は、自分に対して含むところがあるように思えたからだ。


 格之助が鴻池両替商店に入ったのは初めてだった。

 武士が両替に入ることは無心を意味するが、大名相手の貸金を手がける鴻池屋は格之助のような中級武士など相手にはしない。

 さすがに敷居が高い。

 しかし大塩の養子が来たとあってか、大旦那の善右衛門自らが店頭に現れた。


「たしかに660両ございます。与力様」

「うむ。鴻池屋、お主の所では米も扱っておったよな。今の相場を教えてくれ」

「米? やはりこれは米の購入代でっか。せやけど……」

「うん?」

「ちょっと遅うおました。この大飢饉で堂島の米市場はもはや品切れ。手前どもも仕入れがままならん状況ですねや」




つづく



 

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