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【幻冬舎Rコンテスト入賞作】R.O.R.( The Revolution of Rats.)〜 鼠たちのカクメイ  作者: 真夜航洋


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第10話 「大塩家のひとびと」


 大塩家に着いたカイは、挨拶もそこそこに風呂に入れられた。

 洗心洞の塾を併設した大塩の屋敷には内風呂があった。


「長旅やったんやろ。じっくり汚れと汗を流すんやで」


 平八郎の奥方(妾)である、ゆうという年配の女性がカイを風呂場に案内した。

 ゆうがいつまでも近くにいるので、衣服を脱ぐのを躊躇っていると急かされた。


「さっさと入りや。背中流したるさかい。なんや。恥ずかしいんか? 大丈夫や。おばちゃん旦那や格之助ので慣れとるさかい、ぼんくらいのおちんちんで驚かへん」


 そう言って、衣服を剥ぎ取り風呂桶に押し込まれた。

 カイは江戸にいる時ももっぱら行水だったし、意義との旅の途中で初めて入ったのも旅籠近くの湯屋だった。

 足が延ばせるような風呂桶に、ひとりで入るのは初めての快感で喜びだった。


「ん、あ、ああ」


 気持ちがいい。

 意義に刺客の仕事だと依頼されて少しためらいもあったが、今までのところ悪いことは起きていない。


「ぼん。体洗ったげるしな」


 それまで裏の釜土で火加減を調整していたゆうが、裾をめくって風呂場に入ってきた。


「いえ。自分で洗います!」

「あんた、右手使えへんやないの。ええから、おばちゃんに任しとき」


 湯船から引き揚げ、背中を洗ってくれた。

 お節介というか、とにかくグイグイと懐に入ってくる。大坂の人間は皆こうなんだろうか? 

 オイラはこの間まで人斬りをしていた百姓だ。

 なんで、ここまでしてくれるんだろう?




 風呂が終ると、今度は大きな広間に案内された。

 そこには、既に主だった大塩家の家人たちが揃っていた。

 当主の大塩平八郎、その妻・ゆう、養子・格之助、その妻・みね、そしてその息子・弓太郎。

 弓太郎はまだ二歳の幼児だ。


「ババ、ババ。おかゆ、おいち」


 などと、出汁の沁みた粥を食べさせるゆうに笑いかけている。


「おう。風呂はどやった? 疲れは癒えたか?」


 格之助がまるで旅籠の番頭のように聞いてくる。


「あ、はい。あのう、背中まで……」


「座れ。食え」と、平八郎。


「金目鯛の煮つけ、鶏の焼いたん、あとお野菜を味噌で和えたのもあるで。嫌いなもんあらへんか?」と、みね。


 人の話も聞かずに、次々と勧めてくる人たちだ。


(カイ。先生方のご厚意だ。大塩家はいつもは質素だが、今夜は若者に腹いっぱい食わせたいと、おまえのために奥方たちが用意してくださった)


 座った隣の意義がカイの耳元にささやく。

 さっきの風呂といい夕食といい、カイはほっこりした感情を生まれて初めて味わった。

 甘えてさっそく箸をとる。

 と、片手で食べにくそうなカイに、みねが蓮華を差し出す。


「……どうも」


 脇がこそばゆいような感覚。

 こんなにひとに気を遣われたことなんてない。

 何かを隠すように、カイは食べることに集中した。

 美味い! そして温かい!


「カイ。お主、聞くところによれば、学問を嗜んだことはないそやな」


 十分に腹を満たした頃合いで、平八郎が訊いた。


「あ、うん」

(はい、だ)と隣から意義。


「はい。字も読めないし、書けません」

「ほな、明日からわしの講義に出たらええ」

「あ、いや。だからオイラ読み書きは……」

「ええんや、耳学問や」

「大丈夫やで。父上の講義は町人や小作人も聞きに来るし、わかりやすいんや」


 養子の格之助が言って微笑む。

 ここまでよくされたら、嫌というわけにはいかないことぐらいはカイでもわかった。


(いやホントは、短筒さえ習えりゃそれでいいんだけどな)




 私塾としての講堂や図書室、さらには十数名の家族、使用人、書生が寝泊まりするほか、大塩家の屋敷には広大な作業場もあった。

 半年ほど前からここには火薬や弾薬の製造、武器の修理などを行う鍛冶職人数名も起居している。

 格之助がカイを奥の布団部屋に案内する途中で、その土間のそばを通った。


「何だよ、ここ」

「銃器や焙烙(火薬)を作る作業場だ」

 棚には火薬や薬品の類が並んでいる。カイはひとつひとつ興味深そうに見て回る。

「わっ!」


 彼を驚かせたのは大きなガラスの瓶だった。

 そもそも透明の容器を見ることがない上に、中には魚の標本が浮かんでいた。

 魚は雷魚だろうか。


「それは、十年前に父上が釣り上げたものだ」

「十年? 腐らないのか?」


 その棚には他にも、亀やトカゲなどの標本が陳列されている。


「うむ。あるこおると言ってな、強い酒をさらに醸造したものに漬けてある。密閉しておけば二、三十年は保存できる。大塩平八郎の悪趣味の一つだ」


 布団部屋は家族の者が片付けたのだろう。

 カイひとりが寝るには十分のスペースだ。


「今夜から、お主はここで寝泊りいたせ」


 カイは掛布団をめくってみた。

 これから冬に向かう時期、茣蓙ではなく綿の入った布団はありがたかった。

 自分は田沼意義に手首を刎ねられてから、随分ツイてる気がする。


「なあ、あのおっさんは何しに江戸に行ったんだ」




つづく



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