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【幻冬舎Rコンテスト入賞作】R.O.R.( The Revolution of Rats.)〜 鼠たちのカクメイ  作者: 真夜航洋


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第1話 「少年」



 ここで、斬っておくか。


 箱根口。

 ここからは万丈の山と千尋の谷が待つ八里の旅路となる。

 三枚橋で海の香りをまとい物見遊山気分だった旅人は、ここで潮風に吹き飛ばされて萎える。


 ただ旅慣れた田沼意義は、道の険しさとは別の障害を感じていた。

 江戸市中を詮索し、相良藩邸を出たあたりから尾行の気配があったのだ。

 小田原で泊った宿を出立する際、その追手をおびき寄せて始末する決心をした。


 道は木々や草葉の茂りで見通しが悪くなるし、人影も減る。仕掛けさせるには格好の場所だろう。

 峠の一本道に入った。後ろからついて来る者は大小も携えてはいないのだろうか、鞘がかち合う音がしない。

 足音も江戸からつけていた男とは違う気がする。

 ちょうど大木が見えてきた。

 休むふりをしてやり過ごしてみる。

 目の前を通り過ぎて行くのは、旅姿の小柄な町人然とした男だった。


(侍ではないが、町人とも違う。妙な気をまとっている)


 意義は左の親指で刀の鍔をなでる。

 小男は暫く先を歩いたが、立ち止まって辺りを見回してから意義を振り返った。


「あのう。お侍様」


 その者が懐から何かを出して歩み寄って来た。

 殺気。


挿絵(By みてみん)


 意義はうしろに飛び退き、居合い抜いて相手の右手首をスッパリ斬り落とした。


「ギャー! いてえ、いてえよ」


 喚きながら転げ回る。

 よく見るとまだ十代半ばの少年のようだ。


「武士の情け。命は助けてやる。明日からもの乞いでも致せ」

「道を、道を訊こうとしただけじゃねえかよ!」


 侍は刀を納め、落ちた右手首に近づき確認した。

 硬直した手には地図らしき紙切れが握られている。道を訊きたかっただけ。まことならば酷いことをした。


「謝れよ! ドさんぴん」


 一瞬後ろめたさがよぎった。

 だが目を少年に移しかけた刹那、また殺気を感じた。

 転げ回っていたはずの少年が、左手に隠し持っていた手裏剣を投げてきたのだ。

 金属がかち合う音。

 すんでのところで小刀が手裏剣を払った。

 相手はギラギラした目でまだ標的を睨んでいる。


「左遣い、か?」


 右手を刎ねたことで油断した。

 囮だったとは。

 まだあるかもしれぬ。


「肉を斬らせて骨を断つ。言うは易いがよほどの覚悟が必要だ。それに、捨てる初手に気を込めたのも悪くない。小僧、おまえ初めてじゃないな?」


 ひとを殺めるのが生業、と見る。

 小刀をしまって太刀を抜き、今度は用心しながら少年に歩み寄る。

 生かすべき命ではない。


「ゴタクはいいから、さっさと斬れよ」


 舌打ちをしてから、少年はその場に胡坐をかいた。


「さも、ありなん」


 侍は刺客の頭上に刀を振り下ろした。

 刀の峰で頭頂部を叩かれた少年は、全身を貫く衝撃を受け止めるように歯を食いしばった。


「武士の……情けって……」


 命を取らないー少年はむしろそれが不満であるかのような、恨めし気な目を剥いた。


「なんの言い訳だよ……」


 要は人を斬る度胸がねえだけだろうが、と言い終える前に気を失った。




 番の外れた浄瑠璃人形のように崩れた体を、意義はしばらく見下ろす。

 手首から流れ出る血が乾いた地面を濡らしている。


「言い訳、か。さもありなんだ」


 手裏剣はかわしたが言葉の方は突き刺さった気がする。

 この小僧、俺の生き様を言い当てたか? 

 意義は肩に掛けていた打飼袋からさらしを出して、少年の右手首を縛り上げた。

 急場しのぎの止血だ。さらしにひまし油を沁み込ませる。消毒である。

 止めを刺して林に放り投げてもよかったが、恨めし気な顔と辛らつな言葉が意義にそうさせた。

 生かしてよい命かもしれない。

 少年を担ぎ上げ、振り返って路上に捨ておかれた右手首を見る。


(あれは、もういいな)


 つなぐ技術があるわけでもない。覆水は盆に返らぬ。

 意義は少年を背負ったまま道を戻ることにした。来る途中に寂れた山寺を見た。あそこで介抱してやろう。

 蝉がうるさく鳴き始めたため、意義は一部始終を林の陰から窺う者の気配に気づかなかった。

 河合郷左衛門という大坂東町奉行の同心だ。


(やはり下人は…使えぬな)


 ならば己自身の手で……と言い切れないのは、侍の剣の腕には到底敵わないことを知ってしまったからだった。 




 廃寺の堂内は暗く、黴の臭いがした。

 茣蓙にくるまって眠る少年の枕もとには、血に染まった手拭いと桶がある。

 少年は丸二日昏々と眠り続けた。

 

 その間に意義は一度小田原宿に戻り、化膿止めの薬を購入し自分を襲った少年に塗ってやった。

 土間の七輪には滋養を供給する鳥鍋が火にかかっている。少年はその芳しい匂いにつられて目を覚ました。


(俺の右手!)


 まっ先に確認したが、それはもうなかった。

 ただ手首には止血処理がしてあり、包帯が巻かれている。

 辺りを見回すと、自分の右手首を斬り捨てた侍が座っていた。


「あんたか」





つづく



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