兄の思い、父の思い
「お義兄様は私に頭を下げに来たの。"アイツが悪くないなんて全く思ってない。でもやっぱり家族の情というものがあって、切り捨てられないんだ"ってね。」
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「父さん!なんでこんな話になってるんだ!」
「ああラシミッツ!やっと戻ってきてくれたか!」
久しぶりの親子の会話がこれかと思うと情けなくなる。だが"歩く誠実"と呼ばれるような父の容量はとっくの昔にオーバーしていた。というか、このレベルの大トラブルに冷静に対処できる親の方が少ないだろう。
そんな状態でも、とりあえず嫡男である私に連絡を取った父。危機回避能力はほんの少しだけどまだ残っているようだ。
我が家は伯爵という爵位を頂いてはいるが、そんなに力があるわけではなく、何なら勢いのある子爵に鼻で笑われるくらいの弱小貴族である。
かといって父の領地経営に特別問題があるわけではなく、母が散財したわけでもない。領地で災害があったということもない。
ただただ祖父の代あたりから世間の求めるニーズと我が家の商売の相性が悪く、先細りしてきただけのことである。
そんな状況だったので、幼い頃から私は"取り柄といえば善良なだけ"と言われるような父に危機感を持っていた。そして嫡男としてこの先細りを何とかせねば!と思い学園ではガツガツと頑張っていた。
そう、黙々でもなくガリガリでもなくガツガツである。
ガツガツとは勉学だけの話ではない。
そう、勉学でトップを目指すのではない。人間関係を裏の裏まで知り尽くし、可能なら将来有望そうな貴族の懐に潜り込むのだ!
おかげさまでガツガツはなかなかの成果を上げることができ…というか予想以上の大物を釣り上げてしまったのだ。
隣国からの留学生である。
彼も伯爵家の出身と聞いていたから、何となく話しかけてみたら思いの外会話が弾み、お互い隠し事なく話ができるようになった…隠し事が無くなったと思っていたのは私だけだった!
「お父さんてさ、ウチとどっこいのしがない伯爵って言ってなかった⁈」
「ゴメンゴメン。だってさぁ、あの学園の女子怖いんだもん。父親が王弟なんて言ったら恐ろしいことになりそうじゃん。」
そう、彼は隣国エフストリン王国の現王であるバクモンドゥを兄に持つロルフェニラ・コデインリー公爵の息子であった。聞いてないよーとは思ったが、知った時には既にかけがえのない親友だったので、彼の作戦勝ちだなと思ったものだ。…確かに最初から彼の身分を知っていれば、気後れしてこんなに対等な友人にはなれなかったろう。
その縁もあって、卒業後隣国へ留学することになったのだ。
…留学とは名ばかりで、彼について様々な交渉に参加していたのだが。
本当はこのまま彼、フェドリン・コデインリー次期公爵の元で仕事をして欲しい、と言われていたのだが生憎私は弱小といえども嫡男。譲ろうにも弟たちは婿入りやらなんやらで全員売却済み。俺が戻らなければ家が無くなってしまう!と言って断っていたのだ。
そして留学も3年になり、そろそろ帰国するかと思っていた矢先の父からの連絡である。
父の手紙では何のことだかさっぱり分からなかった。グリセルドが気を利かせて補足の手紙を入れてくれなかったら事態が把握できなくて、帰国はもっと先になっていたかもしれない。
「で、父上。何をどうやったら侯爵家の入婿を穏便に降りられて、そんな大問題引き起こした男を名ばかりとはいえ男爵に祭り上げるような家を見つけられるんだ?」
「お、穏便だったわけではないんだよ。侯爵様もクリスティーネ様もめちゃくちゃ怖かったよ。」
思い出したのか、少し涙ぐむ父。だが!オッサンの涙など何の足しにもならんわ!
「だけどね、どうやらクリスティーネ様がエステル嬢の母君をずいぶん慕っていたようでね。穏便に事を運んでくださったようなのだ。」
「なるほどね。そういう事か。…だとしたら、我が家はその温情に安心するだけではマズいんだろうなあ…。」
ならば仕方ない。
「父さん。今までご苦労さま。家のことはもう俺に任せてくれ。」
「…すまないねラシミッツ。私がもう少ししっかりしていれば。君の未来の選択肢を狭めてしまった事を申し訳なく思っているよ。」
驚きで目を見張ってしまった。嫡男だから家の為に生きるということに、多少の窮屈さを感じながらも当然だと思って生きてきたからだ。
そうか、嫡男でなければ他の道を選べたかもしれないと父は考えていたのか。
「それは父さんだって同じだろ。…知ってるよ。本当は画家としてやっていきたかったんだろ。解放してあげるのが遅くなったけど、これからは母さんと一緒に楽隠居してくれ。」
「あらあら。私抜きで私のこれからが決まったのかしら。」
「母さん!久しぶりだけど元気そうで安心したよ。」
「そんなことより貴方。家督を継ぐことを決心してくれたのは嬉しいわ。だからお父さんは楽隠居でいいと思うの。けど私はねぇ。」
「しがない伯爵家とはいえ、家政って大事なのよ。私の仕事は誰に継いでもらったらいいのかしら。」
うう。痛いところを突かれた。そうなのだ、私にはまだ妻どころか婚約者さえいないのだ…。
学園生活が充実していた上、そのまま留学してしまったのでそれどころではなかったのだ。
「母上、本来なら父上と共に楽隠居していただきたい所ですが、今しばらく…」
「はい、分かりました。でもいつかは引き継ぎさせてよ?できるだけ早い方がいいから私も声をかけてみるわ。だから」
ニヤリ、と笑った母。
「この人、と決めているなら早く手に入れて来なさい。」
本日から1日1話更新です。
途切れないように頑張ります!




