しくじり先生、ここに誕生。…まであと少し。
「まあ!それって"しくじり先生"じゃない!面白そう!」
なぜかクリスティーネ様は大ウケだった。しくじり先生ってなんだ?
腑に落ちない顔をしている私に
「しくじり先生って言っても通じないわね。あんまり気にしないで」
と言って更に大笑いしている。
「しくじりの先達ってことですよね?求められてるのはそんな感じのことだと思います。」
なんだか腑に落ちないが、しくじりという言葉も先生という言葉もちゃんと理解してるぞ!と憮然としながら答えたら、笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いながらクリスティーネ様がおっしゃった。
「ええ、私は大賛成ですわ。実は夫の従兄弟の子もあの大騒動に巻き込まれたのよ。例の男爵令嬢はエステルどころの騒ぎじゃない悪どさだったらしくてね。そこら中に粉かけて、その中で一番高位だった侯爵子息を選んだんですって。その過程で3人だったかな?解消になった婚約があったのよ。」
…夫。夫という事は元第二王子。その従兄弟の子となれば…。公爵家の3番目のご令嬢か。うぅ、これまた凄いところに手を出したものだ。
確かにエステルどころの騒ぎではないな。
公爵家のご令嬢の縁談を潰しにくるとは怖いもの知らずにも程がある。
「あ、従兄弟の子の縁談は大丈夫だったのよ。嫁ぎ先の侯爵子息はハナから相手にしてなかったんですって。ただ、男性との距離がやたらと近くてね。他の令嬢も苦々しく思っていたみたいで、このままだと男爵令嬢に嫌がらせが始まるかもしれないと思って。ほら、あの子が一番高位になるから他の子たちが不利にならないように注意したのよ。」
なるほど、それを逆手に取っていじめられていると訴えた、と。
「でもね、ここであの子が出張ってくれたから4人で済んだのよ。王族に連なるというか、なんなら低いとはいえ王位継承権を持つ人間が苦言を呈した訳だから。鼻の下を伸ばしてた令息の9割は我に返って婚約者に謝り倒して許してもらったんですって。」
「それでも目が覚めなかったのが4人で、侯爵子息に至っては派手に断罪劇までしちゃったのよねぇ。」
「幸か不幸か男爵令嬢に選ばれなかった3人は解消を受け入れるだけで済んだというわけ。」
まあもちろん嫡男は家を継げなくなったし、嫡男以外は婿入り先を無くして揃って平民まっしぐらな訳だが。
「当然巻き添えを喰らった令嬢のご実家はカンカンよ。彼らのご両親達は真っ青になりながらもちゃんと責任は取ったわ。…まあ金銭面だけの話だし、令嬢に付いた傷が消えるものではないけど。」
「そこはね、あの子がちゃんとフォローしたのよ。令嬢方に聞き取りをして、より良いご縁を結べないか張り切ったのよね。ほんと、あの子はあの歳であそこまで采配できるなんて。うちの子にもあのくらい切れる子が嫁いでくれるといいのだけれど。」
「それに比べて例の侯爵家よ。息子がボンクラなら親もってやつよね。結局爵位が上だからって最初瑕疵を認めなかったのよ。自分ちの都合で婚約結ばせた癖にね。あの令嬢のお父様は伯爵とは言え商会も経営しているし、プライドだけの人じゃないの。話せば分かる人なのよ。」
そう。彼のことはよく知っている。私たちより2つほど学年は上だったが、在学中から学業はもとより学園外での活躍が目立つ人だった。
その頃から商才に長けていたし人を見る目も確かだった。下位貴族や平民の学園生への目配りも怠らず、これぞ!と言った人材を根こそぎ彼の商会に持っていったので、その後数年は官吏の質が下がったと王宮ではよく嘆かれたものだった。
「それをどうにか有耶無耶にしようとするから本気で怒らせちゃってね。最初は侯爵家を潰すつもりで動いていたのよ、彼。けど、ボンクラでも侯爵家がひとつなくなるとそれなりに周囲が大変じゃない?だから我が家が仲裁に入ってね。ほら、こういう話で私が出てくると説得力が違うでしょ?」
うう、それを言われると何も反論できない。
「それにね、あの子が令嬢の希望を聞いてみたら元からこの縁談には乗り気じゃなかったし、何ならちょうど良かった!って言われたんですって。で、令嬢の希望通り隣国への留学をセッティングしたのよ。」
「それで彼も、そもそも自分たちは最初から乗り気じゃなかったんだから、メンツまでは気にしなくても良いか、と思って金銭補償で納得してくれたの。まあ納得と言っても莫大な金額だったけどね。この先彼らが被る醜聞を考えたら妥当だとは思うわ。」
うわあ。
「だから侯爵家はあんまりダメージを受けてないように見られているのよ。当主の交代もしなかったしね。そのためにもあの2人に関しては美談に仕立て上げるしかなかったのよ。表向きは"男爵令嬢では侯爵夫人にはなれないから、男爵家に婿入りして添い遂げることを許した"ことにしたの。実際は男爵領の片隅でその日暮らしだとしても、ね。」
「だから事情を知らない低位の貴族の子息令嬢は、ままならない自分たちの婚約事情を重ね合わせて夢を見ちゃうってことなんでしょうね。そして高位貴族は知ってても顔には出さないから、まだ自分たちの懐事情は知られてない、なんて本気で信じてるのよ。だから彼らが本当のところを語る事はないでしょうね。」
「貴方がそのお話を受けたら、一方的な婚約破棄の代償の大きさに慄く子も出てくるんじゃないかしら。特に家督さえ諦めれば愛する人と幸せに暮らせる!なんて本気で思ってる子達には良い戒めになると思うわ。」
「そして、なぜ彼らだけが許されたのか?と疑問に思った時に、表立っては言えない現状を知ることに
なるのよ。もうその頃には侯爵家なんて笑いのタネにされているか、嫡男が父親を引退に追い込んでどうにか爵位を維持しようと奮闘するか。どっちにしても自分たちの詰めの甘さを後悔することになるでしょうね。だからそのお話はとても有意義だと思うわ。」
そう言いながらクリスティーネ様はにっこり笑って
「何よりあなた。結局罰なんて受けてないようなものじゃない。あんなに良くできた奥さんを手に入れたんだし、このくらいの恥、謹んでお受けなさい。」
と仰ったのだった。ひええ、やっぱりクリスティーネ様は手厳しい。
だがひとまず一番の問題だったクリスティーネ様の承諾は得られた。
…後は彼女に承諾を取らねばなるまい。
少し気が重くなりながらも訪問の予約を取るよう家令に指示したのだった。




