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第五話 終話

 イヅナは境内で落ち葉を見つめながら掃いていた。少しため息混じりなのは、先日の失敗を引きずっているからだろう。

 箒と地面の擦れる音だけが、響き渡る。


 今日は風が止んでいた。森の奥もやけに静かだ。


「はぁ〜……」


 耳が垂れ、尻尾も元気なく揺れる。


「まだ落ち込んでるの?」


 どこかボロボロの巫女服の鈴乃が、石段を登ってくる。鳥居を潜り、肩をストレッチするように回していた。


「おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」

「仕事。それよりも、イヅナ」


 ビシッと指を突き立てられ、肩をビクッと震わせる。一瞬だけ耳がピンと立ってから、ふにゃりと折れる。


「いつまで落ち込んでるのよ。人間じゃあるまいし」

「……だって、やっぱりうまくいかないなと思いまして」


 完全な落ち込みモードのイヅナの頭を、いつも通り鈴乃がチョップをする。

 小さく悲鳴を上げて、腫れ上がった額を抑えた。


「あのさ。まだ五年でしょ? 人生あと何年あると思ってるの?」

「えっと、あと五年くらい?」

「……それは狐換算でしょ? あんた多分これから百年は軽く生きるわよ」


 鈴乃に言われた真実に、大きな声を漏らす。静かだった森が一斉にざわめいた。


「たった一回の失敗でクヨクヨしててどうするのよ」

「……そんなこと言われても」


 やはり精神的には未熟なのが現れている。そのことはイヅナも自覚している。しているのだが、だからといってどうにかできる問題ではない。

 こんな胸が締め付けられるような思いを、生きてきた今までしたことなかったからだ。


 こんなことなら人間にならなければよかったと、思いかけたとき鈴乃がイヅナの手を掴む。


「ちょっとこっちに来なさい」


 返事を聞く前に、彼女は引っ張っていく。連れてこられたのは、社務所の中にある和室だった。


 そこには、何やら衣服が一つかけられている。普段着とは違った印象の服装だ。


「近隣の高校の服よ」

「こう……こう?」


 尋ねると、彼女は満足気に頷く。


「ここの理事長はね、私には一生をかけても返せない大恩があるのよ。生徒一人をねじ込むくらい、わけないわ」

「……えっと、話が見えないのですが?」


 首を傾げてると、鈴乃は呆れたようにため息をついた。


「あんたの好きな男の子の通ってる高校に入学しなさい」

「ふ、ふえ!? す、すすす好き!?」


 唐突なことを言われて、耳と尻尾が立ち上がる。

 顔を真っ赤にしながら、首をちぎれるのではないかと思うほど左右に振った。


「す、好きではないです!」

「……あのねぇ、完全に女の子の顔しといて好きじゃないわ無理があるから」

「そ、そんな顔してないです!」


 しかし確かに気持ちは抑えられないのが本音だった。顔に募った体温を冷やすように、頬に手を添える。


「ま、高校に入るにあたっていろいろ問題はあるけどね……」


 そう言って鈴乃の視線は耳やら尻尾やらに移る。


「私も協力してあげるから、人間社会の勉強ってことで行ってきなさい」

「あ、あのどうしてそこまで手伝ってくれるんですか?」


 正直、自分と鈴乃の出会い方は最悪だ。

 真っ裸で社務所に勝手に入って、ものを漁っていたのだから。そのまま檻に閉じ込められても言い訳ができない。

 しかし、彼女は「あぁ、そんなこと」と軽く流した。


「あんたがうちの神社の従業員だからよ。それ以上もそれ以下もある?」


 その言葉は何故かとても安心できる一言だった。


 鈴乃は万物を平等に見ているのだ。そこに悪も善もない。彼女の中のルールで線引きしているだけ。


「でも、あんたが悪い妖怪なら、魂も残らず消滅させてたけど」


 前言撤回。やはり彼女はどこか恐ろしいかもしれない。

 底冷えのする笑みを見て、イヅナは体を震わした。


「ま、あんたがこの神社にいる限りは、悪いようにしないわよ。それに──」


 彼女はそこで満面の笑みを浮かべる。


「元来、狐は豊穣を司る生き物なのよ。適当にあしらったらアホ神からの罰を受けるわ」


 その言葉のすべてに、彼女の魅力が詰まっているような気がした。

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