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第四話

 辿り着いたのは色々と店が並んでいるところ。鈴乃が言うには、商店街らしい。

 店のおじさんやおばさんが、彼女に親しげに話している。値引きをしてあげるだのおまけをしてあげるだの、とても町の人に好かれているのが分かる。


 イヅナは色々な匂いが入り混じっていて、少し鼻が曲がりそうになった。

 そんな中、風に乗ってとても馴染みのない香りが流れてくる。吸い込まれるように、フラフラとその場へと向かう。


 看板がある。ただ、イヅナは文字が読めないので無視して窓ガラス越しに見せの中を覗いた。



 そこは落ち着いた印象の店内だ。木が主に使われており、カウンター席や座席が並んでいる。入っている客はまばらで、何か飲み物を楽しんでいるみたいだ。


「……!」


 その店で、銀トレイに商品を乗せて運んでくる青年に見覚えがあった。

 イヅナを助けてくれた男の子だ。当時よりは大人びているが、どことなく面影がある。


「勝手にフラフラと、どうしたのよ?」


 鈴乃が横に並び、店内を見る。

 彼女の視線が青年に集中しているのに気がついたのか、何か納得するように頷いた。


「中に入ろうか?」

「え、あのあの!」

「心の準備なんて、注文を待ってる間に整うわよ」


 何かを言う前に、鈴乃が手を引っ張る。そのまま抵抗することもできずに、店内に入ってしまった。


「いらっしゃ……おや、鈴乃くん」


 店のマスターらしき壮齢の男性が、カウンターの奥で優しく微笑む。


「ちょっと休憩がてら立ち寄ったの。二人ね」

「分かりました。そちらの金髪のお嬢さんは、鈴乃くんの神社で新しく働くことになった子かな?」

「そういうこと。適当に、美味しいコーヒーをよろしく」


 さっさと注文を済ませると、彼女は席に座ってしまう。

 イヅナは顔を真っ赤にしながらも、彼女の向かい側になるよう座った。


 心臓の音がやけに大きく感じる。この鼓動の意味を、イヅナは理解していない。

 ただ、アワアワとしながら落ち着きなく服の裾を握る。


「発情した動物みたいに顔が真っ赤よ」


 向かいで頬杖をついた鈴乃が、悪戯の笑みを浮かべてとんでもないことを言う。


「は、発情してません!」


 立ち上がり大声を出した。店内の注目を集めてしまったからか、頭のてっぺんから煙を出す。そのままそろそろと座って、机に突っ伏した。

 身体がまるで、椅子に沈み込むような錯覚を受ける。


「冗談よ。少しは気が紛れたかしら?」


 イヅナは頬を机につけながら、恨めしげに鈴乃のことを見上げた。


「エスプレッソ二つお持ちしました」


 その静かで優しげのある声に、背筋を伸ばす。勢い余って、頭の上から耳が生えて立ち上がったような気配があった。

 こちらの事を見ていた鈴乃が咽る。


「だ、大丈夫ですか?」


 慌てる青年に彼女は大丈夫と答えている。しかし、視線はこちらに合い何かを訴えていた。


 一方、イヅナの頭の中は真っ白だ。手で耳を抑えて引っ込めようとする。しかし、うまくいかない。

 あわあわと、ただ慌てるだけだった。


「はい、お連れ様……どうしたんですか?」


 青年がこちらを向くと同時に、鈴乃は机の下に隠れる。手だけヒラヒラさせて、何でもないと答えた。


「それでは、何かありましたらまたお呼びください」

「う、うん……何かあったほうが呼べないけどね」

「……?」


 鈴乃の軽口に青年は首を傾げていた。彼女は愛想笑いをして、手を振って彼を追い返す。

 一方のイヅナは、机の下からヒョコリと目だけを出す。頭の上に生えた耳は垂れっぱなしだ。


「こんな大事なときに何やってんのよ?」

「う、うぅ……術をかけたのは鈴乃さんでしょ?」

「……そうね。うん、そうね……完全に私の想定外だわ」


 運ばれてきたエスプレッソに、彼女は口をつけていた。


 イヅナはバレないように縮こまりながら、チビチビとカップに口をつける。

 口内に広がるコーヒーの苦味に、体全体が震える。そのまま耳がピンと立ち上がって、涙目になった。


「ちょ、耳……耳……!」


 鈴乃の慌てた指摘に、そのまま机に突っ伏した。舌を空気に当てて苦味をそのまま外に逃がす。

 

 やっと人間になれたのに散々だと、悲しくなってくる。


「鈴乃さん……人間って難しいですね……」


 そんなイヅナの顔を見て、鈴乃は大きくため息をついた。


「何、一回きりで諦めてるのよ……」


 その目は憐れみでもなく、蔑んでもいない。ただまっすぐにこちらを見つめてくる。

 身を乗り出して項垂れているイヅナの鼻先をつまむ。思わぬことに、背筋を伸ばした。


 すぐに耳を手で隠しながら、鈴乃のことを睨む。


「な、何するんですか?」

「たった一回失敗してくよくよしてるからよ」


 彼女は大きくため息をついて、コーヒーに口をつけていた。

 立つ湯気が鈴乃の呼吸に合わせて揺れる。


「うちの神社には恋成就のお参りを何百回とやってくる人がいるわ。その人は毎回次は最後と言いながらも挑戦してるの」


 カップの奥音が、やけに耳につくような気がした。


「いーい? 普通は動物と人間は結ばれない運命なのよ? イヅナはその運命をひっくり返して、人間になったの」


 ビシリと突きつけられる人差し指を見て、何も言えなくなった。

 小さく縮こまり、コーヒーの入ったカップを見つめる。


 黒い液体に浮かぶのは、金髪の狐耳の生えた少女。耳さえなければ、どこにでもいる少女に見えなくもない。


「でも……」


 彼女の弱気な一言に、またしても鈴乃は大きくため息をついた。


「ま、あんたが不安になるのも少しわかるけどね」


 鈴乃はコーヒーを飲み切る。

 手元に置かれたコーヒーを指さして「飲む?」と尋ねてくるので、首を横に振った。カップを自分のもとに寄せて、彼女はイヅナの分のコーヒーを飲み始める。


「言うて、時間はたっぷりある。またの機会もある。この町に住む限りは、いつか打ち明ける日が来るわよ」


 その言葉だけは、何故かイヅナの心に強く残る。

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