99話 運命の最終決戦
――カイ視点
夜明け前の鋭い冷気が戦場を包み込み、霧がわずかに立ち上る中、カイは剣ルクスを腰に納めたまま、深い闇に満ちた大地を見つめていた。先刻の戦いで黒き邪神を討ち破ったはずのこの広野に、再び異様な気配が満ち始めている。その気配はまるで生き物のように蠢き、瘴気の残滓が静かに渦を巻いている。左腕に刻まれた古い傷は、今なおわずかに疼きを伴い、剣ルクスから漏れる蒼光は不安定に揺らいでいる。多くの戦いを越え、仲間と共に多くの試練を乗り越えてきたカイでさえ、この空気には戦慄を覚えた。
「ここが、最後の戦場か……すべては、この一撃にかかっている」
カイは剣先を地面に突き立て、深く息を吸い込んだ。蒼光が暗闇を割くように揺れ、草むらに潜む瘴気を凍結させる。その冷気が背筋を走り抜けるたび、アリウスの魂が剣ルクスを通して静かに囁く気配を感じた。仲間たちの祈りと剣戟が再び一つとなることを、カイは深く信じていた。だが、今目の前に立ちふさがる存在が、かつての黒き邪神の残滓を超えた、より強大な闇であることをカイは知っていた。
遠方から地鳴りのような低い振動が響き渡り、草木がざわめき、瘴気は瞬間的に濃度を増して渦を巻いた。その渦の中心から、かつて見たこともないほど巨大な瘴気の柱が立ち上り、濁った闇が凝集して一つの形を成した。黒き邪神の残滓が復活しただけではなく、その根源たる古代邪神の真の姿が影として浮かび上がっている。全身を瘴気で覆われたそれは、翼を広げた巨鳥の如く、夜空を破る勢いで立ちはだかっていた。
「──仲間たちよ、今こそ集え。恐怖に屈することなく、最後の一撃を与える時が来た!」
カイは剣ルクスを高く掲げ、その蒼光が闇の柱を貫く勢いで光を放った。その瞬間、満天の星々が一瞬揺らめき、剣ルクスの蒼光は周囲の闇を裂きながら仲間たちのもとへと広がっていく。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイの声を合図に、リリアナは杖を胸に抱え、静かに詠唱を始めた。杖先から放たれる蒼光は闇を凍結し、瘴気の柱を包み込むように広がっていく。冷たい夜風が吹き抜け、詠唱が空気を震わせるたびに、草木の隙間からかすかな白い結晶が舞い上がった。リリアナの左腕には先刻の戦いの傷がまだ痛むが、それでも彼女は目を閉じて祈りを捧げ続けた。
「瘴気浄化・結界展開……この蒼光の網で、闇を封じ給え!」
杖先から放たれた蒼光の波紋は、瘴気の柱を凍結させ、一瞬の静寂をもたらした。しかし、その静寂は長くは続かなかった。瘴気の柱は震えるようにうねりを見せ、より濃密な闇をまとって再構築されようとしている。リリアナは詠唱を止めずに結界を強化し、剣ルクスの蒼光と共鳴させることで、闇に抗おうとした。
「マギー様、ガロン様、ジーク様、ルレナ様……セレスティア様の祈りを、私の結界に託して!」
リリアナは仲間の顔を目で追い、仲間と心を一つにする。その瞬間、杖先から紡がれる祈りの光が一気に強まり、瘴気の柱が再び凍結したかのように硬直した。しかし、闇の深淵から響く咆哮は、リリアナの胸を深く揺さぶるものだった。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの祈りが瘴気の柱を凍結させる中、マギーは巻物を両手で抱え、息を荒げながら呪文を復唱した。瘴気追放陣、瘴気断裂陣、瘴気封鎧陣──これまで封印の泉を支えてきた呪文を組み合わせるだけでは、この闇を抑えきれないことをマギーはわかっていた。古代文字の奥に隠された新たな呪文、それは瘴気の根源である古代邪神の力を逆に封じ込めるための禁忌の呪文だった。マギーの手が震え、視線は文字を追うたびに深い覚悟を示している。
「瘴気の極核を断ち切る──この呪文は、すべての瘴気を一気に浄化する。だが、私の命を代償とする覚悟が必要……リリアナ様、カイ様、覚悟はできていますか?」
マギーは巻物を胸に引き寄せ、杖先の蒼光と剣ルクスの蒼光が交錯する場所へと進んだ。瘴気の柱は再びうねり、黒い影が絡みつくように形を成し始めたが、マギーは呪文を止めずに声を震わせながら詠唱を続けた。
「瘴気極核断絶陣……瘴気の根源を断ち、世界を永遠の光へと導き給え!」
詠唱が最高潮に達した瞬間、巻物から白い光が迸り、瘴気の柱を包み込んだ。黒い影は呻き声を上げながら急速に凍結し、白い結晶となって砕け散ろうとした。マギーは意識が朦朧としながらも、仲間の加護を信じて呪文を唱え続けた。
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ガロン視点
マギーの禁忌の呪文が瘴気の根源に届く瞬間、ガロンは剣ルクスを引き抜き、大地を強く蹴り上げながら闇の中へ突進した。蒼光の刃先が闇を貫き、瘴気の柱を断ち斬る。瘴気魔獣の亡霊を何体も斬り伏せたガロンでさえ、この瘴気の濃度には深い恐怖を覚えた。だが、剣ルクスを握るその手には、仲間への信頼と使命感しかなかった。
「俺は剣を振るい続ける……仲間たちの命と、この世界の未来を賭けて!」
ガロンが振るうたびに蒼光は拡散し、瘴気は粉々に砕け散る。しかし、黒き邪神の瘴気は再生しようと、瘴気魔獣を呼び寄せて阻もうとする。ガロンは仲間たちのために斬り続け、その背中には揺るぎなき覚悟が刻まれている。
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ジーク視点
ガロンの猛攻の隙を突くように、ジークは短弓を肩に掛け直し、暗闇の中で矢を番えた。瘴気の核を狙い、魔力を宿した矢を放つ。その矢は瘴気の根源を貫き、白い結晶として砕け散る。だが、その破片さえも瘴気は吸い込み、再び瘴気魔獣を復元しようとする。ジークは目を見開き、再度矢を番えた。
「俺は、兄貴と仲間を守るために、この矢を尽くす!」
ジークが放つ矢先には、瘴気を断ち切る清浄な輝きが宿っている。その光が瘴気を切り裂き、黒い影は幾度となく凍結と再生を繰り返しながら、やがて瘴気の根源から離れた小さな欠片となって崩れ落ちた。ジークは震える手を押さえつつも、仲間たちのもとへ走り続けた。
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セレスティア視点
マギーの詠唱を見守りながら、セレスティアは杖を胸に抱えて静かに祈りを捧げ続けた。かつて封印の泉を再生させた祈りの力は、今この場で瘴気の核を完全に封じるために必要とされている。杖先から放たれる淡い光は、瘴気の根源を凍結し、暴走する瘴気の亡骸を祈りの光で浄化していく。
「愛と慈悲の光よ、この世界を闇から解き放ち給え。魂の深淵に潜む黒き邪神を永遠に封じ込め、希望の光を取り戻し給え」
セレスティアの祈りが最高潮に達した瞬間、瘴気の塊は一瞬凍結し、白い結晶となって砕け散った。その破片は大地に降り注ぎ、朝露のようにきらきらと輝いている。
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ルレナ視点
剣を胸に抱えたまま、ルレナは仲間たちの背中を見守りながら、一歩一歩闇の中心へと進んだ。その瞳には恐怖ではなく、聖女セレスティア様の祈りと仲間たちの加護への深い信頼が宿っている。剣先から放たれる蒼光の祈りが瘴気の根源を確実に断ち切り、大地には新たな緑が芽吹き始めた。
「私も……私も、この世界の未来を信じて戦う!」
ルレナは剣先を高く掲げ、蒼光をさらに強めた。その光が瘴気の根源を切り裂き、白い結晶が舞い上がる。ルレナはその光景を胸に焼き付け、仲間たちと共に歩みを進めた。
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――カイ視点
仲間たちの祈り、呪文、剣戟、矢が完全に一体となり、最後の瘴気の核は白い結晶となって砕け散った。その瞬間、封印の泉の白い光が再び神殿跡地を包み込み、夜明けの光が差し込むように世界を温かく照らした。カイは剣ルクスを握りしめたまま、深く膝をつき、その場に頓息をついた。
「これで……すべてが終わった。運命の最終決戦は、仲間と共に乗り越えた」
大地には再び静寂が戻り、草木は一斉に芽吹き、鳥のさえずりが森に響き渡った。仲間たちは駆け寄り、互いに傷ついた身体を支え合いながら深い安堵の息をついた。リリアナは杖を胸に抱え、涙を浮かべながらほほ笑み、マギーは巻物を鞄に仕舞いながら静かに頷いた。ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、剣先を揺らしながら新たな未来を見据えている。ジークは矢を背負い直し、静かに頷き、セレスティアは杖先から放たれる祈りの光を天へ解き放ち、ルレナは剣を胸に抱えたまま涙を拭った。
「世界は再び光を取り戻した。仲間と共に戦い、運命の鎖を断ち切ったんだ」
カイは剣ルクスを腰に納め、深く頷いた。その背中には戦い抜いた誇りと、新たに築く未来への希望が力強く宿っている。彼らの旅は、紛れもなく輝かしい結末を迎えつつある――。
99話終わり
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