95話 黒い瘴気の正体
――カイ視点
淡い朝靄が霧のように立ち込めた森の奥深く、カイは剣ルクスを腰に納めたまま、木漏れ日の中を歩いていた。かつて友と共に戦った廃墟や神殿跡をいくつも越え、今や世界中の封印を巡りながら瘴気の根源を探ってきた。この一帯には、封印の泉を通じて浄化されたはずの瘴気が、再びかすかな残滓を残している。カイは左腕の痺れを感じながら、剣ルクスの蒼光を頼りに足元を確かめた。瘴気は以前よりも濃く、黒い粉塵のように空気中を漂っている。太陽の光を背に受けると、その粉塵はまるで生き物のように蠢いているかのように見えた。
「……この瘴気は、ただの残滓じゃない。何か、もっと深い場所から湧き上がっている」
カイは剣先をゆっくりと揺らしながら自問自答した。アリウスの魂が宿る蒼光を剣ルクスに宿してから、瘴気は確実に力を弱めてきたはずだ。しかし、昨夜の封印再生以降、この森の奥に漂う瘴気は、まるで自ら意思を持つかのように集まり、黒い結晶を作り出している。それはまるで、瘴気そのものが反撃の狼煙を上げているようだった。カイは剣ルクスを少しだけ抜き放し、刃先の蒼光を増幅させてみた。すると黒い粉塵は一瞬で凍結し、白い結晶の欠片として砕け散った。その光景を見て、カイは真実に近づきつつあることを自覚した。
「リリアナたちに知らせねば……あの瘴気は、神々の遺志とも呼べる存在かもしれない」
カイは深呼吸を整え、剣ルクスを鞘に納めたまま、大きく一歩踏み出した。足元には先ほど凍結した瘴気の欠片が白い霜のように散らばっており、その向こうにある闇が徐々に形を成していた。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイからの報告を受け、リリアナは杖を胸に抱えたまま森の入口に立っていた。杖から放たれる蒼光が霧をかき消し、黒い瘴気の残滓を凍結している。先刻まで封印の泉で穏やかだった世界に、再び黒い影が忍び寄っていることに、リリアナの胸は激しく高鳴っていた。左腕の古傷はわずかに疼き、杖を支える手が小刻みに震えている。
「瘴気の残滓は浄化されたはずなのに……森の奥に潜む瘴気は、一度浄化された後でも再生する力を持っているのかもしれないわ」
リリアナは杖をゆっくりと振り下ろし、詠唱を始めた。蒼光の結界がゆらゆらと波紋を描きながら広がり、瘴気の残滓を包み込む。黒い粉塵は一瞬凍結し、白い結晶となって散りばめられた。リリアナは詠唱を止めずに結界を維持しながら、カイのもとへと進む決意を固めた。
「マギーと協力して、瘴気の正体を暴かないと……あの古代文字が示した神々の遺志は、一体何を意味しているのかしら」
リリアナは杖先の蒼光を木々の葉に照らしながら、深い祈りを込めて詠唱を続けた。その眼差しには、仲間と世界を守るための強い覚悟が宿っている。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの浄化の光を受けて、マギーは巻物を取り出して詠唱の準備を整えた。先刻まで封印の泉で行った呪文とは異なる、瘴気再生の秘密を解き明かすための古代呪文である。白く輝く紋様を足元に刻み込み、瘴気断裂陣を展開しようとした瞬間、黒い粉塵が再び渦を巻きはじめた。
「瘴気断裂陣! 瘴気追放陣! 瘴気封鎧陣!」
マギーの詠唱が空気を震わせ、大地に刻まれた紋様が白い光を放った。その光は黒い瘴気を押し包み、一瞬凍結させる。しかし、その冷気すら瘴気本体には通用せず、黒い影は凍結したかに見えては再び融解し、より強い粒子として再生していった。マギーは目を閉じ、深い怒りと困惑を胸に呟いた。
「瘴気は浄化の力に抗い、再生し続ける……これは、ただの瘴気ではない。何か古代の意思が宿っているに違いない」
マギーは巻物を小脇に抱え直し、仲間のもとへ向かって走り出した。
■ ■ ■
ガロン視点
マギーとリリアナの声を遠くに聞きつけたガロンは、剣ルクスを肩に担ぎながら森の奥を目指して疾走した。剣先から迸る蒼光が草むらを照らし、瘴気の残滓を凍結させる。だが、その刹那、草むらの中から突然黒い瘴気の亡霊が飛び出してきた。ガロンは剣を振り下ろし、一閃の蒼光で亡霊を斬り裂いたが、その亡霊は砕けた後も残滓を再生しようと地面に染み込んでいく。
「くっ……しぶとすぎる……お前は一体何者だ!」
ガロンは剣ルクスの柄を強く握りしめ、力を込めて蒼光をさらに高めた。蒼光の刃先が闇を断ち切り、黒い亡霊は白い結晶となって砕け散った。しかし、その結晶さえも大地にしみ込み、瘴気は再び一つの影として森の奥へと蠢いていく。ガロンは膝をつきそうになりながらも剣を構え直し、仲間たちのもとへ向かって再び歩を進めた。
「奴らは、瘴気魔獣よりも厄介だ……だが、仲間がいる限り俺は負けねェ!」
ガロンは深く息を吸い込み、剣ルクスを強く握りしめたまま森の奥へと進み続けた。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの背中を追いかけつつ、ジークは短弓を肩に掛けて草むらを駆け抜けた。草がざわめくたびに黒い粉塵が舞い上がり、その影が一瞬生き物のように揺らめくのを捉える。ジークは矢を番え、狙いを定める。刃先の蒼光が闇を裂く中で、黒い結晶が森の奥へと逃げ込もうとする。
「兄貴たちの背中は俺が護る……絶対に逃がさない!」
ジークは深く息を吸い込み、矢を放った。矢先は黒い結晶を貫き、瘴気を白い結晶として粉々に砕いた。だが、破片はすぐに再生しようと土の中にしみ込み、再び黒い粒子となって舞い上がった。ジークは矢を番え直しながら、目をギリリと細めた。
「瘴気の正体は、一度死んでも蘇るみたいだ……こんな相手は初めてだ」
ジークは剣ルクスを握る剣士たちの背中を見据えながら、次の矢を放つ準備を整えた。
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セレスティア視点
ガロンとジークの声を遠くに聞きつつ、セレスティアは杖を胸に抱えたまま静かに歩を進めていた。古木の根元に小さな花が咲き、朝露を受けてきらきらと光る。その光景はかつての瘴気を思い出させるものとは正反対の清らかさを放っている。だが、彼女の胸には再び不安が忍び寄り、かすかに震える声で祈りを紡いだ。
「愛と慈悲の光よ、この森の奥深くに潜む瘴気を完全に浄化し、二度と再生させぬように導き給え」
杖先から放たれる淡い祈りの光は、森の奥へと向かって揺らめき、黒い怪物の亡霊が立ち上がろうとする瞬間を凍結させた。その光線は草木の隙間をすり抜け、瘴気の根源となる黒い核心を探し当てて浄化しようとする。だが、その核心はこれまで封印の泉すら浄化できなかったほど強力であり、光は一瞬凍結させただけで、再び闇へと変化していった。セレスティアは目を閉じ、杖を強く握りしめながら深く息を吸い込んだ。
「この瘴気は、ただの魔族の亡霊ではない……神話の時代に封じられた強大な存在の残響のようだ」
セレスティアはかすかに腕を揺らし、再び祈りを続けた。
■ ■ ■
ルレナ視点
剣を胸に抱えたまま、ルレナは仲間たちの背中を見つめ続けている。草むらの中に点在する黒い粒子が、一瞬まるで生き物のように蠢くたびに、ルレナの心は揺れた。だが、その動揺を抑え、女性剣士としての誇りを胸に竦まずに前を見据えた。
「私も……私も、この剣を振るって戦う!」
ルレナは剣先から蒼光の祈りを放つように剣を振り下ろし、闇の粒子を断ち切った。その刹那、彼女の胸には聖女セレスティアの祈りと、仲間たちの覚悟が重なり合って深い力を与えてくれるのを感じた。
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――カイ視点
カイは仲間たちの祈り、呪文、剣戟、矢が一つとなり、再び森の奥深くに潜む黒い瘴気の核心へと迫っていた。瘴気はただの魔族の亡霊ではなく、神々の敗北の象徴とも呼べる強大な遺産だった。カイは剣ルクスを高く掲げ、アリウスの魂が宿る蒼光を闇に叩き込みながら叫んだ。
「ルクスよ……これが最後の浄化の刃だ! 神々の試練を乗り越え、この瘴気を永久に断ち切れ!」
蒼光の刃先が闇の核心を一閃し、眩い閃光が森を震わせた。黒い瘴気の核は呻き声をあげながら砕け散り、一瞬の静寂が深い森を包んだ。瓦礫の隙間からは光を帯びた草木が一斉に芽吹き、小鳥のさえずりが再び響き始めた。カイは剣ルクスを握りしめたまま力尽きたかのように膝をついたが、その目には勝利の光と仲間たちへの深い感謝が宿っている。
仲間たちは互いに駆け寄り、傷ついた身体を支え合いながら深い安堵の息をついた。リリアナは杖を胸に抱え、涙を浮かべながらほほ笑み、マギーは巻物を鞄に納めながら疲れた笑みを浮かべた。ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、剣先を揺らしながら新たな世界を見据えている。ジークは矢を背負い直し、静かに頷き、セレスティアは杖先から放たれる祈りの光を天へ解き放ち、ルレナは剣を胸に抱えたまま涙を拭った。
「瘴気の正体は、神々の敗北の残滓だった。だが、俺たちはそれを乗り越えた。世界は再び光を取り戻し、草木は芽吹き、小鳥の歌が響いている」
カイは剣ルクスを腰に納め、深く頷いた。その背中には仲間と共に戦い抜いた誇りと、新たに築く希望が力強く宿っている。彼らの旅は続くが、その先には紛れもなく、新たな真実と光に満ちた未来が待ち受けている――。
93話終わり
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