92話 世界の真実
――カイ視点
淡い朝靄が薄紅色に染まり、遠くの山並みをぼんやりと浮かび上がらせる頃、カイは剣ルクスを腰に納めたまま、再び歩みを進めていた。90話で新たな夜明けを迎えたはずのこの地に、今は再び不穏な空気が漂っている。大地に広がる草むらには、昨夜までは見られなかった異様な黒い輝きが点在し、その脈動がまるで生き物のようにうごめいていた。
「何かが……この世界を蝕み始めている」
カイは剣先からわずかに漏れる蒼光を頼りに、その黒い輝きを断ち切ろうと足を踏み出した。左腕の傷は依然として疼き、深い痛みを伴いながらも、剣ルクスから伝わるアリウスの魂の声は――「真実を知れ」と語りかける。カイはその声に従い、目を細めて不安定な地面を踏みしめた。その歩みの先には、瓦礫の隙間からほのかに立ち上る瘴気の欠片が静かに煌めいている。
「仲間たちは無事だろうか……この瘴気が示すのは、新たな脅威だけではない。もっと深い何かが、この世界の根幹に関わっているはずだ」
カイは剣ルクスを引き抜き、その蒼光を闇に照らしながら、足跡を辿るように歩調を早めた。すると視界の端に、かつて魔王本陣の奥にあった祭壇の残滓を思わせる古びた石板が現れた。石板には薄墨で描かれた文字――古代語と思しき文様が刻まれ、その隙間から瘴気の欠片がほのかに漏れ出していた。
「これは……アズラエルの時代よりも古い予言書の一部か?」
カイは剣ルクスの刃先を石板にかざし、蒼光を文字に当てると、古代語の文様が浮かび上がった。そこにはこう記されていた――「世界は灰となり、瘴気は新たなる時をもたらす。選ばれし者のみが真実を知り、闇を斬る刃となる」。カイは深く息を吸い込み、指先で文字をなぞるように触れた。
「真実……俺が異世界から来たこと、この世界の創造に関与した存在の影響、そして瘴気の根源……」
蒼光は文字を照らし続け、やがて霧が立ち込めるかのように石板全体が揺らいだ。カイの胸に不安と決意が交錯し、剣ルクスは刻一刻と強く光を放つ。カイは剣先を揺らし、古代語の文様を斬り裂くように一閃した。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイの呼び声を聞きつけたリリアナは、杖を胸に抱えつつ遺跡の入口に駆けつけた。朝靄の中を駆け抜けるたびに、杖先から放たれる蒼光が周囲を静かに照らす。草むらの隙間からは、昨夜までは見られなかった黒い斑点が浮かび上がり、リリアナはその異様な光景に呆然と立ち尽くした。
「カイ様、ここに何か予兆が……」
リリアナは杖先を古びた石板へと向け、蒼光を注いだ。石板の文様は昨日までは見えなかった細かな古代文字を示し、リリアナはかすかに震える声で詠唱を始めた。
「瘴気浄化・結界展開……この場の闇を一掃し、その中に潜む真実を明かし給え」
杖先から放たれた蒼光の波紋は、古代文字を照らし出し、瘴気の欠片を一瞬凍結させた。リリアナは目を閉じ、胸の奥で鼓動が早まるのを感じながら詠唱を止めずに結界を維持し続けた。その瞬間、古代文字はわずかに光を放ち、浮かび上がる文様がリリアナの視界全体を覆い尽くした。
「これは……神話にしか伝わらなかった世界の創造神の予言書……!?」
リリアナは震える声で呟き、杖をしっかりと握りしめた。古代文字は蒼光に紛れてリリアナの目には解読不能なまま揺らめき、やがてその全体像を浮かび上がらせる。そこには、神々がこの世界を創造し、人間に試練を与えたという伝承、そして瘴気の起源が神の堕落に由来するという衝撃的な真実が記されていた。自分たちはただの異世界冒険者ではなく、人々の運命を揺るがす存在の一部に過ぎないという新たな事実に、リリアナの胸は波立った。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの詠唱を遠目で見守っていたマギーは、巻物を胸に抱えながら駆け寄った。瓦礫の隙間にはかすかに黒い瘴気の粒子が漂い、その動きは自らの意思を持つかのようにうねっている。マギーは巻物を取り出し、古代文字を照らす蒼光を手でかざしながら新たな呪文の構成を頭の中で組み立てる。
「瘴気追放陣、瘴気断裂陣、瘴気封鎧陣……それだけでは済まない。ここに刻まれた文字は神話的存在を示している……私たちが知り得なかった真実を封じ込めているに違いない!」
マギーは杖先から湧き上がる蒼光と、自分の巻物から放たれる呪文の力をリンクさせ、石板に投影された文字をさらに浮かび上がらせた。その文様は章を追うごとに文字数が増え、ついには全文が一気に剥離するように視界に入り込む。マギーは眉間に皺を寄せ、巻物を胸へ引き寄せた。
「この文字は……創造神が人間を試すための契約書?神々の力を借りた者が世界を滅ぼす恐れを秘めている……まさか、我々は神の代理人として利用される存在なのか?」
マギーの胸中には困惑と危機感が渦巻いた。世界を守るために瘴気を断ち切ってきたはずが、その根底には神話的存在の意図があったとは誰も想像しなかったのだ。マギーは仲間のもとへ走り、震える声で報告した。
■ ■ ■
ガロン視点
瓦礫の山々を駆け抜けながら、ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、視界の端に映る黒い粒子を警戒していた。マギーの報告を受けて、ガロンは剣先を地面に突き立てて立ち止まった。その背後にはリリアナ、ジーク、セレスティア、ルレナらがそれぞれの場所で剣や杖、矢を構えている。
「神々の契約書……そんなものがこの地に隠されていたのか。俺たちは瘴気を断ち切ってきたつもりだったが、その瘴気は世界の真理を覆い隠す存在だったのかもしれねェ……!」
ガロンは静かに口を開き、剣ルクスを握りしめたまま蒼光を強めた。その光が草むらを照らし、足元にできた小さな瘴気の塊を一閃しながら砕いた。黒い粒子の塊は頑強に抵抗しようとするが、ガロンの蒼光の刃には逆らえず、やがて消え去った。
「奴らが示した世界の真実とは、一体……俺たちは、どんな試練を与えられているんだ?」
ガロンは剣ルクスの刃先に蒼光を灯しながら、真実を知るために前へと進んだ。その背中には仲間を守り抜く覚悟と、神々の意図を暴く強い信念が刻まれている。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの後ろを追いかけるように、ジークは短弓を肩に掛け直しながら草むらを駆け抜けた。黒い瘴気の粒子は草の奥でうねり、まるで生き物のようにジークを狙って迫ってくる。
「兄貴の背中は俺が護る……でも、この瘴気は単なる魔獣の亡霊ではない。魂を揺さぶるような恐怖がある……」
ジークは矢を番え、草むらの先に潜む黒い塊へ放った。矢は瘴気の粒子を貫き、白い結晶となって砕け散ったが、その奥にはなお黒い影の塊が待ち受けている。ジークは膝を折りつつも、矢を番え直して次の一矢を放つ覚悟を固めた。
「ここで倒れるわけにはいかない。仲間と共に、世界の真実を突き止めるまでは」
ジークは再度矢を引き絞り、闇を貫く覚悟を胸に放った。その矢が闇の塊を貫き、また白い結晶を生み出した。静寂を切り裂く矢の飛翔音が響き渡り、ジークは仲間たちに視線を向けた。
■ ■ ■
セレスティア視点
セレスティアは足元に咲く草花を見つめながら、杖を胸に抱えて祈りを捧げ続けていた。かつての瘴気を断ち切るために捧げた祈りは、今や世界の真実を照らし出す光となりつつあった。傷ついた世界は再生へ向かい始めていたが、その背後には神話的存在の企図が潜んでいる。セレスティアは目を閉じ、深い慈愛を込めた言葉を胸中で紡いだ。
「愛と慈悲の光よ、我らを導き給え。真実の闇を照らし出し、仲間たちの道を示し給え」
杖先から放たれる淡い光は、草木と瓦礫の隙間に揺れる瘴気の粒子を穏やかに浄化し、やがて小さな光の柱となって夜明けの空へと昇っていった。セレスティアはその祈りが仲間たちに届くことを信じ、静かに息を吐いた。
■ ■ ■
ルレナ視点
剣を胸に抱えたまま、ルレナは仲間たちの背中を見つめ続けている。朝陽が大地を優しく照らし、草むらには小さな花々が咲き始めていたが、その間を黒い瘴気の粒子が浮遊し、異様な影を落としている。ルレナは剣先から蒼光の祈りを放つようにそっと剣を振り、草木に揺れる瘴気を浄化していく。
「私も、みんなと一緒に戦う。世界の真実を知り、この世界を守るために……」
その言葉を胸に刻み、ルレナは剣をしっかりと握りしめたまま、仲間たちと共に黒い瘴気の粒子が舞う草むらへと一歩踏み出した。その瞳には姉のように仲間を見守りつつも、自らも戦う覚悟が宿っている。
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――カイ視点
仲間たちの祈り、剣戟、矢が一体となり、再び瘴気の粒子が渦を巻き始めた。世界の創造神を示す古代文字の真実が示す試練は、かつての瘴気よりもはるかに強大であり、その本質を断ち切るためには、カイ自身が異世界から来た存在としての意志を示す必要があった。カイは剣ルクスを高く掲げ、蒼光を極限まで高めた。
「ルクスよ、これが異世界から来た者としての覚悟だ! 神々の意図を断ち切り、この世界の運命を自由にせよ!」
カイの言葉とともに、蒼光の刃が瘴気の粒子を一閃した。眩い閃光が炸裂し、夜明けの空が一瞬にして白く染まった。草むらに舞う黒い瘴気の粒子は、蒼光の衝撃波に巻き込まれて一気に凍結し、白い結晶となって砕け散った。カイは剣ルクスを握りしめたまま、力尽きたかのように膝を崩したが、その目には勝利の光と、仲間たちと世界の未来を見つめる揺るぎなき意志が宿っていた。
草むらには再び静かな光が差し込み、瓦礫の隙間から咲いた草花は朝陽に祝福されるように揺れた。仲間たちは互いに駆け寄り、傷ついた身体を支え合いながら深い安堵の息を吐いた。リリアナは杖を胸に抱え、涙を浮かべて微笑み、マギーは巻物を鞄に仕舞いながら軽く頷いた。ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、蒼光を確かめるように剣先を揺らし、ジークは矢を背負い直し静かに頷いた。セレスティアは杖先から放たれる祈りの光を天へ解き放ち、ルレナは剣を胸に抱えたまま涙を拭った。
「世界の真実を知り、瘴気を断ち切った。俺たちはもはや神の代理ではない。自分たちの意志で、この世界の運命を切り拓くんだ」
カイは剣ルクスを腰に納め、深く頷いた。その背中には仲間と共に戦い抜いた誇りと、新たに築く希望が力強く宿っている。彼らの旅は続くが、その先には紛れもなく、新たな真実と光に満ちた未来が待ち受けている――。
92話終わり
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