88話 覚悟の刃
――カイ視点
薄暮の空を背に、カイは剣ルクスを腰に納めたまま、荒れ果てた大地の上に立っていた。夕陽に照らされる草むらはわずかな緑をたたえ、その一方でいたるところに瘴気の残滓が灰色に覆われている。かつての決戦で瘴気を完全に浄化したはずのこの地に、再び黒い気配が忍び寄っていることを、カイは鋭い感覚で察知していた。左腕の傷はまだ疼き、剣ルクスからはかすかに蒼光が漏れている。その蒼光は、アリウスの魂が呻くように語り掛け、カイに最後の覚悟を促す。
「……これが、本当に最後の戦いになるのか」
カイは低く呟き、剣先を空へ向けたまま深呼吸を繰り返した。周囲を見渡すと、瘴気の亡霊を打ち払ったあの日と同じ瓦礫と破片が散らばり、その上に再び黒い塊が生まれつつある。うねるような瘴気は、まるで生き物のように蠢き、カイの意識を揺らした。蒼光を背にして立つカイの背中には、仲間と共に歩む未来を守り抜くという揺るぎなき決意が宿っている。剣ルクスを引き抜き、その刃先に蒼い光を迸らせた瞬間、瘴気の亡霊は一斉に這い出してきた。
「リリアナ、マギー、ガロン、ジーク、セレスティア、ルレナ! これが覚悟の刃だ! 共に闘うんだ!」
カイの声が戦場に木霊すると、仲間たちの影がそれぞれの場所から浮かび上がった。カイは剣ルクスを強く握りしめ、かつてないほどに力を籠めた一振りを放った。その蒼光は瘴気の亡霊を一閃し、黒い影を裂き、白い結晶と化して爆散させた。だが、瘴気は即座に再生し、再び黒い渦を巻いて襲いかかろうとする。カイは剣を揺らしながら地を蹴り、一歩前へ踏み出した。
■ ■ ■
リリアナ視点
夕陽の蒼光を背景に、リリアナは杖を高く掲げた。瘴気の亡霊が再び形を成し、暗い影を落とす中、リリアナの瞳には恐れではなく信念が宿っている。左腕の傷は深く裂け、あらためて古傷を抉る痛みが走るが、それでもリリアナは杖を握り続けた。詠唱の詩句が喉を震わせ、蒼光の結界を展開する。
「瘴気浄化・結界展開! 瘴気の亡霊をこの蒼光の網で捕らえ、光の砕片に変え給え!」
杖先から放たれた蒼光の波紋が戦場を覆い、黒い気配を一瞬で凍結する。だが瘴気は容赦なく結界に押し寄せ、ぐらりと揺さぶるように襲いかかる。リリアナは声を押し殺し、詠唱を続ける。次の詠唱は瘴気追放陣へとつながり、黒い塊を一気に吸い込んでいく。
「瘴気追放陣! 瘴気の残滓を引き剥がし、浄化の光に変え給え!」
蒼光の結界と追放陣が連動すると、瘴気は凍結して砕け、白い結晶となって地面に広がる。リリアナは杖を押し出しながら、痛みで膝が震えそうになるが、その痛みすらも決意の炎と化す。仲間の背中を鼓舞するかのように視線を巡らせると、カイやガロン、ジークらが剣を振るう姿が見えた。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの結界と瘴気追放陣によって一瞬の隙が生じたところを狙い、マギーは巻物を抱えて走り寄った。大地に広がる紋様を瞬時に描き上げると、瘴気断裂陣を発動する。その紋様は白く輝き、瘴気の亡霊を引き裂きながら浄化していく。着地の衝撃で生じた土埃が舞い上がる中、マギーの詠唱が続き、その声は祈りにも似た厳粛さを帯びていた。
「瘴気断裂陣、発動! 瘴気の奔流を断ち裂き、闇の亡霊を消し去れ!」
床に浮かび上がった白い光の紋様が瘴気を断ち切り、黒い塊が粉々に砕け散る。だが瘴気の亡霊は再び無数に這い出そうと、大地の亀裂の奥から蠢き始める。マギーは再度巻物を取り出し、瘴気封鎧陣の詠唱を始めた。
「瘴気封鎧陣……瘴気の根を封じ、再生を阻め!」
マギーの詠唱とともに、白い光の結界が仲間を取り囲み、瘴気が再生するのを防ぐ。肉体は疲労で震えるが、マギーの目には静かな覚悟が輝いていた。
■ ■ ■
ガロン視点
瘴気断裂陣で生まれた凍結の裂け目に乗じて、ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ、足音を響かせながら疾走した。瘴気の亡霊はまるで生き物のように襲いかかり、その影から鋭い爪を向けてくる。ガロンは剣先に迸る蒼光でその爪を砕き、一閃の剣戟で瘴気の亡霊を断ち切った。その光景はまるで刃が闇を斬り裂く太刀筋のようであり、剣先から迸る蒼光は瓦礫をも貫くほどの鋭さを帯びていた。
「仲間の背中は俺が護る! この剣を振り下ろし続ける限り、闇は二度と這い上がれねェ!」
ガロンは屈強な筋肉に力を込め、何度も剣を振るい続けた。その背中には戦場の風と瘴気の残滓が絡みついていたが、ガロン自身の蒼光の刃がその闇を断ち切りながら進んでいく。膝はがくりと崩れそうになるものの、ガロンは剣を支え続けた。
■ ■ ■
ジーク視点
草むらの隙間から監視していたジークは、かすかに蠢く瘴気の亡霊を見逃さなかった。短弓を肩に掛け直し、鋭い視線で標的を探す。瘴気魔獣らしき黒い影が草の向こうから現れた瞬間、ジークは矢を番え、呼吸を整えて放った。矢先は紡がれた呪文の力を宿し、瘴気を貫くとともに亡霊を一瞬で凍結させた。魔獣の亡霊が呻き声をあげて崩れ落ち、白い結晶となって砕け散る。
「兄貴の背中は俺が護る……この一矢で、闇の亡霊を断ち切る!」
ジークは再び矢を番え、膝の震えを抑えながら、次の標的を探した。その瞳には覚悟と恐怖が入り混じった表情が見え隠れするが、それを押し殺して弓を引き続けた。
■ ■ ■
セレスティア視点
大地に芽吹く小さな草木を見つめながら、セレスティアは杖を胸に抱え、祈りを捧げ続けている。杖先から放たれる淡い祈りの光は、大地を覆う瘴気の亡霊を浄化し、仲間たちの背中を優しく包み込む。古代女神像の破片がかすかに光り、祈りの光を反射して周囲を照らす。
「愛と慈悲の光よ、仲間たちの魂を守り給え。瘴気の亡霊が再び舞い上がるなら、この祈りの柱となってその闇を消し去り給え」
セレスティアの祈りが空間を震わせるたびに、瘴気の亡霊は白い結晶となって崩れ落ち、地面の草木は揺れて再び息を吹き返すように見えた。セレスティアは目を閉じ、深い慈愛を込めて祈り続ける。
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ルレナ視点
剣を胸に抱えたまま、ルレナは仲間たちの背中を見つめ続ける。荒れ果てた戦場の瓦礫の奥から瘴気の亡霊が立ち上がり、仲間に襲いかかろうとする。そのたびに、刹那の蒼光が影を切り裂き、白い結晶が舞い上がる光景が繰り返される。ルレナは小さく息を吸い込み、まっすぐな視線で前を見据えた。
「私も……皆と共に、この未来を守り抜く……」
ルレナは剣先を揺らしながら、仲間と同じ鼓動を刻むかのように足元を見つめ、剣を振るい始めた。その刹那、蒼光の欠片が闇の亡霊を断ち切り、廃墟に再び希望の欠片を撒き散らした。
■ ■ ■
――カイ視点
仲間たちの剣戟、詠唱、矢、祈りが一つとなり、決戦の場は再び清浄な蒼光に包まれた。瘴気の亡霊は最後の抵抗として再生しようとしたが、カイは剣ルクスを高く掲げ、渾身の一撃を放った。
「ルクスよ……これが、覚悟の刃だ!」
カイの言葉とともに、蒼光の刃は瘴気の亡霊の中心を貫き、眩い閃光が炸裂した。黒い影は呻き声をあげながら崩れ去り、白い結晶が戦場に舞い散った。大地は震え、瓦礫が飛び散ったが、その中から立ち上る蒼光はまるで命の息吹のように力強かった。カイは剣ルクスを握りしめたまま力尽き、膝をついて世界を見下ろした。その目には、仲間と共に戦い抜いた勝利の光と深い安堵が宿っている。
草むらの隙間から差し込む夕陽が彼らを包み、鳥のさえずりは静かに祝福を奏でる。瘴気の亡霊が最後に放った黒い影は消え去り、もはや闇は存在せず、廃墟には新たな緑が芽吹いている。仲間たちは互いに傷を確かめながら、深く息をつき、勝利を分かち合った。リリアナは杖を胸に抱え、涙を浮かべてほほ笑み、マギーは巻物を鞄に納め、疲れた笑みを浮かべた。ガロンは剣を肩に担ぎ直し、蒼光を確かめて満足げに息を整えた。ジークは矢を背負い直し、静かに頷き、セレスティアは杖先から放たれる祈りの光を天へと解き放つ。ルレナは剣を胸に抱えたまま涙を拭い、仲間と共に歩む未来を見つめている。
「これで……すべての闇を断ち切った。覚悟の刃が、仲間と未来を守り抜いたんだ」
カイは剣ルクスを腰に納め、深く頷いた。その背中には戦い抜いた誇りと、新たに築く希望が力強く宿っている。
こうして、「覚悟の刃」の章は、絶望の淵から仲間と共に戦い抜き、剣ルクスの覚悟の刃によって最後の闇を断ち切った瞬間で幕を閉じた。彼らの旅はまだ続くが、その先には紛れもなく、新たな希望と平和が待ち受けている――。
88話終わり
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