85話 リリアナの祈り
――カイ視点
淡い朝靄が魔王本陣跡地を包む中、カイは剣ルクスを腰に収め、深い呼吸を整えていた。かつて瘴気に満ちた場所は今や緑に覆われつつあり、鳥のさえずりが静寂を破る。だが、カイの胸には再び戦いの気配が燻っていた。剣ルクスの蒼光は、アリウスの魂が完全に覚醒し、刃先を昂らせていることを告げている。左腕の傷はまだ疼くが、仲間と共に戦い抜いた証として受け止めている。カイは剣先を軽く揺らし、蒼光を確認しながら古びた石畳を進んでいった。
「……ここまで来るのに、どれだけの犠牲を払っただろう」
カイは低く呟き、膝元に散らばる瓦礫を見下ろした。破壊された石柱や崩れかけた壁の隙間からは草の芽が顔を出し、世界が再生へと向かっていることを示している。しかし、その再生は決して安穏ではなく、いまだ瘴気の残滓がどこかに潜んでいる気配があった。カイは深呼吸を整え、剣ルクスを強く握りしめた。
遠くからかすかな祈りのような囁きが聞こえた気がして、カイは耳を澄ませた。リリアナの声か、セレスティアの祈りか、あるいはルレナの小さな声。仲間たちがこの場を見守り、支えてくれていると感じた瞬間、カイの胸には再び闘志が湧き上がる。蒼光をたたえた剣先が、やがて先へと向かう彼の意思を示した。
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リリアナ視点
玉座の間跡地の中央部、刻まれた古代文字が残る石板の前で、リリアナは杖を胸に抱えて深く呼吸を整えた。朝陽が薄く差し込み、廃墟を淡く染める中、リリアナの瞳には揺るぎなき覚悟が宿っている。剣ルクスの蒼光は先ほどの戦いで完全に覚醒し、リリアナが最も恐れていた瘴気の亡霊をも打ち破った。だが、その大きな戦いの余波は依然としてこの地に残されていた。
「瘴気は完全に消えたはず……でも、まだまだ戦いは終わっていない。だから、私は祈り続ける」
リリアナは杖を高く掲げ、蒼光の結界を足元に展開した。その結界は瘴気の残滓を断ち、白い結晶を生み出して砕く力を持つ。リリアナは左腕の傷を押さえながら息を吸い込み、祈りを口にした。
「愛と慈悲の光よ、傷ついた大地に癒しをもたらし、仲間たちの魂を支え続け給え。瘴気の亡霊が再び蘇ろうとしても、この祈りで断ち切り、光を示し続けて……」
杖先から放たれる蒼光は、リリアナの祈りによって一層強まり、廃墟に残る影を照らし続ける。冷たい風にのって、祈りがやわらかく広がり、仲間たちの背中に温かい光を届けている。リリアナは涙を浮かべながら詠唱を続け、その魂の叫びが廃墟を包む霧を浄化していった。
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マギー視点
リリアナの祈りに呼応するかのように、マギーは巻物を取り出して廃墟の床に紋様を描き始めた。瘴気追放陣と瘴気断裂陣を組み合わせた複合詠唱を構成し、この場に残る瘴気の残滓を完全に浄化するつもりだ。マギーは筆を滑らせるように詠唱の言葉を紋様に刻み込み、白く光る紋様が床に浮かび上がると、一瞬で小さな瘴気の粒子が引き寄せられていった。
「瘴気追放陣、瘴気断裂陣! 瘴気の亡霊が再び蘇ろうとしても、この呪文でその根を断ち切る!」
マギーの呪文が完了すると、床に浮かんだ紋様が白い閃光を放ち、瘴気の残滓は一瞬で凍結され、白い結晶となって崩れ落ちた。廃墟には清浄な空気が戻り、かすかな鳥のさえずりがはっきりと聞こえるようになった。マギーは巻物を閉じながらほっと息をつき、仲間を見回した。
「これで瘴気は完全に払われたはず……でも、油断は禁物。リリアナの祈りとこの呪文があれば、どんな闇も浄化できるはずよ」
そう呟いてマギーは仲間の背中に安心の光を送りながら、次なる詠唱準備を頭の中で組み立てた。
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ガロン視点
廃墟の大広間から少し離れた場所で、ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、剣先を揺らしながら周囲を見渡していた。瘴気は完全に消え去ったが、この地にはかつての戦闘の傷跡が深く刻まれている。壁にはひび割れが走り、床には割れた大理石の破片が散乱し、その奥には小さな草が根を張り生えている。ガロンは剣の蒼光を頼りに足元を確かめつつ、一歩を踏み出した。
「瘴気は完全に消えた……だが、この地の傷跡は消えない。だからこそ、俺は剣を振るい続ける。仲間と村の未来を守るために、この剣がここにある限り、闇を絶対に返さない」
ガロンは深く息を吸い込み、剣ルクスを高く掲げて一閃した。その刃先から迸る蒼光は廃墟を照らし、わずかに揺れる影を切り裂いた。ガロンは再び剣を肩に戻し、仲間とともに平和を築く決意を新たにした。
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ジーク視点
廃墟の一角で短弓を肩に掛け直したジークは、暗がりの中に潜む影を探し続けている。瘴気は消え去ったはずだが、その黒い影は小さくうねり、まるで闇が生き物のように蠢いているように見えた。ジークは矢を番え、深く呼吸を整えた。
「瘴気はもうないはずだ……でも、ここにはまだ何かが潜んでいる気がする。だから、俺は逃げない。皆と一緒なら、どんな闇も切り裂ける」
ジークは強く頷き、矢を放つ構えを崩さなかった。その鋭い瞳には、仲間と共に歩む未来を守る覚悟が宿っている。
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セレスティア視点
玉座の間跡地の中央で静かに祈りを捧げるセレスティアは、杖を胸に抱えたまま沈黙の中で祈り続けている。その祈りは仲間たちの蒼光と共鳴し、廃墟に残る闇の影を浄化する光の柱を形成している。破片となった女神像のかけらが、薄紅の光を受けて淡く輝いている。セレスティアは目を閉じ、祈りの言葉を静かに紡いだ。
「愛と慈悲の光よ、仲間たちの魂を支え、闇の残滓を浄化し給え。この地が再び争いの場とならぬよう、平穏と調和をもたらし給え」
セレスティアの祈りが空間を震わせるたびに、突如として小さな花が石畳の隙間から咲き、廃墟の風景に彩りを添えた。セレスティアはその花に微笑みかけ、仲間たちと共に新たな未来を築く希望を胸に抱いた。
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ルレナ視点
剣を胸に抱えたまま、ルレナは仲間たちの背中を見つめ続けている。廃墟にはかつての戦いの記憶が残り、その石壁には瘴気の痕跡が色濃く刻まれている。しかし、いまや陽光がすべてを包み込み、草木が新たな命を芽吹かせている。ルレナは小さく息を吸い込み、つぶやいた。
「皆と生きる未来があるから、私はずっと前を向ける……」
その言葉は仲間たちに届き、刹那的に蒼光が輝きを増す。その光は闇を完全に断ち切り、ルレナの想いが仲間の背中に勇気を灯している。
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――カイ視点
仲間の祈り、剣戟、呪文、矢が一体となり、玉座の間跡地には清浄な光が満ち溢れていた。瘴気の残滓は完全に浄化され、かつての闇は微塵も残っていない。カイは剣ルクスを腰に収め、深く頷きながら仲間に向かって低い声で告げた。
「皆、ルクスが覚醒した今、俺たちはどんな闇にも屈しない。この光と仲間がいれば、世界は必ず守れる」
カイは剣先を天へ向け、蒼光を再び高く滾らせた。その光が周囲を照らし、草むらの芽は歓喜のように揺れ、鳥のさえずりが平和を祝福するかのように響き渡った。仲間たちは剣や杖、矢を胸に抱え、笑顔を浮かべながらカイの言葉を受け止めた。
「はい、カイ様!」
「私たちの祈りと光は、永遠にこの世界を照らし続けます!」
「兄貴の背中は、俺が一生懸命護る!」
「愛と慈悲の光で、争いの種を根絶しましょう!」
「私は皆と共に、新たな未来を歩み続ける!」
その声が廃墟の石壁にこだまし、カイたちは再び歩み出した。朝靄に包まれた世界には希望の光が差し込み、彼らの存在が闇を照らし続ける約束となっている。どんな困難が訪れようとも、カイたちの光は決して消えることなく、この世界を守り抜く――。
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