74話 ベルナールの執念
――カイ視点
夜の闇が薄れはじめ、淡い朝靄が廃墟と化した禁忌の祭壇にかかる頃、カイは剣ルクスを腰に収め、朽ちかけた階段を一歩ずつ踏みしめながら息を整えていた。祭壇の中央にはひび割れた石板が一枚だけ残り、その裂け目から深い瘴気が湧き上がっている。瘴気の匂いは濃く、左腕の傷に鋭い痛みを走らせるが、カイはその痛みを瞬時に打ち消し、剣先の蒼光を研ぎ澄ませて視界を狭めた。
「皆、気を抜くな……ベルナールがここにいるはずだ」
カイは低く呟くと、仲間たちの息づかいを確かめるように振り返った。リリアナは杖を硬く握りしめ、蒼光の結界を足元に展開し続けている。マギーは巻物を畳みつつ、瘴気断裂陣の紋様を頭の中で反芻している。ガロンは剣を肩に担ぎ直しながら、倒れた衛兵の死角に潜む影を探している。ジークは短弓を肩に掛け、矢の羽音で仲間を暗示しながら進んでいる。セレスティアは杖を胸に抱えて淡い祈りの光を放ち、ルレナは小柄な体を震わせながらも仲間への想いを胸に刻んで一行についていく。
カイは深く息を吸い込み、朽ち果てた階段の最上段に立つと、後ろを振り返った。仲間全員が剣や杖を構え、倒れた衛兵や倒壊した石柱の影に潜む瘴気の魔獣に警戒を強めたまま、揃って静止している。カイは蒼光の刃先をわずかに揺らし、祭壇の先へと視線を走らせた。その先には、かつて自分を追い詰めたベルナールが、瘴気をまとった漆黒のマントをひるがえしながら待ち構えている。
「ようやく来たか、カイよ」
ベルナールの声は低く、しかし不気味な含みを帯びていた。瘴気の塊がその呟きと共に一瞬揺らぎ、仄かな赤い瞳がカイを捉える。カイは一歩踏み出し、剣ルクスを軽く振るって答えた。
「ベルナール、ここで決着をつける。お前がどれほど瘴気を操ろうとも、俺たちの絆は揺るがない」
カイの声に反応してベルナールは薄く笑い、杖を一振りすると瘴気の柱が炸裂した。瘴気は濃密になって祭壇の周囲を渦巻き、二人の間を隔てるように立ち上がる。
■ ■ ■
ベルナール視点
瘴気の柱が祭壇のひび割れから吹き出すように盛り上がり、ベルナールはその中心で冷笑を浮かべていた。古代の呪文詠唱を行った甲斐あって、祭壇は瘴気の源となり、あたりの空気は歪んでいる。ベルナールは杖をかざし、瘴気を自在に操る術を行使した。
「カイよ、この瘴気はお前の刃を鈍らせるだけではない。仲間の蒼光も、マギーの呪文も、セレスティアの祈りも全部飲み込む」
ベルナールは瘴気の渦を指先で煽ると、一斉に渦巻く瘴気がカイたちへ押し寄せる。カイはその瘴気の奔流を蒼光の刃で切り裂き、リリアナが結界を強化して一瞬だけ空間を浄化する。ベルナールはさらに笑みを深め、杖を強く叩きつけた。瘴気は黒い竜のように形を変え、カイたちを襲いかかってくる。
「お前たちの結界も祈りも所詮は弱い光だ。この瘴気の海では、希望も祈りも無力に堕ちるのだよ」
そう言い放つと同時に、瘴気魔獣たちが黒い牙を剥き出しにして突撃してきた。ベルナールは杖からさらに瘴気を注ぎ込み、魔獣の数を倍に増殖させた。その呪術的操作によって周囲の薄明かりが歪み、黒い影に包まれた仄暗い大広間は一瞬にして狂気の巣窟と化した。
■ ■ ■
リリアナ視点
ベルナールの瘴気の奔流に押され、リリアナは杖を高く掲げたまま深く息を吸い込んだ。瘴気浄化・結界展開──杖先から放たれた蒼光の結界は、瘴気魔獣の前に一時的な防壁を築いたが、その渦は恐ろしい速度で蠢き、結界に触れる度に蒼光を染ませていく。
「瘴気浄化・結界展開! 瘴気の触手を切り裂け!」
リリアナは詠唱を繰り返しながら、杖先が揺らめくたびに瘴気を凍結し、黒い塊を割るように砕いた。瘴気魔獣は呻き声をあげて群れを成しながら迫るが、リリアナの結界はわずかな隙間を許さず、瘴気を押し返し続ける。しかし、ベルナールの術はその結界を強く抉るように瘴気を濃縮し、小さな結界を破ろうとする。リリアナは左腕の傷を押さえ込みながらも、仲間の背中を守る覚悟を胸に刻み込んだ。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの結界が瘴気を抑える隙に、マギーは巻物を開き、瘴気断裂陣の詠唱を始めた。地面に描かれた紋様が鮮やかに光り、瘴気の柱を引き裂くように裂け目が走る。瘴気魔獣の一体が断裂した瘴気の中で呻き、黒い血を滴らせながら崩れ落ちた。
「瘴気断裂陣、発動! 瘴気の柱を断ち切り、魔獣の増殖を阻む!」
マギーは続けて瘴気追放陣を展開し、結界の外側にある瘴気の塊を一気に消し去った。瘴気魔獣が押し寄せる根源を次々と断ち切るたびに、廃墟の空間にかすかな静寂が生まれた。しかし、ベルナールはなおも瘴気の源を捻じ込み、魔獣を無尽蔵に生成していく。マギーは呪文の詠唱速度を上げ、瘴気の勢いを押し戻そうと必死に光を振りまき続けた。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣を握り締め、一歩も退かずに瘴気魔獣を迎え撃った。瘴気の塊が巨体を覆う魔獣は、ガロンに向かって咆哮をあげながら飛びかかってきたが、ガロンの剣先から迸る蒼光はその瘴気を切り裂き、魔獣を裂く一閃となった。
「俺はお前たちの牙を砕く!」
ガロンは荒々しく剣を振るい続け、瘴気魔獣の一体ひとたいを確実に薙ぎ倒していく。瘴気の渦が彼の剣を巻き込もうとしても、剣ルクスの蒼光はなおも青白く光り、瘴気を裂いて前進を許さなかった。ガロンは胸に焼きついた傷を思い出しながら、仲間と村の希望をこの剣で守り抜く覚悟を再確認した。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの猛攻を援護するように、ジークは短弓を引き絞り、暗がりから現れる瘴気魔獣の頭部を正確に射抜いた。矢は瘴気の奔流を貫き、そのまま魔獣の眼窩を貫通して黒い瘴気を吹き散らした。魔獣は呻き声をあげながら倒れ伏し、瘴気の柱が一瞬崩れた。
「兄貴の背中は俺が守る! 瘴気魔獣を許さない!」
ジークは矢を番え直し、次なる魔獣を探して闇を見据えた。瘴気の塊は時折光を帯びながら蠢くが、ジークの鋭い眼光は黒い影を見逃さない。彼は深い呼吸と共に狙いを定め、仲間を護る覚悟を胸に刻み込んだ。
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セレスティア視点
廃墟の祭壇が揺らぐような瘴気の渦の中で、セレスティアは杖を胸に抱えながら小さく祈りを捧げ続けた。瘴気に覆われた大広間の奥には、古代女神像の破片がわずかに残り、その顔が朽ちた石に刻まれている。セレスティアは祈りの言葉を静かに紡ぎ、杖先から放たれる光が仲間へと届くように空間を揺らした。
「愛と慈悲の光よ、瘴気魔獣の怨嗟を鎮め、仲間たちに揺るぎなき希望と力を与え給え」
その祈りの声が空気を震わせると、瘴気の柱は一瞬凍結し、闇が薄まるような錯覚をもたらした。セレスティアは目を閉じたまま仲間の背中を感じ取り、小さな震えを抑えながら祈りの光を放ち続けた。
■ ■ ■
ルレナ視点
セレスティアの祈りが仲間を包み込む中、ルレナは剣を胸に握り締めたまま一歩前へ踏み出した。幼い身体には瘴気の冷たさが染みすぎるほど沁みているが、仲間を信じる想いが足を踏みとどまらせた。ルレナは小さく口を開き、声を張り上げた。
「皆、頑張って! 私はここで待ってるから!」
その声が暗闇にこだますると、仲間は一瞬だけ視線をルレナに向け、微かに頷いて戦いを続けた。ルレナは剣先から蒼光の祈りを仲間へ送るように目を閉じ、揺るぎなき想いを胸に刻み込んだ。
■ ■ ■
――カイ視点
瘴気魔獣を打ち倒し、ベルナールの瘴気の柱を切り裂き続けた一行は、ついに祭壇の裂け目へと到達した。瘴気の渦はなおも渦巻いているが、その中心には破れた古代の文字がくっきりと浮かび上がっている。カイは剣ルクスを一閃させ、裂け目を削りながら詠唱を始めた。
「ルクスよ、この刃に宿る蒼光で瘴気の源を断ち、禁忌の祭壇を浄化する!」
カイの詠唱と共に剣先から蒼光が爆発し、裂け目に飛び込む瘴気を一瞬にして凍結させた。その衝撃で祭壇が震え、瘴気の塊が一気に崩れ落ちた。まばゆい白光が広間を包み込み、瘴気の渦は音を立てて砕け散った。
一行は立ち尽くし、深い息を吐きながら互いの顔を見渡した。リリアナは左腕を抑えながらも瞳を輝かせ、マギーは巻物を胸に抱え込み、ガロンは剣を肩に担ぎ直し、ジークは短弓を握りしめたまま静かに頷き、セレスティアは杖を胸に抱えて目を潤ませ、ルレナは大きく息を吸い込んでから微笑んだ。
「これで……魔王本陣への裏口が開かれた。いよいよ最後の決戦だ」
カイは剣ルクスを腰に収め、仲間たちに向かって低い声で告げた。その声には、仲間と共に乗り越えた試練すべてを背負い、揺るぎなき誇りが宿っている。
こうして、「ベルナールの執念」の章は、ベルナールとの瘴気の罠を打ち破り、禁忌の祭壇を浄化して最終決戦への扉を開く瞬間で幕を閉じた。次なる舞台は、ついに「魔王アズラエルとの最期の決戦」である――。
74話終わり
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