73話 裏切りの影
――カイ視点
薄明かりが残る魔王本陣の奥深く、一行は静かに進み続けていた。先ほどの瘴気魔獣の巣窟を乗り越え、廊下はさらに狭まり、壁に彫られた古代文字が不気味に揺らめいている。カイは剣ルクスを握りしめながら、足音を耳に集中させた。背後では仲間たちの呼吸と短弓の矢音が交錯し、誰一人として油断できない緊張感が漂っている。
「くそ……静かすぎる。この先に何が待つか分からない……」
カイは心の中で呟きながら、剣の刃先を微かに振るって鋭い蒼光を放ち、壁沿いの瘴気を断ち切った。瘴気の匂いが鼻をかすめ、左腕の傷が痛み始める。しかし、痛みは仲間を守る決意に変わり、カイはさらに一歩を踏み出した。
そのとき、前方の暗闇から金属が擦れるような音が微かに聞こえた。カイは剣を構え直し、「来るぞ」と小声で仲間に警戒を促した。リリアナは杖を掲げて蒼光の結界を強化し、マギーは巻物を胸に抱えながら呪文を準備する。ガロンは剣を肩に担ぎ、ジークは矢を番えて前方を見据える。セレスティアは杖を胸に抱え、小さく祈りをつぶやき続けている。ルレナはその横で震えながらも、その場を離れずに仲間に寄り添っていた。
闇の奥から再び金属音が響き、その先には瘴気をまとった衛兵が剣を振りかざしながら立っていた。カイは鋭い視線をその衛兵に向け、剣ルクスを一閃させる。蒼光の剣先が瘴気を切り裂くと、衛兵は呻き声をあげて倒れた。だが、その背後から別の影が素早く現れ、カイの胸を蹴り上げた。強い衝撃に息を吸い込み、カイは剣を振りかぶる。
「ぐっ……!」
見慣れた銀髪の影が、剣ルクスの刃先に映し出される。カイは愕然としながらも、剣を振り下ろし、影を打ち据えた。その瞬間、影は膝をつきながら嗚咽をあげる。──ジークだった。
「ジーク!? どういうつもりだ?」
カイは思わず叫び、剣を刃先から地面に突きつけた。ジークは血を流しながらも、薄く笑みを浮かべ、左腕を押さえつつかすれ声で言った。
「……すまない、カイ様。俺はお前を裏切るわけではない。だが、このままでは皆、死ぬ。俺だけが生き延びるために――」
カイの瞳から蒼光が消え、暗闇の中で氷のように冷えた視線に変わった。仲間たちもその場に凍りつき、リリアナは杖を杖帯に戻しながら駆け寄った。ガロンは剣先をジークの喉元に向け、「何を企んでいる?」と低い声で詰め寄る。
■ ■ ■
リリアナ視点
ジークがカイを蹴り上げた瞬間、リリアナは剣ルクスから放たれる蒼光を背に、剣先を地面に突きつけたまま駆け寄った。ジークの顔には疲労と焦燥が混ざりあい、その瞳はかつて見たことのない程に曇っている。リリアナは左腕の傷を忘れ、一瞬でも両手でジークを抱きかかえるくらいのつもりで駆け込んだが、カイの鋭い視線に押しとどめられた。
「ジーク、何をしているの? 私たちは仲間よ!」
リリアナは震える声で問いかけた。ジークは唇をかみ砕くようにかすれ声を上げると、俯いたまま答えた。
「リリアナ様……俺は、この先の闇が怖くなったんです。お前たちと共に闘うのは無理だって……だから、一人で逃げようと思った」
その言葉に、リリアナの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。瘴気封鎧陣が消えたのか、左腕から鋭い痛みが走る。リリアナは震える手で杖を握りしめ、目を潤ませながらも、強い言葉を紡いだ。
「ジーク、私たちは皆、お前の…いや、あなたの仲間です! 誰もあなたを置いていかない! 逃げるなんて許さない!」
リリアナの声に涙が混ざり、その蒼光はわずかに揺らいだが、なおも霧状の瘴気を押し返し続ける強さを失わなかった。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの叫びを聞いたマギーは巻物を閉じ、冷たい視線でジークを見つめた。ジークの耳元を横切る瘴気がわずかに白く凍り付く。マギーは静かに剣ルクスに視線を移し、そのままジークに向かって低い声で言った。
「ジーク……あなたは長年、情報屋として生き延びてきた。だが今は、仲間を信じるしかない。逃げるなら、お前だけじゃない。私も、お前の背中を護る」
マギーの言葉に、ジークは一瞬だけ目を見開いたが、口元には苦い笑みが浮かんだ。マギーはその表情を見逃さず、剣先から淡い光を放つルクスを見ながら呟いた。
「仲間の祈りと呪文があれば、瘴気も暗闇も乗り越えられるはずよ。信じるのよ、ジーク」
■ ■ ■
ガロン視点
ジークの裏切りに激怒したガロンは、剣をガッと握りしめたままジークの前に踏み込んだ。暗闇に映える蒼光が揺らめき、ガロンの黒い瞳は怒りに燃えている。
「おい、ジーク! お前が逃げるなら、俺が許さない。仲間を見捨てて生き延びるなんて、ありえねェ!」
ガロンは剣ルクスを宙にかざし、その刃先をジークの胸元にぶつけるように向けた。ジークはか細く俯き、両手で胸を押さえるように立ちすくんだ。
「ガロン……俺は本当に情けない……逃げようとした俺が悪い」
ジークの声は震え、ガロンは一瞬ためらいながらも、剣をゆっくりと下ろし、「今は言葉より行動だ」と低く呟いた。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの剣が自分の胸元に向けられた瞬間、ジークは自分がどれほど弱かったかを痛感した。冷たい剣先の光を見つめながら、ジークは唇をかみしめた。
(お前は裏切った。しかし、このまま去るわけにはいかない……)
ジークは深く息を吸い込み、ガロンの胸元を見返した。
「ガロン兄貴……俺は、必ずお前たちと一緒に闘う。今度こそ逃げない。だから……許してほしい」
ジークは頭を下げ、剣先に映る自分の虚ろな瞳を見つめた。ガロンはしばらくの間、剣を下ろしたままジークを睨んでいたが、やがて深く息を吐き、剣先をわずかに横へ向けた。
「……よし、いい。お前の背中を俺が護る。もう裏切るな」
ガロンの言葉に、ジークは小さく頷くと、剣ルクスの刃先を軽くかすめるように礼をした。
■ ■ ■
セレスティア視点
ガロンとジークのやり取りを見届けたセレスティアは、杖を胸に抱えながら静かに微笑んだ。その光は仲間たちの心に温かさを届ける。
「あなたの決意を信じましょう、ジーク。皆で支え合うことが、この闇を打ち破る唯一の道です」
セレスティアの声は囁くように静かだが、その祈りは仲間たちの胸にしっかりと届いている。セレスティアは遠くの天井に目を向け、女神像へ祈りを捧げ続けた。
(これで皆の心は一つになった。仲間と共に進む覚悟を決めたジークを、私は導き続ける)
■ ■ ■
ルレナ視点
暗闇の廊下で剣と矢が揺れる音を聞きながら、ルレナは剣を小さく握り締めた。その小さな体には不安がまだ残るが、一方で新たに芽生えた信頼が胸を支えている。ルレナはカイの胸元にそっと近づき、小声で呟いた。
「カイ様、皆で…皆で闘うんですね」
カイはルレナに微笑みを返し、剣ルクスを軽く揺らして応えた。ルレナはその刹那、胸の奥に灯った希望を胸に刻み込んだ。
■ ■ ■
――カイ視点
ジークが裏切りの影から立ち直り、仲間の絆がさらに強まった瞬間、カイは剣ルクスを腰に収めながら深く頷いた。廊下の暗闇はなお深いが、仲間たちの心に宿る蒼光は闇を振り払うに足る強さを示している。
「よし……行こう、皆。裏切りの影を乗り越えた我々は、もう恐れるものなどない。禁忌の祭壇へ向かい、魔王アズラエルと決着をつけるのだ」
カイは剣を胸に掲げ、仲間たちに向かって低い声で告げた。その声は闇にこだまし、一行は再び廊下を進み始めた。リリアナは杖を掲げ、蒼光の結界を強力に展開しながら進む。マギーは巻物を胸に抱え、瘴気断裂陣の詠唱を詠唱し続ける。ガロンは剣先を揺るがずに天井へ向け、無数の瘴気魔獣が潜む闇を睨みつける。ジークは短弓を肩に掛け、矢先を暗闇の奥へと向けながらも、仲間の背中を守る覚悟を胸に刻んでいる。セレスティアは杖を胸に抱え、祈りの光を絶やさずに仲間を照らし続ける。ルレナは小さく剣を振りながら、一歩ずつ仲間と共に闇を切り裂いていく。
こうして、「裏切りの影」の章は、仲間たちの絆が試され、ジークの裏切りを乗り越えて一行が再び一つになる瞬間で幕を閉じた。次なる舞台は、ついに「禁忌の祭壇」であり、その先には魔王アズラエルとの最終決戦が待ち受けている――。
73話終わり
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