72話 魔物の巣窟
――カイ視点
夜明けの光がまだ薄く、魔王本陣内部の暗闇をわずかに照らしはじめる頃、カイは剣ルクスを握りしめながら深呼吸を繰り返していた。鉄格子の門を前に、仲間とともにその向こう側へ足を踏み出す瞬間を迎えている。目の前には無数の石柱が並ぶ広大な空間が広がり、その暗がりの奥からは低い唸り声が途切れなく響いてくる。瘴気を帯びた気配が一層濃く漂い、足元の石畳には黒い粘液が点々と流れ落ちている。
「皆、用心しろ。この先は瘴気魔獣の巣窟だ。油断すれば一瞬で取り囲まれる」
カイの低い声に、仲間たちはそれぞれ武器を握り直し、視線を鋭く前方へ向けた。剣ルクスの刃先には蒼光が宿り、瘴気を断ち切る覚悟を示している。マギーは巻物を胸に抱え、瘴気断裂陣の詠唱準備を整える。リリアナは杖を強く握りしめ、蒼光の結界を微かに揺らす。ガロンは剣を肩に担ぎ直し、冷静沈着な表情で前方を警戒する。ジークは短弓を肩に掛け、暗い影に溶け込むように矢先を定める。セレスティアは杖を胸に抱き、祈りの光を静かに放ち続ける。ルレナは小さな背中で揺れながらも、仲間に合わせて緊張の面持ちを浮かべている。
カイは仲間の背中を一度見渡し、深く頷くと先頭に立ち、剣ルクスを斜めに構えながら一歩を踏み出した。鉄格子の門の先には、薄暗い廊下が続いており、その先に広がる巨大な大広間の底には、瘴気魔獣たちの群れがひそむという。仲間たちは無言でカイの後に続き、蠢く影への警戒を緩めずに石畳を進んだ。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイが先導して進む廊下の壁沿いには、古代の紋章が浮かび上がるように刻まれており、その刻印からはかすかに瘴気が染み出している。リリアナは杖を掲げると、蒼光の結界を広げながら詠唱を始めた。瘴気浄化・結界展開──杖先から放たれる蒼光は暗闇の中で淡く揺らめき、壁に染み込もうとする瘴気を跳ね返す。
「瘴気浄化・結界展開! 瘴気の侵入を許さないわ!」
リリアナは左腕の傷を感じ取りながらも、その痛みを力に変えて詠唱を続ける。杖先から放たれた蒼光は瘴気の層を一瞬で凍結に近い状態に変え、黒い霧はこまかく砕け散り白い結晶となって地面に落ちた。
カイが一歩進むたびにリリアナは結界を強化し、仲間たちが足元を乱さずに進める道を維持し続ける。石畳には薄い瘴気の膜が張られており、その膜を切り裂くたびに蒼光が暗闇を切り開く。リリアナは剣ルクスの蒼光と自分の蒼光が共鳴するイメージを心に浮かべながら、仲間の背中を守る覚悟を新たにしている。
「マギー、瘴気追放陣を重ねて。瘴気の残余を完全に消し去るのよ」
リリアナは仲間へ合図を送り、一瞬の隙を突いてさらに強力な蒼光の楔を瘴気へ叩き込む。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの指示を受けて、マギーは巻物を開き、瘴気追放陣の紋様を太い筆致で石畳に描き出した。呪文の符号が完成すると、紋様が白く輝き、瘴気の残余は凍結するかのように鎮まり、一気に蒸発していく。雑然と漂っていた瘴気が霧散し、リリアナの結界が一層鮮やかに浮かび上がった。
「瘴気追放陣、発動! 瘴気の残滓を許さない」
マギーの声と共に、瘴気の粒が光に当たって細かく砕け散り、廊下の空気がわずかに清浄化された。マギーは巻物を閉じて仲間たちの背後へ歩み寄り、カイとリリアナを見上げながら呟いた。
「これでしばらくは瘴気が戻らないはず……でも、魔獣の群れは油断できない。ジーク、警戒を強化して」
マギーは仲間の防御呪文を強化しつつ、次なる呪文構成を思い浮かべていた。瘴気断裂陣のバリエーションを準備し、壁際に潜む瘴気魔獣を一度に断絶できるよう呪文プランを練っている。
■ ■ ■
ガロン視点
マギーの瘴気対策に続き、ガロンは剣ルクスを握り直し、一歩前へ踏み出した。廊下の向こうからかすかに呻き声が聞こえ始める。瘴気魔獣が異形の姿でうごめきながら、闇の中から飛び出そうと身構えている。ガロンは剣先を揺らし、剣を胸の前に水平に構えて深い呼吸を整える。
「瘴気魔獣の群れを警戒する。先に出るのは数体の後発隊かもしれないが、俺の剣がその一撃を打ち砕く」
ガロンは剣を振り下ろし、蒼光の刃先が瘴気の膜を切り裂くたびに、瘴気の瘴流が一瞬沈下した。ガロンは闇に潜む魔獣の気配を集中して捉え、剣戟を繰り返しながら仲間たちを護る。ガロンの剣が瘴気魔獣を薙ぎ倒すたびに、仲間の進路が少しずつ開かれていく。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの先導を受け、ジークは短弓を引き絞りながら闇の中を鋭く見据えた。その視線の先には、瘴気に覆われた黒い影のような瘴気魔獣が数体潜んでいる。ジークは一瞬の隙を見逃さず、矢を放った。瘴気を纏う矢先は魔獣の胸を貫き、瘴気の塊は小さく揺らいで消えた。魔獣は苦悶の咆哮をあげて崩れ落ちる。
「リリアナの結界とマギーの呪文がある限り、俺の矢も当たる。前線を進むな、俺はお前たちを守る」
ジークは再び弓を番えながら視線を前へ移し、石畳の僅かなわだちや血痕を手掛かりに、次の標的を探し続ける。暗がりに隠れる瘴気魔獣の気配を見逃さぬよう、ジークの瞳は鋭い。
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セレスティア視点
ガロンとジークの連携を見届けながら、セレスティアは杖を胸に抱え、小さく祈り続けている。その祈りの光はリリアナの結界とマギーの呪文と共鳴し、仲間たちの背中を温かく包み込む。廊下の天井に並ぶ古代の女神像に向かって、セレスティアは静かな祈りを捧げた。
「愛と慈悲の光よ、瘴気魔獣の憎悪を浄化し、仲間たちの魂に揺るぎなき勇気を与え給え。最後まで我らを導き、闇を打ち払う光となり給え」
セレスティアの祈りが唱えられるたびに、杖先から放たれる光が暗闇を切り裂く。剣戟の音と矢の飛ぶ音が一層鮮明に聞こえ、瘴気は一瞬静まり返ったかのように見えた。だが、その裏ではさらに強力な瘴気魔獣が巣食う影が広間の先に待ち受けている。
■ ■ ■
ルレナ視点
セレスティアの祈りに包まれながら、ルレナは剣を胸に抱えたまま足を止め、仲間たちの奮闘を見守っている。小さな体にはまだ幼い恐怖が走るが、仲間たちへの信頼がそれを打ち消していく。ルレナは小声で呟いた。
「皆、頑張って……私はここで見守り続ける」
ルレナの言葉が仲間たちの背中に微かな温かさを与え、その祈りはセレスティアの祈りと共に仲間たちに力を注いでいく。
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――カイ視点
ガロンとジークの奮戦、リリアナとマギーの結界と呪文、セレスティアの祈りが一体となり、カイは最後の一撃を放つために距離を詰めた。廊下の奥には、瘴気の濃度が極限まで高まった空間が待っている。そこには、魔王軍本陣の守護者として配された最強の瘴気魔獣がひそんでいる。
「ルクス、最後の一撃を頼む!」
カイは剣ルクスを剣戟に変え、刃先から迸る蒼光を極限まで高めた。その刹那、瘴気魔獣は暗闇から飛びかかってきたが、カイの蒼光の刃が瘴気の奔流を切り裂き、一瞬で魔獣を薙ぎ払った。瘴気の瘴流は雷鳴のように砕け散り、その爆発音が廊下にこだました。
カイは剣先を天へ向け、鋭い声で叫ぶ。
「これが、仲間と共に誓った誇りの力だ!」
その一撃が暗闇を切り開き、仲間たちと共鳴した蒼光が瘴気魔獣を一瞬にして打ち砕いた。リリアナは杖を高く掲げ、結界を維持しながら涙を浮かべて叫んだ。
「私たちは、闇を恐れない!」
マギーは巻物を再度開き、瘴気追放陣を強化し、小さな瘴気の粒すら残さぬよう光を振りまいた。ガロンは剣を一閃させ、残った瘴気を両断しながら仲間を先導した。ジークは矢を番え、最後の一体を仕留める。セレスティアの祈りは空間を震わせ、杖先から放たれる光の柱が廊下を貫いた。ルレナは剣を小さく揺らしながら祈りを続け、仲間を鼓舞し続けた。
こうして、「魔物の巣窟」の章は、仲間の絆と祈りが瘴気魔獣を打ち砕き、魔王本陣内部の最深部へと一行を導く瞬間で幕を閉じた。次なる舞台は、いよいよ魔王アズラエルとの最終決戦――。
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