70話 決戦前夜
――カイ視点
夜の帳が山岳を包み込み、冷たい風が仲間たちの剣や杖をかすかに揺らす頃、カイは剣ルクスを鞘から外し、その蒼光を確かめていた。祭壇を越えた先に待つ「禁忌の祭壇」の光は消え去ったが、今夜が本当の試練の始まりだ。仲間と共に辿り着いたこの場所は、魔王本陣へと続く唯一の道であり、最終決戦の前夜にふさわしい静寂が漂っている。
「ここが最後の分かれ道だ。明日、俺たちはあの城門へ突入し、魔王アズラエルと相対する」
カイは剣を胸元に掲げ、静かに呟いた。夜空には満天の星が散りばめられ、蒼光のルクスがその一つひとつを宿すかのように揺らめいている。剣を握る手に力を込めながら、カイは仲間の顔を順に見渡した。
リリアナは杖を握る手を震わせながらも覚悟を示すように深く頷き、マギーは巻物を何度も確認しながら、瘴気への対策を最終チェックしている。ガロンは剣を肩に担ぎ直し、鎧のひとつひとつを確かめるように撫でつつ、無言のままカイに視線を送る。ジークは冷たい夜気にも動じず、短弓を背中に掛け直しながらも静かに呼吸を整えている。遠くの丘の上ではセレスティアが杖を掲げ、祈りの光を微かに放っている。ルレナは岩陰に身を寄せ、瞳を輝かせながら仲間を見守っていた。
「明日の夜明けと共に、この扉を叩こう」
カイは深く息を吸い、おもむろに剣を鞘に納めた。その動作には決意しかなく、仲間の鼓舞を意図した一礼のようにも見えた。空気を切り裂くように凛とした静寂の中、カイは一瞬だけ目を閉じ、心の中で誓いを新たにする。
(仲間と共に、この世界を救い、絆を貫き通す――)
その想いを胸に刻んだカイは、仲間たちが待つ小さなキャンプへと足を進めた。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイの背中を見送った後、リリアナは杖を両手で抱きしめながら深い呼吸を繰り返していた。昨夜の戦いで負った左腕の傷はまだ痛みが残り、瘴気封鎧陣の余波で全身が冷たい感覚に包まれている。しかし、誰よりも強い決意を胸に、リリアナは明朝の最終決戦を待つために心を整えている。
「私は…明日、どんなことがあっても、皆の盾にならなくては」
リリアナは自らに言い聞かせるように呟き、杖を掲げて蒼光の結界を小さく展開した。その光はキャンプの周囲を包み込み、仲間たちを瘴気の侵入から守るバリアとなっている。結界内部にいる仲間たちは、少しだけ安心した表情を浮かべてリリアナに視線を向ける。
リリアナは杖を地面に突き、ゆっくりと詠唱を始めた。
「瘴気浄化・結界展開──この光よ、仲間を護り、明日の夜明けまで我らを守り給え」
杖先から溢れる蒼光が闇を切り裂き、周囲の瘴気を静かに抑え込む。リリアナは自分の痛みを忘れるかのように集中し、心の中でカイとセレスティアの姿を思い浮かべた。
(カイ様、セレスティア様、私はあなたたちと共に、この先へ進みたい。そのために、この体が砕けようとも、私は祈り続ける)
リリアナは淡い涙をこらえながら祈りの詠唱を終え、杖を胸に抱えたまま目を閉じた。そして、仲間たちの元へとそっと歩み寄り、肩越しに微かに微笑んだ。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの祈りを受け取り、マギーは巻物を胸に抱えて呪文構成を最終確認していた。静かに口に出す詠唱の一語一語は、明日の闘いで必要となる呪文の最終形を示している。瘴気断裂陣、瘴気追放陣、瘴気封鎧陣──すべての呪文を重ね合わせることで、瘴気の濃度が最も高まる「魔王本陣の裏口」を克服できると確信している。
「瘴気断裂陣の紋様はこれで完璧。瘴気追放陣は結界の外側をさらに強化し、瘴気封鎧陣で仲間の体を保護する……」
マギーは巻物をそっと閉じると、仲間たちに視線を向けた。岐路に立つ仲間全員の背中には、揺るぎなき覚悟が刻まれている。マギーは深呼吸を整え、静かに呟いた。
「私の力を使って、皆を守り抜く……」
その言葉には決意しかなく、マギーは杖を杖帯から外し、軽く振るって詠唱の最終調整を行った。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣ルクスを肩に担ぎ直し、夜気に染まるキャンプの周囲を見渡していた。仲間たちの一人ひとりが最終決戦を前に心を研ぎ澄まし、肉体に刻まれた傷と共に覚悟を固めているのを確認すると、ガロンの胸には熱い何かが込み上げてくる。
「俺がここまで来られたのは、お前たちと共に闘えたからこそ――」
ガロンは剣を抜き放し、刃先から迸る蒼光で空気を切り裂く。剣先を振るうたびに、周囲の霧が瞬き、深い闇が白い刃の光によって照らされる。剣を胸元にかざし、深く頭を下げて呟いた。
「明日、俺はお前たちを守るために、この剣を振るい切る。命を賭けても構わない」
その言葉は小さくも力強く響き、仲間たちの背中にさらに勇気を与えた。刹那、ガロンは目を閉じ、思いを胸の奥に締め込んだ。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンの宣言を聞いたジークは、短弓を背に掛け直し、近くで焚かれる小さな焚火の前に立っていた。小さな炎は夜の闇に抗うように揺らめき、ジークの瞳に映るその火花には、決意と覚悟が宿っている。
「ガロン兄貴の背中は、俺が守る。どんな暗闇が訪れても、お前の矢で必ず切り裂く」
ジークは短弓を構え、想像上で矢を引き絞る動作を繰り返した。その的確な動きは、これまで何度もの危機を乗り越えてきた彼の自信に満ちている。
「リリアナの結界も、マギーの呪文も、セレスティアの祈りも、皆で共有する光だ。俺はその盾となる矢を放つ。そして、ルレナの笑顔を守るために」
ジークは軽く拳を握り締め、焚火に向かって短く頷いた。その目はいつしか夜空を見つめ、満天の星に向かって誓いを立てるように静かに祈りを捧げていた。
■ ■ ■
セレスティア視点
丘の祠に戻ったセレスティアは、杖を両手で抱えながら深い祈りを捧げていた。夜明け前の闇が骨の髄に染みわたるように冷たくなる中、セレスティアの祈りは揺らぐことなく光を放つ。
「愛と慈悲の光よ、仲間の魂に揺るぎなき希望を与え給え。明日の夜明けが訪れるまで、我らを導き給え」
セレスティアの声が静かにこだまし、その祈りは杖先から溢れる光となって仲間たちを包み込む。心臓が締めつけられるような痛みを感じながらも、セレスティアは祈りを止めない。
(私の秘密を知る者はまだいない。しかし、この祈りがあれば、仲間たちはどんな苦難も乗り越えられるはず)
セレスティアは目を閉じ、祈りの光を深める。残された命をすべて捧げてでも、この夜を乗り越える強い意志が彼女の胸に宿っている。
■ ■ ■
ルレナ視点
ルレナは小さな背中で丘を駆け上がり、セレスティアの祈りをそっと耳にした。その祈りはルレナの胸に深い安心感をもたらし、幼い体にはありながらも、仲間のためにできる限りの支援をしたいという想いが芽生えている。
「セレスティア様、私もずっと祈ってます。皆が無事に、希望の未来を手に入れられますように…!」
ルレナは目を潤ませながら声を張り上げ、杖をそっと掲げた。その蒼光はリリアナの結界と共鳴し、仲間を包む光の壁をさらに強固にする。ルレナの小さな祈りは、仲間たちの心にそっと寄り添い、明日の光を信じる気持ちを新たにさせた。
■ ■ ■
――カイ視点
夜明け前の薄明かりが塔のようにそびえる魔王本陣をかすかに映し出し始める頃、カイは仲間全員を静かに見渡した。リリアナは杖をしっかりと握り締め、マギーは巻物を胸に抱えたまま呪文構成を思い浮かべ、ガロンは剣を肩に担ぎ直し、ジークは短弓を構え、セレスティアは祈りを捧げ、ルレナは小さく頷きながら祈りを続けている。
カイは剣ルクスを掴み直し、その蒼光を仲間の背中へそっと送り出した。刹那、仲間たちは光に包まれながら再び深呼吸を整えた。
「皆、よく聞け。明日の夜明け、俺たちは魔王本陣の裏口から突入する。瘴気と魔物、死の罠が待ち受けるだろう。だが、その先には我々が守るべき未来と、奪還すべき光が待っている。リリアナ、マギー、セレスティアの光に、ガロンとジークの剣と矢、そしてルレナの祈りがあれば――俺たちは必ずこの闇を打ち破れる」
カイの言葉に仲間たちは大きく頷き、声を揃えて答えた。
「はい、カイ様!」
「私たちが守り抜きます!」
「俺の矢は決して外さない!」
「愛と慈悲の光に導かれて――最後まで祈り続けます!」
「皆で未来を取り戻しましょう!」
その声が夜の闇を切り裂き、星々が揺れるかのように輝きを増した。山岳地帯に漂う冷気も一瞬だけやわらぎ、仲間たちの絆と誓いは闇の中に鮮やかな蒼光の道を描き出している。
こうして、「決戦前夜」の章は、仲間の想いと覚悟が紡ぐ光の道を胸に刻みつつ、魔王本陣への最終決戦へと向かう瞬間で幕を閉じた。いよいよ明朝、世界を賭けた宿命の戦いが始まる――。
70話終わり
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