7話「交わる宿命」
荒野を抜け、ヴァルトとリオンは再び旅路を進めていた。
血塗られた戦いの爪痕を背に、それでも二人の瞳には確かな光が宿っている。
「……ヴァルト。」
リオンがふと口を開いた。
「お前、あの仮面の男……グリムと会うのは初めてじゃないんだろう?」
ヴァルトはわずかに目を伏せ、深紅の瞳が遠くの空を映す。
「……ああ。初めて会ったのは、もう随分前だ。あいつの声は……俺の運命を試すような声だった。」
リオンは静かに頷いた。
「運命……か。」
その声はどこか寂しげで、だが決意を滲ませていた。
歩きながら、ヴァルトはかすかに震える双剣の柄を握り直す。
剣の奥からは、血と想いの囁きがまだ微かに響いていた。
(この剣に刻まれたもの……それは、俺の過去そのものだ。)
やがて道は分かれ道に差し掛かった。
そこに待っていたのは、白銀の髪を風に揺らす聖女――セレスティアの姿。
荒野の風に揺れる白衣が、まるで光そのもののように輝いて見えた。
「……セレスティア。」
ヴァルトの声は思わず柔らかくなる。
彼女は微笑を浮かべ、二人に近づいた。
「お二人とも……無事でよかった。」
その言葉に、リオンは少し顔をほころばせる。
「お前が待っていてくれたからだ。安心しろ、ヴァルトは無事だ。」
セレスティアは小さく頷き、その青い瞳をヴァルトに向けた。
「……傷が癒えぬうちに戦いを続けるのは危ういことです。ですが……あなたの剣が迷わぬ限り、私は信じています。」
その声は柔らかいが、確かな強さを帯びていた。
ヴァルトは目を伏せ、静かに応える。
「……あの日、お前がくれた言葉が……今の俺を支えている。」
セレスティアはわずかに目を細め、優しく微笑む。
「私もまた……あなたの剣に救われています。だから……どうか、その剣を誇って。」
その瞬間、リオンがゆっくりと口を開く。
「……セレスティア。お前は、俺たちが歩むこの血塗られた道を恐れないのか?」
セレスティアはリオンに微笑を向ける。
「恐れています。ですが……恐れるからこそ、私もあなたたちと共に歩みたいのです。」
その言葉に、ヴァルトの胸が熱くなる。
血に濡れた双剣を背負う自分を、仲間と聖女が支えてくれている。
その事実が、どれほど心強いか――言葉にはできなかった。
「……ありがとう。」
小さく呟くと、セレスティアはそっと頷いた。
「行きましょう。私たちには……運命に抗う力があります。」
三人は再び歩き出す。
灰色の空はまだ重く、遠い雷鳴が響く。
だがヴァルトの胸には、確かに光が灯り続けていた。
――そして、運命は再びその爪を伸ばしてくる。
それを告げるように、空に黒い影が差し込んだ。
低く唸る風と共に、黒衣の騎士団が姿を現した。
「……来たか。」
ヴァルトは双剣の柄を握り、深紅の瞳を細める。
黒衣の騎士たちの冷たい視線が、三人に突き刺さる。
リオンは剣を抜き、息を整えた。
「ヴァルト、セレスティア……行くぞ。」
セレスティアは静かに頷き、両手を胸の前で組む。
「どうか……あなたの剣に迷いが生じませんように。」
黒衣の騎士団の前に立つのは、氷の瞳を持つ宿敵――レイヴン。
その氷の瞳が、冷たく笑うように輝いた。
「……ヴァルト。お前は、運命に抗う者の末路を知らぬようだ。」
レイヴンの声は冷たく、しかしどこか哀しみを含んでいるようにも聞こえた。
ヴァルトは双剣を抜き放ち、赤黒い光を放つ刃を構えた。
「なら……その末路を、俺が決めてやる。」
血と氷の剣が再び交わるその時。
運命は確かに、交わる宿命の咆哮を上げていた。
冷たい空気が、まるで戦場の予感を告げるように肌を刺す。
ヴァルトは深紅の瞳を細め、血塗られた双剣を握り直した。
その視線の先、黒衣の騎士団を率いるレイヴンの冷笑が、空気を凍らせるように鋭い。
「運命に抗う剣……その結末を知るがいい。」
レイヴンの声は低く、しかし確かな威圧を纏っていた。
「俺は……お前の言葉に屈しない。」
ヴァルトの声は静かだが、胸の奥に灯る想いは確かに燃えている。
双剣に刻まれた仲間の声と、自らの誓い。
それが彼の心を支えていた。
リオンはヴァルトの隣に立ち、剣を構える。
その瞳には、仲間を信じる力が揺るぎなく宿っていた。
「ヴァルト……お前が俺を信じるなら、俺もお前を信じる。」
「……ああ。俺たちは……一人じゃない。」
黒衣の騎士たちが、一斉に剣を構える。
その無機質な瞳に、恐怖も迷いもなかった。
だがヴァルトは、決して視線を逸らさなかった。
「……リオン、セレスティア。共に……この戦いを終わらせよう。」
「ええ。あなたが信じる限り……私も祈りを捧げ続けます。」
セレスティアの声が、冷たい空気に温もりを灯す。
次の瞬間、レイヴンが剣を振り下ろす合図をした。
黒衣の騎士たちが無言で駆け出し、戦場が一気に血の色に染まる。
「ヴァルト!」
リオンの叫びと同時に、ヴァルトは双剣を振るう。
赤黒い光が弧を描き、迫る敵の刃を弾く。
リオンもまた鋭い剣撃で敵を退け、二人の動きはまるで呼吸を合わせた舞のようだった。
「……この戦いに……迷いはない!」
ヴァルトの声は剣戟の音に負けずに響いた。
セレスティアは両手を胸の前で組み、青い瞳を閉じる。
その祈りの言葉が、剣を握る二人に届くように。
黒衣の騎士の刃がリオンの鎧をかすめ、血が滲む。
だがリオンは一瞬も退かず、笑みを浮かべた。
「……痛みなど……生きている証だ!」
ヴァルトもまた血を流しながら、双剣を振り抜く。
その刃は、まるで呪いを断ち切るように鋭く輝いた。
赤黒い残光が、戦場に小さな光を生む。
「レイヴン……お前の言う運命など……俺は信じない!」
ヴァルトの瞳が、冷たい風に濡れながらも決して揺らがない。
レイヴンは冷たく微笑むと、ゆっくりと歩みを進める。
「では見せてみろ。お前の想いが……どこまで届くのかを。」
二人の視線が交わったその瞬間、戦場の空気が震える。
ヴァルトの双剣が赤い残光を引き、レイヴンの氷の剣と激突する。
火花が散り、冷たい風が一層鋭く吹き荒れた。
「……お前は……!」
レイヴンの刃がヴァルトの肩を裂き、血が噴き出す。
だがヴァルトは一歩も退かない。
「……運命に抗う者として……お前を超える!」
再び振り下ろされる氷の剣を、ヴァルトは双剣で受け止める。
剣戟の衝撃が腕を痺れさせるが、その瞳には確かな光があった。
「リオン……!」
「任せろ!」
リオンが脇から飛び込み、敵の剣を弾く。
二人の連携は迷いがなく、血と光の残響が戦場を切り裂いた。
セレスティアはその光景を見つめ、そっと祈りを重ねる。
(……ヴァルト、あなたは……一人じゃない。)
やがて戦場に一瞬の静寂が訪れる。
荒い呼吸を整えながら、ヴァルトは双剣を構え直した。
レイヴンの氷の瞳に、僅かな揺らぎが走ったように見えた。
「……お前の剣……確かに、ただの呪いではないらしいな。」
レイヴンの声は低く、どこか感情の欠片を滲ませていた。
「それでも……すべては血に帰す運命だ。」
ヴァルトは深く息を吐き、赤黒い双剣を見つめる。
「……この剣は……俺のすべてだ。血も、想いも……すべてを刻んで進む!」
再び剣戟の音が響き渡る。
血飛沫が舞い、冷たい風が戦場を駆け抜ける。
だがその中で、ヴァルトの剣は決して止まらなかった。
リオンの剣が、ヴァルトの双剣が、そしてセレスティアの祈りが――
三つの想いが重なり、戦場に確かな光を生み出していた。
そしてその光は、血塗られた運命に抗う唯一の証として輝いていた。
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