62話 魔族の刺客
――カイ視点
淡い朝霧が荒野を包み込む中、一行は再び魔王本陣へ続く道を進んでいた。先の戦いで得た安息は短く、瘴気の残り香が周囲に漂っている。カイは剣ルクスを背に担ぎ直し、蒼光を帯びた刃先をほんのわずかに揺らした。視界の奥には、これまでにない嫌な予感を呼び起こす黒い影がちらつく。
「みんな、警戒を緩めるな。あの影は魔族の刺客かもしれない」
カイは低く囁き、リリアナとマギーに視線を送った。リリアナは杖を握りしめ、蒼光の結界を強化しながら前方を見つめる。マギーは巻物を胸に抱え、次の呪文の構成を確認して唇をかむ。ガロンは剣を肩に担ぎ直し、ジークは短弓を構えたまま辺りの影を探る。セレスティアは杖を胸に抱え、祈りの光を弱めずに放ち続けている。ルレナはカイの足元にしがみつき、怯えた瞳で仲間を見上げた。
砂塵を巻き上げながら、黒い影が急速に接近してくる。瘴気をまとった鎧に身を包む魔族の刺客である。鋭い爪と牙を持つその異形は、魔王の命を受けて仲間を襲うために派遣された刺客だ。カイは剣を抜き放ち、刃先を闇の淵に向けた。
「来るぞ……全員、構えろ!」
カイの号令と同時に、仲間たちはそれぞれの得意技を構えた。リリアナは蒼光の壁を形成し、マギーは巻物から呪文の符号を浮かび上がらせる。ガロンは剣先を振りかざし、ジークは矢を冴えない光の中に番えた。セレスティアは祈りの光を高め、ルレナは震える手でマギーの裾をつかんでいる。
刺客は瘴気の闇を背負いながら、一行に向かって疾走してきた。鋭い爪を振りかざし、瘴気の刃で結界を切り裂こうとする。リリアナは咄嗟に杖を振りかざし、蒼光の刃を生み出して瘴気を払った。だが、刺客はその隙を見逃さず、リリアナの左腕目掛けて爪を叩きつけた。
「リリアナ!」
カイは咄嗟に走り寄り、剣を振り上げた。ルクスの刃は一閃で瘴気を切り裂き、刺客の鉄の鎧を抉るように斬りつけた。刺客は呻き声を上げて後退し、リリアナは痛みで呻きながら杖を地面に突きつける。
■ ■ ■
リリアナ視点
刺客の爪が腕をかすめて落ちるような痛みに、リリアナは声を上げた。左腕からは鮮血がほとばしり、蒼光の結界が翳って揺らぐ。リリアナは杖を握りしめ、蒼光を懸命に研ぎ澄ます。
「瘴気浄化・結界展開! この痛みも、私が皆を守るために受け止める」
一瞬だけ視界がくらむが、リリアナは耐えながら詠唱を止めず、杖先から鋭い蒼光を放つ。瘴気の闇が切り裂かれ、刺客は二歩ほど後退した。その隙にカイが剣を振り下ろした光が刺客を貫き、瘴気の瘴流が呪文の光に触れて消えていく。
「リリアナ、大丈夫か?」
カイの声に、リリアナは痛みに歪む顔をそっと上げた。
「大丈夫……この程度の傷など、問題ないわ」
リリアナは力なく微笑み、杖の力を腕全体に流し込んで結界を補強した。蒼光が瘴気を断ち切り、次の攻撃に備える。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナの傷を見たマギーは、慌てて巻物を取り出し、瘴気封鎧陣を詠唱した。リリアナの傷口から瘴気が侵入しないようにする結界である。マギーの指先が符号をなぞるたび、薄く青白い光がリリアナの左腕を包み込み、瘴気の瘢痕を押し戻していく。
「リリアナ、瘴気封鎧陣を発動するわ。瘴気が絡みつかないようにするから、今は安静に」
マギーは優しく囁くと、リリアナの左腕に小さな結界を張り巡らせた。その光は冷たい瘴気を払いのける盾となり、リリアナの痛みをわずかに和らげた。
一方、その隙をついて刺客は再び爪を振るおうとしている。マギーは次なる呪文を準備しつつ、剣を構えるカイに視線を送った。
■ ■ ■
ガロン視点
マギーの呪文がリリアナを守る中、ガロンは剣ルクスを構え直し、激昂した表情で叫んだ。
「クソ野郎……お前が手を出すなら、俺が叩き切る!」
ガロンは一歩前へ踏み込み、蒼光の剣撃を放った。剣先から迸る蒼光は、瘴気の闇を切り裂くように強烈な一閃となり、刺客の腕を斬り落とす。瘴気が裂かれ、刺客は激しい断末魔を上げて倒れ込んだ。
「これで終わりだ!」
ガロンの声が荒野に響き渡り、仲間たちに安堵をもたらす。
■ ■ ■
ジーク視点
刺客が倒された瞬間、ジークは短弓を背に掛け直し、崩れ落ちた瘴気の闇に向かって矢を放った。矢は瘴気を貫き、空中で瘴気の粒を砕くように炸裂した。ジークはその小さな爆発に微かに頷き、仲間たちの傍らへ駆け寄った。
「ガロンのおかげで刺客は仕留められた。皆、気をつけて進もう」
ジークは仲間の背中を守る覚悟を胸に、再び荒野の奥へ足を踏み出した。
■ ■ ■
セレスティア視点
ガロンとジークの連携を見届けながら、セレスティアは杖を胸に抱え、祈りを唱え続けた。
「愛と慈悲の光よ、リリアナの傷を癒し、仲間たちの心に揺るぎなき希望を与え給え」
セレスティアの祈りが静かに荒野を満たし、リリアナの瘴気封鎧陣を強化する。杖先から放たれた光がリリアナの左腕を温かく包み込み、瘴気の痛みを和らげるかのように揺らめいていた。
リリアナは痛みをこらえながらも、セレスティアの光を感じ取り、強く頷いた。
■ ■ ■
――カイ視点
刺客を撃退した後、一行はリリアナの負傷を確認しつつ再び荒野を進み出した。瘴気の残滓を断ち切り、草原に点在する瓦礫の間を縫うように足を運ぶ。カイは剣ルクスを握る手を強く握りしめ、仲間を見渡した。
「リリアナ、傷は大丈夫か?」
カイはリリアナの左腕を静かに見つめ、蒼光の光を伝えながら問いかけた。リリアナは小さく頷き、痛みをこらえた表情で答えた。
「大丈夫……セレスティアがくれた力で、なんとか耐えられる。でも、気を抜けないわ」
リリアナは痛みを堪えながらも、再び杖を握り締めた。
カイは深く息を吐き、剣先を次なる瘴気の気配へ向けた。仲間たちの絆と決意が、荒野の闇を切り裂く光となり、これから待ち受ける魔王軍の大軍勢を迎え撃つ準備を整えている。瘴気の荒野に刻まれた一行の足跡は、やがて魔王本陣へと続く道の始まりである――。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!
他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです
https://mypage.syosetu.com/2892099/




