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58話 聖女の覚悟

セレスティア視点


薄明かりに包まれた古代神殿前の小さな休息所で、セレスティアは杖を抱きかかえながら祈りの光を放ち続けていた。先の戦いで負った仲間たちの傷を癒すため、深い呼吸を繰り返しながら祈りを紡ぐ。だがその瞳には、かすかな影が揺れている。心の奥底で、己が秘める力の限界を感じ取っていたからだ。


「私の命も、もう長くはもたない……」

セレスティアは静かな口調で、自らの胸に刻まれた苦悶を呟く。暗闇に沈む社壇の奥で、薄暗い光がゆらゆらと揺れ、聖女の祈りを包み込むように渦巻いている。仲間の体力が回復する一方で、セレスティアの顔には冷たい汗がほんのりとにじむ。


腰のベルトにぶら下げた聖印が微かに震え、セレスティアは杖先を握る手をぎゅっと強く握りしめた。周囲には、先の戦いで倒れた瘴気魔獣や呪術師の亡骸が散乱し、その陰には再び襲い来る瘴気の気配が潜んでいる。長く続く祈りの声が途絶えかけるその瞬間、セレスティアは深い決意を胸に刻む。


「私は、仲間を見捨てるわけにはいかない……」

彼女の祈りの声が震え、光は一瞬激しく揺らいだ。セレスティアは過去の記憶を呼び起こす。幼い頃、病に倒れた村の人々を癒すために必死で祈りを捧げた日々。やがて光が命そのものを削ることを悟ったとき、自らの寿命が限られていることを理解した。師から授かった聖女の力は「祝福」でもあり「犠牲」でもあった。


──聖女となる者は、自らの命を捧げてでも民を救う。

その宿命を背負いながらも、セレスティアは仲間たちと過ごした日々の温もりを胸に刻み続ける。宿場町で小さな子どもを笑顔に変えたとき、瘴気の村で人々の絶望を癒したとき、セレスティアは初めて己の使命を実感した。だが、その代償として自分の命が削られていく痛みは、誰にも言えぬ秘密であった。


セレスティアは再度深い息を吸い込み、杖をゆっくりと地面に突き立てた。温かな光が杖先から放たれ、仲間たちの回復を助ける光の結界を展開し続ける。疲れ切った仲間たちは、静かに瞳を閉じ心身を休めている。リリアナは杖を膝に立て、蒼光の結界を維持しながら穏やかな寝息を立てている。マギーは巻物を抱え、詠唱の詰めを思い浮かべながら目を閉じている。ガロンは剣を地面に突き刺し、短い休息をとりながら周囲を警戒し、ジークは背に掛けた短弓を軽く揺らしつつ瞳を閉じている。カイは背後に剣を担ぎ直し、仲間を見渡しながらも鋭い眼差しを忘れない。


「セレスティア様……もう無理をなさらないでください」

リリアナが眠りから目を醒まし、優しい声で囁く。セレスティアは微笑みながらも、重い口調で応えた。

「リリアナ……ありがとう。だけど、これも私の役目だから」


その言葉にリリアナは目を伏せ、頬に涙をこぼした。セレスティアはリリアナの手をそっと取ると、摂るように囁いた。

「あなたがいる限り、私は誰も見捨てない。リリアナ、あなたの想いを、この刹那の祈りに乗せて約束するわ」


リリアナは泣きそうな声で頷き、杖を強く握り締めた。セレスティアはリリアナの瞳を見つめながら、深い決意を新たにした。


■   ■   ■


――カイ視点


セレスティアの異変を感じ取ったカイは、静かに歩み寄ると剣を鞘に戻して膝をついた。その手をセレスティアの肩にそっと置き、とても柔らかな声で告げた。

「セレスティア、無理はするな。お前が倒れれば、俺たちは立ち行かなくなる」


カイの言葉を受け、セレスティアは微笑んだように頷きながらも、その目には消えない影が宿っている。

「カイ……私の体は限界を迎えつつある。でも、あなたたちのために私は進まなければならない。あなたの誓いは、私の祈りと共にある」


カイはセレスティアの手をそっと握り返し、重苦しい空気に反旗を翻すように強い声で言い放った。

「お前の命がある限り、俺はお前を守る。どんなに苦しくても、苦痛を分かち合うのが仲間というものだろう?」


セレスティアの瞳に一瞬、驚きと安堵が交錯した。カイの真っ直ぐな言葉は、盟約以上の意味を持っていた。これまで数々の戦場を共に駆け抜け、笑い合い、涙を流し、互いに支え合ってきた日々が、今この瞬間、セレスティアの胸を深く打った。


「ありがとう、カイ。あなたがいてくれるだけで、私は救われるわ。だが……この先の戦いで私が倒れたとしても、どうか仲間たちを見捨てないで」


カイは眉間にしわを寄せながらも、セレスティアの目をまっすぐに見据え、低く唇を震わせた。

「絶対に見捨てない。お前も俺の誓いを、私の命と同じように思ってくれ」


セレスティアはカイの手をそっと強く握り返し、そのまなざしの奥に感謝と決意を宿した。


■   ■   ■


リリアナ視点


セレスティアとカイのやりとりを見守っていたリリアナは、胸の奥が深く締め付けられるような感覚を覚えた。自らの命を削ってでも仲間を守ろうとする聖女の覚悟と、命を賭してその聖女を護ろうとするカイの誓い――。リリアナはその光景を見た瞬間、言葉では言い表せない熱い何かが込み上げ、涙が頬を伝った。


「セレスティア様、カイ様……」

リリアナは杖を抱きかかえたまま静かに立ち上がり、二人の間に歩み寄った。彼女は深く頭を下げ、誓いを告げる。

「私も、二人を見守り続けます。どんな暗闇が訪れようとも、私の魔力を惜しみなく使い、皆を守ります」


セレスティアはリリアナの言葉に優しく微笑むと、その肩にそっと手を置いた。リリアナは俯いたまま頷き、蒼光の結界を再び強化した。光が仲間の背中を包み込み、暗闇に染まろうとする空気を払っていく。


■   ■   ■


マギー視点


リリアナの決意表明を受け、マギーは巻物を胸に抱えたまま仲間たちを見渡した。瘴気の残滓を断ち切り続けた呪文詠唱によって、彼女の喉はかすれており、指先には緊張が残っている。しかし、仲間のために自分の力を惜しまないという誓いは、マギーの心に深く刻まれていた。


「私も、皆の力を少しでも増幅させる呪文を詠唱し続ける。私は魔術師として、この場を離れるわけにはいかない」

マギーは巻物を軽く開き、次に必要となる強力な呪文を頭の中で詠唱し始めた。その呪文は瘴気断裂陣を強化し、仲間たちの肉体的負荷を軽減するものだった。マギーは心の中で、

「皆が無事でいられるなら、私の命もかまわない」と固く誓った。


■   ■   ■


ガロン視点


仲間たちの覚悟を見届けたガロンは、剣を腰に戻し、地面に深く剣先を突き立てたまま静かに目を閉じた。蒼光の剣ルクスは静かに彼の背を照らし、戦いの傷跡が癒えつつあることを示している。ガロンは剣から伝わる微かな振動を感じながら、仲間たちとの絆を再確認した。


「俺も……仲間がいなければ、剣を握る意味はない。お前らを守るためなら、俺はどんな傷を負っても構わない」

ガロンは呟くと、その言葉を胸の奥に刻み込んだ。彼は剣を抜き放ち、地面に振り下ろして瘴気の疵を清めた。その剣撃は静かな決意を込めた一閃となり、大地に悲鳴のような波紋を投げかけた。ガロンは再び剣を構え、仲間たちを見渡した。


■   ■   ■


ジーク視点


ガロンの剣撃を見届けたジークは、短弓を肩に掛け直し、仲間たちの覚悟を受け止めた。魔獣が潜む茂みや暗い影に隠れた敵を警戒しながらも、ジークの心には温かな確信が芽生えていた。


「仲間たちの覚悟を背に、俺はその背中を守り続ける。どんな的でも、俺の矢は外さない」

ジークは低く呟き、空を見上げた。夜明けの空は薄紅色に染まり、やがて琥珀色へと移ろい始める。その美しさは、これまでの戦いの終わりと、これから始まる最終決戦の序曲を象徴しているかのようだった。ジークは短弓を引き絞り、仲間たちの未来を願うように矢を空へと放った。


■   ■   ■


再びセレスティア視点


仲間たちが新たな覚悟を胸に立ち上がる様子を見つめながら、セレスティアは杖を胸に抱え直した。心の中で、再び仲間たちを守るために命を籠めた祈りを紡ぎ始める。


「愛と慈悲の光よ、どうか皆が無事に闘い抜けますように。私の命は儚いが、その光は永遠に仲間の心に燈り続ける」

セレスティアの祈りは静かだが、その声には揺るぎなき強さがあった。夜明けの光が三日月状の大理石の床に反射し、杖先から放たれた光が一行を包むように揺らめいた。


そして、聖女の覚悟が仲間たちに勇気を与え、彼らは新たな一歩を踏み出す。魔王本陣への長い階段はまだ先に続いているが、五人の仲間と一人の聖女は、その道を揺らぐことなく進んでいく。


58話終わり

お読みいただきありがとうございます。

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