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55話 短い安息

――カイ視点


暗闇が徐々に薄れ、霧が朝日に染まるころ、一行は魔王本陣へと続く階段の中腹にある小さな凹地に腰を下ろした。先ほどの激戦でベルナールを退け、瘴気の呪縛を解いたものの、仲間たちは疲労困憊している。カイは剣ルクスを膝に置き、深く息を吐いた。仲間たちもそれぞれの場所で息を整えているが、その横顔にはまだ緊張の色が残る。

「ここで少しだけ休もう。すぐに動き出せるように、体力を回復させなければならない」

カイの言葉に、仲間たちは静かに頷き、各々が簡易な補給や治療を始めた。リリアナは杖を膝元に置き、盾となる蒼光の結界を弱めつつも常に警戒を怠らない。マギーは巻物を巻き直し、疲れた魔力を抑えながらも次の呪文構成を練っている。ガロンは剣を床に突き刺し、手を取り出した水筒で水を飲んでいる。ジークは短弓を背に掛け、辺りの警戒を緩めないように周囲を見渡している。セレスティアは杖を胸に抱き、目を閉じて静かに祈りを捧げながら、仲間たちの回復を促す光を放っている。ルレナはカイの足元で小さな休憩の中に安堵を見出し、寝不足と緊張で震える身体を優しく揺らしながら眠りにつこうとしている。


カイは膝に置いたルクスの柄をそっと撫で、「俺たちにはほんの少しの猶予しかない。この先の試練は更に苛烈だ」と心の中で呟いた。剣先から滲む蒼光はわずかに力を失い、瘴気を打ち返す余力をわずかに残している。カイは周囲の草花が露を含んで輝く様子を見つめながら、一瞬だけ目を閉じて大きく息を吸い込んだ。静寂の中に仲間たちの息遣いが響く。彼らの存在が、カイにとって何よりの支えであることを改めて胸に刻み込む。


──ほんのひとときの休息だが、この安息があるから再び立ち上がれる。仲間と共に歩む道は遠いが、一歩一歩確実に進むのみ。

カイは再び目を開け、仲間たちを見渡しながら自らの決意を新たにした。


■   ■   ■


リリアナ視点


階段の石畳に膝をつき、リリアナは杖を膝元に立てながら、ほのかな蒼光の結界を維持している。疲労で視界がかすむが、仲間の盾となるために踏ん張る。カイの言葉を振り返りながら、静かに目を閉じた。彼女の脳裏には、かつて魔王軍によって滅ぼされた村の住人たちの顔が浮かび上がっている。あの人々の「ありがとう」という言葉が胸に深く刻まれているからこそ、リリアナはこの旅路を諦めるわけにはいかない。


「このひとときが、私たちに力を与えてくれる……」

リリアナはそっと杖を抱きしめ、詠唱を抑えていた手を緩めた。蒼光は弱まるが、リリアナはそれを気にせず、仲間たちの様子を見守る。ふと、隣で膝を抱えて座るセレスティアの祈りの声が耳に届く。それはまるで優しい子守唄のように心を癒し、リリアナ自身も安堵の笑みを浮かべた。


草むらの露に映る朝の光を見つめつつ、リリアナは静かに呼吸を整えた。次の戦いで真価を発揮するために、この短い休息がまさにかけがえのない時間なのだと実感する。やがて彼女は杖をしっかりと握り直し、仲間たちの回復を見届けると、小声で詠唱を再開し、結界の強度を僅かに引き上げた。


「聖なる光よ、私たちの身を守り、闇を浄化し給え」


その祈りの声は小さいが、静かに響き、仲間たちの心の奥に希望の火を灯す。


■   ■   ■


マギー視点


階段の片隅で膝をついたマギーは巻物を胸元に抱き寄せながら、仲間たちの回復を助けるべく呪文の最終確認をしている。呪文を詠唱するたびに魔力が消耗されるが、瘴気の封印を完全に解除した今、残る瘴気は最小限だ。マギーは緊張によって震える指を押さえつつ、次に必要となる強力な呪文を脳内で反芻しながら、仲間の背中を見守っていた。


「瘴気断裂陣も瘴気追放陣も、あとは詠唱のタイミング……でも、今は仲間を癒すことに集中しないと」

マギーの巻物に収められた呪文は、瘴気を断ち切り、闇の毒を浄化するものばかり。だが、仲間たちの命と平和を取り戻すには、まず仲間の心身が健全である必要がある。マギーは巻物を胸に抱きしめ、静かに目を閉じた。むせ返るような緊張の中で、仲間の安らかな寝顔を見つめると、マギーの心は深く安堵し、軽く息を吐いて目を開けた。


目の前でリリアナが剣鞘に手をかけ、微かに頷いた瞬間、マギーも腰を上げ、杖を抱えるリリアナの隣へ駆け寄った。二人は互いに視線を交わすと、短い時間で呪文を連携させ、仲間の回復を助けるための結界を再構築した。


「リリアナ、一緒にこの結界を強化するわ。皆が再び戦えるように助け合いましょう」

リリアナは微かに笑みを浮かべ、マギーと肩を並べて詠唱を続けた。仲間たちの疲れた身体が静かに癒され、穏やかな呼吸を取り戻す様子をマギーは見つめながら、「この瞬間も無駄にはできない」と心に誓った。


■   ■   ■


ガロン視点


階段の途中に腰を下ろしたガロンは、剣を地面に突き立てたまま目を閉じている。戦いの余韻で鼓動が早まっているが、その胸には仲間たちを守り抜いた誇りが宿っている。ガロンはゆっくりと剣を引き抜き、剣先をじっと見つめた。蒼光は弱まっているが、その輝きには未練や迷いはない。


「サボるわけにはいかない。ここで休まなければ、次の戦いで俺が仲間たちを守れなくなる」

ガロンは剣を軽く振り上げ、瘴気の痕跡を消し去るように振るうと、擦れた鎧の音が静かにホールに響いた。その音を耳にしたジークは鋭い眼差しを向け、ガロンの懸命な姿勢に短く頷いた。


ガロンは深呼吸をし、周囲を見渡して警戒を怠らないように剣を構え直した。遠くで廊下を進む足音がかすかに聞こえ、扉の向こうでは魔王本陣の奥深くから聞こえる呪詛の声がかすかに震えている。ガロンの剣先から蒼光が再び滲み始めた。彼は仲間たちを守るため、再び立ち上がる覚悟を固めた。


■   ■   ■


ジーク視点


ガロンの覚悟を見届けたジークは、短弓をそっと握り直した。瘴気は完全に浄化されたわけではなく、まだ微かに残っているが、仲間たちの回復が進んでいることを感じ取り、ジークはほっと息を吐いた。


「ガロンなら、きっと俺たちの盾になってくれる。俺はその背中を矢で支えるだけだ」

ジークは短く息を整え、周囲を見回した。凹地の周囲には、かつての戦いで折れた矢や血痕が散らばっている。ジークはそれらの痕跡をそっと踏みしめて、「一歩ずつ確実に進む」という覚悟を胸に刻み込んだ。


目の前でカイが仲間たちに視線を向けると、ジークは短く頷き、瞳に揺るぎなき決意を宿した。次の戦いでは、魔王アズラエルが相手だ。ここで倒れれば、すべてが無に帰す。ジークは短弓を肩に掛け直し、凹地の外へと目を向けた――魔王本陣の入口は、すぐそこなのだ。


■   ■   ■


セレスティア視点


廊下の闇を祈りの光で照らし続けるセレスティアは、杖を胸に抱えたまま静かに目を閉じて祈りを捧げている。彼女の祈りの声は柔らかく、階段の石に反響して優しい倍音を生み出す。仲間たちが休息を取る間も、セレスティアはその祈りを緩めることなく続けている。


「愛と慈悲の光よ、疲れた身体と心を癒し給え。暗闇の中でも希望を見失うことなく、魂を守り給え」

セレスティアの祈りが廊下を満たすと、そこに小さな暖かな風が吹き、剣や杖を抱える仲間たちに安らぎを与えた。ルレナはセレスティアの膝元に寄り添い、その手をそっと握って感謝の眼差しを向けた。


セレスティアは目を開け、杖の先から放たれる光で仲間の顔を確認した。皆の傷はまだ生々しく、次の戦いが待ち受けていることを示している。だが、セレスティアは優しい微笑みを浮かべ、仲間を鼓舞する祈りを心の中で続けた。


■   ■   ■


――カイ視点


仲間たちが短い休息を終え、再び立ち上がる準備を整えたころ、カイは剣を背に担ぎ直し、仲間たちに向かって合図を送った。リリアナは杖をしっかり握り直し、マギーは巻物を巻き直して呪文詠唱の準備を整える。ガロンは剣を握りなおし、ジークは短弓を肩に掛け、セレスティアは祈りの光を高めて仲間に力を注ぎ込む。ルレナは小さな手を握りしめながら、仲間たちの背中を見つめた。


「短い休息だったが、皆の力を取り戻せたな。これから先に待つ魔王アズラエルとの戦いは、きっとこれまで以上に過酷だ。しかし、俺たちは仲間と共に歩む限り、どんな闇も打ち破れる。行くぞ」

カイは静かに剣先を天へ向け、仲間たちはその声に呼応するように頷いた。廊下の闇が少しだけ薄れ、星明かりが差し込む中、一行は静かに歩み始めた。魔王本陣の重厚な扉は、すでに開かれており、その奥には神々しさすら漂う玉座が見え隠れしている。


小さな安息を胸に刻んだ彼らは、仲間の絆と祈りの光を頼りに、魔王アズラエルとの最終決戦へと進んでいく――。


55話終わり


お読みいただきありがとうございます。

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