54話 ベルナールの敗走
――カイ視点
夜の闇が徐々に薄れ、遠くから朝陽の兆しが漏れ始めたころ、一行は魔王本陣へ続く長い階段を上り切って小さな踊り場にたどり着いた。そこには昨夜の激闘の戦いの余韻が残り、瓦礫の山から焦げた瘴気の流れがひんやりと立ち上っている。カイは蒼光の剣ルクスを背に担ぎ、仲間たちの様子を見渡した。リリアナは杖を抱えながら深い呼吸を整え、マギーは巻物の頁を折り直して呪文の残滓を拭い去ろうとしている。ガロンは剣を大地に突き立て、ジークは短弓を腰に掛け直し、セレスティアは祈りの光を弱まらせながらも仲間を見守り続けている。ルレナはまだ身体を小さく縮めながら、カイの背中を見つめている。
「ベルナールは……確かに一度は敗れた。瘴気の柱を破壊され、危機を脱したはずだ」
カイは低く呟き、剣先から零れる蒼光を階段の先へと向けた。その先に見えるのは魔王本陣の正面玄関であり、巨大な鋼鉄の扉が瘴気をまとって立ちはだかっている。しかし、カイの視界の隅には赤黒い瘴気の渦がかすかに揺らめき、歓喜を求めるかのように浮かび上がる影が見えた。ベルナールがこの戦いを最後まで諦めるはずがないと直感した。
「仲間たちを一度遠ざけろ。ベルナールがどこかに潜んでいる気配だ」
カイは剣を握り直し、仲間たちは瞬時に警戒態勢をとった。リリアナは杖を高く掲げ、瘴気を浄化する薄蒼の結界を展開し、マギーは巻物を開いて上位呪文の構文を確認する。ガロンは剣先を揺らめかせ、ジークは短弓を構えなおし、セレスティアは祈りの声を高めた。
カイは一歩を踏み出し、ベルナールの影を追うように階段を駆け下りた。「ベルナール、逃げ場はないぞ!」と呼びかけると、狭い踊り場の奥から瘴気をまとった暗い影がすっと飛び出してきた。その姿はまるで夜の底から湧き上がった亡霊のようで、銀髪を風に揺らしながら薄笑いを浮かべている。
「ククク……お前たちがここまで辿り着くとはな。だが、この世界を救うなど幻想に過ぎん。私はこの瘴気と共にあらゆる生命を灰に変えてやる!」
ベルナールはそう叫ぶと、瘴気を凝縮して暗い刃を形成し、カイへ向かって一閃した。カイは一瞬で剣を抜き放ち、蒼光の刃先でその瘴気刃を受け止めた。火花のように瘴気が散り、周囲に暗い霧が巻き上がる。
「お前の敗北は既に決定している。もう逃げるな!」
カイは強く息を吐き、強烈な一撃を放った。蒼光の剣撃が瘴気の刃を切り裂き、ベルナールを吹き飛ばした。ベルナールは剣撃の衝撃で硬質な地面に叩きつけられ、瘴気がかき消える中、呻き声を漏らしながら立ち上がった。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイの叫びと共に、リリアナは杖を大きく振り上げ、瘴気浄化の結界をさらに強化した。ベルナールが瘴気刃を放つたびに瘴気が渦を巻くが、リリアナの蒼光が一瞬でそれを浄化し、一行の背後にいた仲間を守り続けた。
「浄化の結界……封じ込める! 瘴気の暴走を許さない!」
リリアナの詠唱が届くと、瘴気が粘液のようにまとわりつく壁面から滴り落ちるのを一瞬止め、黒い霧を引き戻すかのように光が渦を巻いた。その光景にベルナールは眉間にしわを寄せ、次の瘴気呪術を試みようと詠唱を始めたが、マギーが「瘴気縛陣」を放ち、瘴気刃を強制的に封じ込めた。リリアナは杖を高く掲げたまま、小さく頷き、カイへ振り返った。
「カイ様、今なら一撃を!」
リリアナの声を合図に、カイは一歩も怯まずにベルナールへ飛び込んだ。
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マギー視点
瘴気縛陣を展開したマギーは巻物を巻き直し、次の呪文を即座に詠唱した。瘴気を断裂しながら、ベルナールにさらなる抑制をかける必要がある。
「瘴気断裂陣、発動! ベルナールを一気に追い詰めるのよ!」
マギーの発動で瘴気が裂かれ、ベルナールは瘴気の結界を維持できずに痙攣するかのように身体を振るわせた。マギーは冷静に巻物をしまい込み、次の動きを見逃さないように視線を鋭く向けた。その目には、仲間への守護を誓う強い覚悟が宿っている。
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ガロン視点
マギーの呪文が瘴気の結界を引き裂くと同時に、ガロンは剣を剥ぎ放って突進した。ベルナールは瘴気の渦に隠れて動きを封じようとするが、ガロンは躊躇なく剣撃を放ち、瘴気を伴う鎧を真っ二つに切り裂いた。ベルナールは後退しようとするが、ガロンは追い打ちをかけるように二刀流の剣撃を繰り出し、その刃が瘴気をも消し去る。
「もう逃げるな! お前の策略はここで終わる!」
ガロンの叫び声がホールを揺るがし、ベルナールの瘴気は大きく揺らめき、そのまま崩れ落ちるかのように消え去った。ガロンは剣を腰に戻しながら、仲間へ向かって低く頷いた。
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ジーク視点
ガロンの連続攻撃がベルナールを追い詰める中、ジークは短弓を握りしめて最後の矢を放つ準備を進めていた。ベルナールが瘴気の結界を再構築しようと詠唱を始めた瞬間、ジークは矢を番え、鋭い視線で狙いを定めた。
「この一矢で、全てが終わる」
ジークは短く息を吐き、矢を放った。矢は瘴気をまといながらも真っ直ぐベルナールの心臓を貫き、その瘴気を抑え込むように吸収していく。ベルナールは驚愕の表情を浮かべ、瘴気を放つ呪文が途中で途切れた。
「なっ……なぜ、こんなにも弱い!」
ベルナールは苦痛に顔を歪め、膝から崩れ落ちた。ジークは矢を背に戻し、カイとガロン、リリアナ、マギー、セレスティアの姿を見渡した。
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セレスティア視点
ジークの放った矢がベルナールの瘴気を貫いた瞬間、セレスティアは深く息を吸い込み、祈りの光を解き放った。その光はホール全体を包み込み、瘴気の残滓を完全に浄化するかのように広がっていった。
「愛と慈悲の光よ、ベルナールの魂を癒し、闇の呪縛から救い給え。仲間たちの勝利を祝福し給え」
セレスティアの祈りが静かに響き渡ると、ホールは純白の光に包まれ、瘴気の痕跡は跡形もなく消えていった。仲間たちはその光に目を細めながら、深い安堵とともに笑みを浮かべ始める。
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――カイ視点
ベルナールが膝から崩れ落ち、瘴気が完全に浄化されたかのように消え去った後、カイは剣を腰に納め、仲間たちを見渡した。リリアナは杖を抱えて涙ぐみながら微笑み、マギーは巻物を丁寧にしまい込んでいる。ガロンは剣先から蒼光を弱めながらも仲間を見守り、ジークは短弓を背に掛け直し、セレスティアは最後の祈りの光を解き放っている。ルレナは小さな拍手をして、涙を浮かべながら仲間たちを見つめている。
「これでベルナールの策略は完全に崩れ去った。お前の力は確かに脅威だったが、仲間と共に戦うことで克服できた。次はあの腐敗した瘴気の源――魔王アズラエルとの戦いが待っている。だが、俺たちはもう恐れない。仲間の絆と光があれば、どんな闇も滅ぼせる」
カイは深く息を吐き、剣を握る手を軽く握りしめた。その姿を見た仲間たちは揃って頷き、剣や杖を抱き直し、魔王本陣へと続く階段を一歩ずつ上り始めた。夜明けの光がホールの奥に差し込み、その光がまるで新たな始まりを告げるように廃墟の石壁に反射している。
こうして、「ベルナールの敗走」の章は、ベルナールを完全に打ち破り、瘴気の呪縛を浄化した後、魔王アズラエルとの最終決戦へと続く階段を上る一行の姿で幕を閉じた。仲間たちの心には、互いを信じ合う揺るぎなき光が刻まれ、どんな闇が立ちはだかっても決して折れない意志となり続ける――。
54話終わり




