53話 ルクスの代償
――カイ視点
薄暗い夜の闇が前庭を覆う中、カイは胸元に突き刺さるような痛みを感じながら立ち尽くしていた。目の前には、昨夜の決戦で斃れた敵の亡骸が散乱し、地面には瘴気の影が深く刻まれている。仲間たちはそれぞれ傷を負いながらも立っているが、カイの内に巣くう不安は消えない。ルクスの拳ほどの大きさの魔剣は、今も剣鞘の中で微かに闇を揺らし続けている。
「これで――最後の一撃ができる。だが、その代償は……」
カイは剣を握りしめ、剣先から零れる蒼光を見つめた。ルクスは契約を結んだ瞬間から、カイの魂の一部を少しずつ求め続けていた。これまでは仲間の助力を得ながらギリギリで耐えてきたが、ベルナールの瘴気呪術を粉砕するためには、より大きな力が必要だった。瘴気の暴走を抑えるには、ルクスの真の力を解放しなければならない。
カイは仲間たちの顔を見回した。
リリアナは杖を胸に抱えつつ、あふれる涙をこらえながらも力を振り絞っていた。マギーは巻物を緊張した手つきで握りしめ、瘴気呪術の残滓を完全に断つための呪文の最終確認をしている。ガロンは剣を地面に突き立てて額に手を当て、深い息を整えながらカイを見つめている。ジークは剣を腰に収めて短弓を肩に掛けたまま、緑青色の瞳でじっとカイを見つめ、必要であれば援護できるよう覚悟している。セレスティアは杖を胸に抱えてひざまずき、小さな祈りを捧げ続けている。ルレナはまだ幼い体でカイの足元に寄り添い、震える声で励ましの言葉をかけようとしている。
「俺は……お前たちを守りたい。だから、この剣を使う。どんな代償を払っても」
カイは剣先を地面から引き抜き、ルクスを抜き放した。漆黒の刃は夜の闇を吸い込み、怪しげな紅い紋様がほのかに光る。魔剣ルクスは低いような声で囁いた。
「お前の魂を捧げろ……俺の本当の力を示すために」
カイの心に重い寒気が走る。これまでルクスは必要に応じて力を貸してきたが、その都度、カイの疲労や痛みを伴いながら、わずかずつ魂を喰らってきた。今夜、完全にその代償を払うべきタイミングが訪れたのだ。カイは剣を握る手に全身の力を込めながら、ゆっくりと剣を掲げた。
「わかった、ルクス。お前の力を借りる。ただし、お前に喰われる魂は、俺の全てではない。俺はこの世界に生きる決意を放棄しない」
カイは深く息を吐くと、自らの意志を剣に託すように力を込めた。魔剣ルクスは鋭い嘲笑を漏らすかのように笑みを浮かべ、刃先の紅い紋様が一瞬だけ猛々しく輝いた。瘴気の残滓がカイの周囲で渦巻き始め、その中心で魔剣から闇の波動が放たれた。
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リリアナ視点
カイが魔剣ルクスを掲げた瞬間、リリアナは杖を振り上げ、渾身の詠唱を始めた。蒼光が剣先から流れ出し、瘴気が暴走しそうになるのを必死で抑え込む。リリアナの瞳は涙で潤み、背後では仲間たちの悲痛な表情が浮かんでいた。
「頼む……カイ様、その命を光で守って。私はあなたを見捨てない!」
リリアナの声に応えるかのように、蒼光と紅い紋様が激しくぶつかり合い、瘴気の渦が渦巻く。リリアナは杖を振るい、浄化の光をカイの背後から包み込む。
「浄化の結界、展開! カイ様の魂を蝕む闇を祓い給え!」
リリアナの詠唱が高まるたびに、瘴気が凍りつくかのように固まり、蒼光の波動が闇の破片を包み込んでいく。リリアナはその光の濁りを押し返すように祈りを込め、杖を天に掲げた。
彼女の祈りの声は静かだが、揺るぎのない覚悟を秘めていた。リリアナ自身の命を削るかのように魔力を注ぎ続け、カイの背中に寄り添うように光の結界を維持し続ける。
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マギー視点
リリアナの結界が瘴気を抑え込む一方、マギーは巻物を開き、瘴気断裂陣の発動準備を終えた。その結界は魔剣ルクスの放つ闇の波動を切り裂き、瘴気の奔流を引き裂くためのものである。マギーは呪文を詠唱しながら、目の前で激しく交わる蒼光と闇の波動を見つめた。
「瘴気断裂陣、集中! 瘴気の奔流を引き裂き、カイ様の魂を守れ!」
マギーの詠唱によって、地面に配された符号がほのかに光り、瘴気の柱が一瞬だけ崩れ落ちる。同時に、リリアナの結界が兆す蒼光と共鳴し、瘴気を凍らせるように硬直させた。マギーは巻物を胸に抱え、次の呪文への準備を進めながらも、不意の攻撃を警戒して仲間たちを見渡す。
瘴気を割り裂いた隙に、ジークが短弓を引き絞り、魔術師の痕跡を探して次の標的を狙っている。ガロンは剣を構えながら、瘴気の影に潜む魔獣の気配を探り、セレスティアは祈りの光を強めて仲間たちの心身を癒し続けている。
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ガロン視点
瘴気の破片が消え去り始める中、ガロンは剣を構えなおし、カイへ向かって力強く叫んだ。
「カイ、速くその闇を斬り払え!」
ガロンの声は戦場を切り裂くように響き渡り、瘴気の渦が一瞬だけ揺らめいた。カイに近づくと、ガロンは剣を激しく振りかざし、魔剣ルクスの刃を受け止める闇の波動を仮止めして隙を生じさせた。その瞬間にジークが矢を放ち、瘴気魔術師を狙い撃ちした。
ガロンは闇の塊を斬り裂くように剣を振るい、蒼光の刃先が瘴気を切り裂いていく。その光景を見たカイは、意を決して剣を振り下ろし、ルクスの刃に乗せた魂の力と仲間たちの祈りを一つにして渾身の一撃を放った。
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ジーク視点
ガロンとカイの攻撃が奇襲を仕掛ける中、ジークは短弓を肩に掛け、次の標的を探して矢を番えた。暗闇の中、瘴気魔術師が再び立ち上がり、瘴気を集めて巨大な影を形成しようとしている。ジークは冷静に狙いを定め、「守るべき背中を守る」と心の中で誓いながら矢を放った。その矢は瘴気をまといつつも、魔術師の胸を貫き、瘴気の塊を崩した。
「仲間を守るためなら、この矢は何度でも放つ」
ジークは低く呟き、再び矢をつがえた。彼の支援により、ガロンとカイはより安定して魔剣ルクスと瘴気の波動を相殺することができた。
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セレスティア視点
ガロンとジークの連携攻撃を見守りながら、セレスティアは杖を胸に抱えたまま祈りを捧げ続けていた。
「愛と慈悲の光よ、今こそ魂の闇を浄化し給え。カイと仲間たちの心に揺るぎなき光を与え給え」
祈りの声が小さくホールに響き渡り、杖先から放たれた光が瘴気の影を包み込み、仲間たちの闇を和らげる。セレスティアの祈りの光はリリアナとマギーの結界と共鳴し、最後の瘴気の残滓を一掃しつつあった。
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――カイ視点
カイの剣撃が瘴気の闇を引き裂くと、魔城ホールの天井から黒雲のように垂れ下がっていた瘴気の柱が一瞬で消え去り、ホールは漆黒の静寂に包まれた。古代文字の刻まれた石壁は蒼光に照らされ、まるで新たな神殿のように輝きを取り戻している。カイは剣を鞘に納め、仲間たちを見渡した。彼らの顔には疲労と安堵が混ざり合い、その瞳には揺るぎなき決意が宿っていた。
「ルクス……お前の代償は大きかったかもしれないが、俺たちは生き延びた。仲間と共に歩み続ける限り、どんな闇も打ち払える」
カイは剣を握り直し、その場に立つ仲間たちと共に微笑んだ。リリアナは杖を抱えながら微かに息を整え、マギーは巻物を大切に閉じる。ガロンは剣先を天へ掲げ、ジークは短弓を背に掛け直し、セレスティアは祈りを終えた表情で微笑む。ルレナはまだ幼い体で仲間の背中を見つめ、胸の中で新たな希望を抱いている。
「これでベルナールの策略は完全に打ち破った。残るは魔王アズラエルとの最終決戦だ。仲間と共に、この先の階段を上ろう。あの者に終止符を打つために――」
カイの言葉が仲間たちの胸に響き渡り、彼らは静かに頷いた。扉の向こうに待つ魔王本陣への階段は、やがて彼らを最終決戦へと導く。仲間の絆と祈りの光は、この先に立ちはだかるどんな闇にも負けることはない――。
53話終わり




