表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/100

5話「再会の光と影」



夜明け前の薄明かりの中、ヴァルトは静かに荒野を歩いていた。

肩に刻まれた傷は疼くが、その痛みは彼にとって、血塗られた戦いの証でもあった。

双剣を背に、彼は廃墟を抜けると、冷たい空気の中で立ち止まる。


(俺は、また一歩進んだ。だが……まだ終わりではない。)


戦いの熱が冷めたばかりの身体を、冷たい風が撫でる。

深紅の瞳が見据える先に、光と影が入り混じる神殿跡があった。

崩れかけた石柱が並ぶその場所は、かつて信仰の光が満ちていた場所だという。


ヴァルトは静かに息を吐くと、その足を踏み入れる。

瓦礫の間に立つ朽ちた像は、沈黙の中で祈りを捧げているかのように見えた。


(ここで……もう一度、あの光に触れたい。)


荒野の旅の中で、彼を支えた仲間の声。

セレスティアの祈りの言葉。

すべてを胸に刻み、ヴァルトは剣を握り直す。


その時――静かな空気を切り裂くように、柔らかな足音が響いた。

石柱の影から姿を現したのは、栗色の髪を陽に輝かせる男――リオンだった。

おおらかな笑みを浮かべるその顔は、かつての戦友の面影そのものだった。


「……ヴァルト!」

リオンの声に、ヴァルトの胸が強く打たれる。


「お前……無事だったのか。」

ヴァルトの言葉はかすれていた。

リオンは朗らかに笑い、拳を軽く叩きつける仕草を見せた。


「ああ。お前と同じだ、俺もまだ倒れちゃいないさ。」


その笑顔が、戦場で散った仲間の幻影を振り払う。

だが同時に、ヴァルトの胸には鋭い痛みが走った。

仲間を失った喪失感と、リオンの姿が重なるように蘇る記憶。


「……お前が生きていてくれて、良かった。」

低く、だが確かな言葉を絞り出すと、リオンは目を細めて笑った。


「お前も……ずいぶん険しい顔をするようになったな。」

冗談めかすその声に、ヴァルトもわずかに口元を緩める。


だが、二人の間に漂う空気は重かった。

笑顔の奥に、リオンもまた多くのものを背負っていると、ヴァルトには分かった。


「……お前は、何を求めてここに来た。」

ヴァルトの問いに、リオンは真剣な眼差しを向ける。


「俺は……お前と同じだよ。奪われたものを、取り戻すためにここに来た。」

その言葉は力強く、神殿跡に響いた。


ヴァルトはリオンの瞳を見つめる。

そこにはかつての仲間と同じ、決して揺るがぬ光があった。


「……お前もまた、運命に抗う者だな。」


「当たり前だろ?」

リオンは肩をすくめるように笑い、拳を握る。

「運命なんて、俺たちの手で変えてやるさ。」


その声は、灰色の空に確かに響いた。

ヴァルトの胸にあった迷いが、少しだけ溶けていく。


「リオン……共に戦ってくれるか。」

「もちろんだ。」

即答する声に、ヴァルトは深く息を吐いた。


かつて交わした誓いが、再び蘇る。

どれだけの血と痛みがこの道にあろうと、もう一度仲間と共に戦える――その事実が、剣を握る力になる。


「……お前となら、俺は恐れない。」

ヴァルトの言葉に、リオンは力強く頷いた。


「よし……じゃあまずは、その顔を見せろ。」

リオンは冗談めかした声でヴァルトの肩を叩く。

「俺の知ってるヴァルトは……こんな顔じゃなかったはずだ。」


その言葉に、ヴァルトはわずかに笑みを見せる。

血と灰にまみれた旅路の中で、その笑顔は確かに光を灯した。


――こうして、再会の光がヴァルトの胸に深く刻まれた。






神殿跡に残る静けさは、リオンの笑顔と共に穏やかな空気に変わっていった。

灰色の空はまだ曇っているが、ヴァルトの胸には小さな光が確かに灯っていた。


「リオン、お前は……俺のことをどう思っている?」

ふいに問うと、リオンは少し目を丸くしてから笑った。


「どうって……俺はお前の友だ。昔も今も変わらない。」

その言葉はまるで、長い旅路を越えて届いた確かな答えのようだった。


ヴァルトは小さく頷き、剣の柄を握り直す。

「……すまない。お前と向き合うことを、怖れていた。」


「はは、俺も同じさ。俺たちはどこかで……自分を許せてなかったんだろうな。」

リオンの言葉に、ヴァルトは目を伏せる。

二人の間には、血と涙で紡がれた過去がある。

だがそれでも――お互いに背を預けられるのは変わらない。


「それでも……今は違う。」

ヴァルトは顔を上げると、真剣な眼差しでリオンを見つめる。

「お前となら……俺は戦える。」


「そうだろ? それでいいんだ。」

リオンはにっと笑い、拳を軽く打ち付けた。

「さあ……立て。まだやることは山ほどある。」


二人は肩を並べて、神殿跡を歩き出した。

崩れた石畳を踏みしめるたび、瓦礫の隙間から小さな花が咲いているのが見えた。

その儚い命の光景が、胸に希望を呼び起こす。


やがて神殿の奥へ進むと、薄暗い空間に聖女の像が佇んでいた。

その像は傷だらけで、半ば崩れていたが、それでも慈悲深い微笑を浮かべているように見えた。


「……ここは、セレスティアの居場所でもあるのか。」

リオンの呟きに、ヴァルトは小さく頷く。

「彼女は……俺の剣を信じてくれている。あの微笑みが、どれほど俺を支えているか……。」


「わかるさ。あの瞳は、誰よりも優しい。」

リオンの言葉は、柔らかく響いた。

そしてその瞳に、どこか羨望のような色が宿るのをヴァルトは見逃さなかった。


「……リオン。」

「なんだ?」

「お前も……誰かを想う気持ちがあるのか。」

問うと、リオンは苦笑し、手を後ろに組むようにして顔を逸らした。


「……今は、それどころじゃないさ。だが……あいつに救われたのは、きっとお前だけじゃない。」


ヴァルトは言葉を失い、目を伏せる。

セレスティアの瞳に映る自分――それは罪深い剣士ではなく、希望を託すに足る者でありたい。


「お前と、彼女がいれば……俺は迷わずに進める。」

静かに言うと、リオンは深く頷いた。

「なら、その道を一緒に歩こう。どんな地獄でも……二人ならきっと乗り越えられる。」


その時、神殿の奥で微かな光が揺れた。

二人は顔を見合わせ、ゆっくりと歩を進める。

そこにあったのは、古の祈りを刻む祭壇だった。


「ここに……何かあるのか?」

リオンが目を凝らすと、祭壇の中央に一冊の古びた書物が置かれていた。

ページはぼろぼろに破れ、血のような染みが滲んでいる。


「……これは……。」

ヴァルトはそっと手を伸ばし、書物を開いた。

その瞬間、古の言葉が脳裏に響く。

まるで世界の深層が、彼に語りかけてくるようだった。


(……運命を切り裂く者。血に塗れし剣の主。)


耳鳴りが響き、意識が遠のきかける。

だが隣にいるリオンの声が、ヴァルトを現実に引き戻した。


「ヴァルト!」

ハッと目を開け、書物を閉じる。

冷たい汗が額を伝うが、胸の奥に微かな確信が生まれていた。


「……この書には、何かが刻まれている。運命を超えるための鍵が。」

「お前は……その全てを背負う気か。」

リオンの問いに、ヴァルトは静かに頷いた。

「俺は……この剣に全てを懸けると決めた。あの日、仲間を失った瞬間から。」


その言葉に、リオンは静かに拳を握る。

「なら……俺もお前の背を預ける。ヴァルト、お前の道を共に歩む。」


二人は目を合わせ、互いに微かに笑った。

廃墟の冷たい空気の中で、その笑顔は確かに温かかった。


――夜明けが、少しずつ近づいていた。

遠い空に、かすかな光の兆しが滲み始めている。

血塗られた双剣と、信じ合う仲間。

そして、聖女の微笑みが胸に灯る。


ヴァルトはその全てを力に変え、再び歩みを進める。

次に待つ運命を超えるために。


お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!

他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです

https://mypage.syosetu.com/2892099/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ