49話 魔剣の囁き
――カイ視点
薄曇りの朝霧が町を包み込む中、カイは剣を背に担ぎ、緊張に満ちた空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。昨夜、仲間と共に奪われた村を奪還し、蒼月の村で得た温もりを胸に刻んでから、再び旅団は魔王本陣へと続く道の途中にある中規模の交易都市・エドランドに到着した。ここは瘴気の中心地からやや遠いため、商人や旅人が頻繁に行き交い、情報も流通する要衝とされている。しかし、今は魔王軍の影響で物資の流通が滞り、瘴気に怯えた市民が避難している最中だ。
カイは剣先からわずかに蒼光を滲ませ、周囲を警戒しながら仲間を見回した。リリアナは杖先から柔らかな光を放ち、瘴気の濃度を探りつつ一歩前に出ている。マギーは巻物を胸に抱えながら、廃屋の入り口で次の呪文構成を考えている。ガロンは剣を肩に担ぎ、町の入り口に張り付く魔獣の気配を探している。ジークは短弓を背に掛け、路地裏からの不意打ちに備えている。セレスティアは杖を抱え、仲間に癒しの光と祈りを注ぎつつ、そのまなざしをカイに向けていた。
「ここを通過すれば、魔王本陣へ続く最短ルートに出る。ベルナールの手の者がここに潜んでいるという噂もあるが、俺たちは恐れずに進まなければならない」
カイは静かに呟き、その声に仲間たちは頷いて応えた。かつて混乱を引き起こしたベルナールは、魔王軍の尖兵として暗躍し、各地で瘴気を操って仲間たちを追い詰めた。カイ自身も、ベルナールの策略によって村を失った苦い経験を抱えている。だが、今は仲間たちと共にベルナールの陰謀を打ち砕き、魔王本陣へ迫る覚悟を胸にしていた。
一行が街道を進むと、商店街の賑わいは影を潜め、所々の看板が斜めに傾き、廃墟のような雰囲気を醸し出している。瘴気の影響でかつての活気は消え、銅像の周りに巡らされた結界がわずかに光り輝いているだけだった。市井の人々はすでに避難を完了し、今は兵士や取り残された者たちが掃討作戦を支援している。
「左手の古い酒場跡に、瘴気の瘴獣が潜んでいるとの情報を得た。ガロン、そちらの確認を頼む」
マギーが呟くと、ガロンは剣先を閃かせながら酒場跡へと滑り込んだ。リリアナは杖を振りかざし、瘴気浄化の結界を拡大する。ジークは影のように細身の体を使って路地裏を縫うように進み、セレスティアは薄紅色の祈りの光を仲間に注ぎ込む。
町の中央広場に差し掛かった瞬間、カイは目の前に揺れる闇の瘴気を察した。それは瘴獣の仕業ではなく、瘴気を操る黒い影――ベルナールの姿が浮かび上がった。黒いマントが風にたなびき、銀髪が朝靄に溶け込む中、彼は深く笑いながらカイへ向かって歩み寄る。
「よく来たな、カイ。お前たちの行く手を邪魔してやろうと思っていたところだ」
ベルナールの声は冷たく、瘴気の気配がふっと強まった。リリアナが杖を掲げて瘴気の結界を張り、その光が鋭くベルナールの背後に投じられるが、ベルナールはかすかに舌打ちをして呪文を詠唱し始めた。瘴気が歪むように渦を巻き、周囲の石畳がひび割れる。
「お前の“真の正体”を暴いてやる、と言ったではないか。ここで明かさせてもらおう」
ベルナールは呪文を唱えながら、瘴気を刃のように鋭く形作り、地面の枯木から瘴気の鞭を生み出した。その鞭は一閃でリリアナの結界を切り裂き、リリアナは僅かに後退して杖を再構えた。
■ ■ ■
リリアナ視点
突然のベルナールの襲来に、リリアナは杖を強く握り締めた。瘴気の鞭が結界を切り裂いた瞬間、瘴気が渦巻きながら彼女の足元へと迫る。リリアナは焦ることなく杖を振り上げ、浄化の呪文を詠唱した。
「瘴気浄化――結界展開!!」
杖先から放たれた蒼光が瘴気を切り裂き、地面にひび割れた瘴気の結界を弱めた。その光が仲間たちの背後を包み込み、マギーが唱える瘴気縛陣と瘴気追放陣の呪文と共に、瘴気を徐々に封じ込める。だが、ベルナールは腕を掲げ、瘴気を凝縮させながら迫り来る。
「お前の正体は……“異世界からの刺客”。真の力を隠しながら、この世界をかき回す亡霊の如き存在よ」
ベルナールは冷たく呟き、瘴気の影響で色褪せた剣を手に取り、カイへ向かって突進した。リリアナはただちにカイを庇うように杖から強力な結界を放ち、その光がカイを包み込んで盾となった。
カイは剣を抜き放ち、ルクスの刃先から迸る蒼光を前方へと向けた。蒼光の刃が瘴気の影を貫き、ベルナールの瘴気を斬り裂く。だが、ベルナールは黒い瘴気をまといながら「その刃も、この瘴気の前には無力だ」と嘲笑する。リリアナは焦ることなく杖を振りかざし、再び浄化の結界を展開するが、ベルナールは瘴気の廃兵を次々と呼び寄せ、周囲を包囲し始めた。
■ ■ ■
マギー視点
リリアナが浄化の結界を展開し続ける中、マギーは巻物を取り出し、「瘴気断裂陣」を詠唱して瘴気の奔流を引き裂く準備を進めていた。だが、ベルナールが放つ瘴気の量は常軌を逸しており、結界を突破しかけている。マギーは焦る心を抑えつつ、冷静に次の呪文を思い浮かべた。
「瘴気断裂陣、発動!」
マギーは巻物から光の符号を放ち、瘴気を切り裂く結界を形成。その光が瘴気の奔流を裂き、大地に落ちる瘴気の結実を粉砕するかのように衝撃波を起こした。その瞬間、瘴気の結界の一部が崩れ去り、仲間たちは呼吸を整える余裕を得た。マギーは次の呪文構成を頭の中で再構築しながら、リリアナの結界と協調して瘴気を追い払うように修正を加えた。
「リリアナ、今よ! 一気に浄化の結界を張り直して!」
マギーは大声で叫び、リリアナはすぐに杖を高く掲げて詠唱を加速した。蒼光の結界は一層強固になり、ベルナールの瘴気を再び押し返し始める。しかし、その隙にベルナールは一瞬のスキを裂いてカイへと向かって奇襲を仕掛けた。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣を肩に担ぎながら、ベルナールとカイの一騎打ちを見据えていた。リリアナとマギーの結界が揺らぐ間に、ベルナールはカイの背後を狙って飛び込もうとしている。ガロンはその動きを見逃さず、剣を引き抜きながら想いを込めて叫んだ。
「カイを庇う!」
ガロンは剣先をカイの刃先とほぼ同時にベルナールの動線へ重ね、瘴気の影を断ち切った。その衝撃でガロンの剣先から蒼光が迸り、ベルナールの瘴気が再び露わになった。ガロンは剣を強く握り締めながら、ベルナールの不意を突いて一閃を浴びせた。ベルナールは鎧を黒く染めた瘴気ごと吹き飛ばされ、地面に崩れ落ちた。
■ ■ ■
ジーク視点
ガロンがベルナールの奇襲を食い止めた直後、ジークは素早く矢をつがえた。瘴気の渦が再形成される中、魔獣や瘴気呪術師たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。ジークは落ち着いた動作で矢を放ち、狙いを定めて敵の魔獣たちを仕留めていく。
「仲間たちを守るためなら、俺はこの矢でどんな敵でも仕留める」
ジークは低く呟き、次々と矢を放った。その矢は瘴気を帯びた魔獣の心臓を貫き、瘴気の奔流を弱める効果を生んだ。ジークの支援によって、仲間はより安定して戦える状況を作り出している。
■ ■ ■
セレスティア視点
リリアナ、マギー、ガロン、ジークの連携が生み出す浄化の場の中で、セレスティアは杖を胸に抱え、静かに祈りの光を輝かせ続けた。その光は仲間たちの心を支え、瘴気呪術師の呪詛の矢を受け止めるように揺らめいている。セレスティアは目を閉じながら、仲間たちに伝わるように祈りを口にした。
「愛と慈悲の光よ、我らを包み込み、瘴気を浄化し給え。闇の刃が肉を貫くことなく、霊を傷つけることなく、皆を救い給え」
祈りの声が静かに響き渡り、杖先から放たれた光が仲間たちを包み込む。その光はリリアナの結界、マギーの呪文、ガロンの剣撃、ジークの矢と重なり合い、最後の防波堤となってベルナールの瘴気を一掃しようとしている。
■ ■ ■
――カイ視点
ベルナールがガロンの剣撃で地に伏し、瘴気が消え去った瞬間、カイは剣を腰に納め、静かにベルナールの姿を見下ろした。ベルナールは薄汚れた瘴気を尾引きながらゆっくりと起き上がり、顔をカイへと向けた。その瞳には驚きと憎悪、そしてわずかな敬意が交錯している。
「……お前たちが結束し、その光で俺を打ち破るとは思わなかった。だが、そろそろ引き下がるとしよう。魔王本陣はまだ遠い。この先にもお前たちの正体を暴く機会を用意しておく」
ベルナールは淡く笑い、瘴気の痕跡を最後に一振りで払うように手を振ってから、一瞬のうちに背後の影へと消え去った。その背中を見送った後、カイは仲間たちを振り返り、優しい微笑みを浮かべた。
「皆、よくやった。ベルナールの陰謀を打ち破り、この町を守った。だが、魔王本陣への道はまだまだ続く。お前たちと共に、この先の試練を乗り越えていこう」
仲間たちは深呼吸をしながら頷き、剣や杖、弓を握り直した。リリアナは杖を高く掲げ、マギーは巻物を胸に抱え直し、ガロンは剣をふるい直し、ジークは矢を改めて番え、セレスティアは杖をかかげて祈りの光を放ち続けた。ルレナは小さな体で仲間の背中を追い、心の中で新たな決意を抱いていた。
これからも魔王軍の脅威が襲いかかるだろうが、彼らの絆と祈りの光は、どんな闇にも屈しない――。
49話終わり
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!
他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです
https://mypage.syosetu.com/2892099/




