47話 盗賊ジークの帰還
ジーク視点
薄曇りの朝、蒼月の村を見下ろす小高い丘の上で、ジークは短弓を肩に掛けて一息ついていた。昨夜はロハンの命を共に救い、村人たちと触れ合う中で感じた温もりが心に染み渡り、眠れぬまま夜明けを迎えた。目の前には、村の屋根瓦が朝靄に霞み、家々の窓から煙が立ち上がっている。瘴気の影は徐々に消え去り、静かな祝福のように穏やかな空気が村を包み込んでいる。ジークは剣を握る友や仲間たちを思い浮かべながら、自らの道を振り返っていた。
「あの日、俺は盗賊だった。大切なものもなく、ただ金のために人を襲っていた」
ジークは低く呟き、指先で短弓の柄を撫でる。かつての自分を思い出すと、心には苦い痛みが蘇る。逃げた先で出会ったカイや仲間たちが、俺を救い、共に剣を握る誇りを与えてくれた。盗賊だった自分に戻ろうなどと思ったことは一度もなかったが、昨夜の出来事を経て、本当に「帰還」すべき故郷へと向かいたいという思いが胸に強く湧き上がっていた。
「蒼月の村も魔王軍の恐怖から解放された。だが、俺が帰るべき場所も魔獣や瘴気に襲われ、人々が苦しんでいるかもしれない。帰らなければ……」
ジークは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を整えた。背後ではリリアナやマギー、ガロン、セレスティアが準備を整え、カイが剣を腰に収めた。その姿はみな、自分の大切な場所を思い、それぞれの覚悟を胸に秘めているように見えた。ジークは短弓を手にし、丘を下って蒼月の村を後にした。村の外れには小さな馬車が一台だけ残り、荷物を積み込んでいる。村人たちが安全を祝う声を上げる中、ジークは足を止め、深い目線で見つめた。
「蒼月の村で過ごした日々……ここで人々の笑顔を見て、心が満たされる気がした。けれど、俺の本当の居場所はあの小さな集落だ。俺を育ててくれたあの仲間たちが待っている」
ジークは馬車の手綱を軽く握り、視線を小道へ向けた。そこには、かつて自分が盗賊の仲間と行き交った荒れ果てた集落へと続く、長く曲がりくねった道が伸びている。空気は冷たく、道端の雑草は瘴気の残滓でひときわわずかに青白く光っている。ジークは軽く馬車を動かし、再び旅立つ決意を固めた。
「頼む……穏やかな日々を取り戻したい。あの頃の自分を許し、新しい未来を掴むんだ」
ジークは短弓を背に掛け、馬車を発進させた。踏みしめられる砂利道からは、僅かながらも乾いた土の匂いが立ち上り、胸の奥に懐かしさがこみ上げる。しかし、その懐かしさは今や強い決意となり、仲間と共に歩む未来を照らす光となっていた。
■ ■ ■
マギー視点
ジークが馬車に乗り込むのを見届けたマギーは、巻物を胸に抱えたまま静かに見送った。昨夜から続く戦いと癒しの時間を経て、仲間たちはそれぞれの想いを胸に抱いて今、散り散りに歩み出している。マギーは眼鏡を押し上げ、薄曇りの空を見上げた。空の色は蒼みを帯びながらも次第に明るさを増し、穏やかな微笑みを見せている。
「ジーク、気をつけて。あの集落は瘴気が濃く、魔獣の気配も感じる場所……でもきっと、あの場所に救世主として迎えられるはず」
マギーは巻物に手を当て、心の中で仲間の無事を祈った。次に向かうのは魔王本陣への最短ルートに位置する廃砦だ。硝煙の匂いがするその場所で、再び魔王軍との死闘が待ち受けている。マギーは呪文を詠唱するイメージを頭に描きつつ、仲間がそれぞれの道を歩むことが、旅の終焉を近づけると信じて顔を上げた。
「次に私たちが会うのは、きっと平和な日々だと信じてる」
マギーは巻物をたたみ、呪文の詠唱準備を終えると、風を切る列車のように仲間たちの背中を見つめた。
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リリアナ視点
ジークを見送った後、リリアナは杖を両手で抱え、草原に咲く小さな花を見つめた。飢えと恐怖に苛まれた少女・ルレナを救ったこの村で、リリアナ自身も人として大きく成長した。カイの背中を追いかけながら、自分の魔力を磨き、村人たちに安心をもたらせた瞬間が心に焼きついている。リリアナは小さく息をつき、杖先から蒼光を放つと、周囲の瘴気を浄化しながら足を踏み出した。
「ルレナが元気に笑っていた……あの笑顔のためにも、魔王本陣へ向かう必要がある。どんな困難が待っていようとも、私は諦めない」
リリアナは目を閉じ、深く呼吸を整えた。新たな戦いはもうすぐそこに迫っているが、自分が持つ命の光は仲間の祈りと共に燃え続けている。リリアナは杖を高く掲げ、蒼光の紋章を地面に刻んで村の安全を誓った後、仲間たちと歩む道へと足を踏み出した。
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ガロン視点
リリアナの祈りを見届けたガロンは、剣を肩に担ぎながら静かに頷いた。人を守りたいという覚悟が、仲間たちの心を強く結びつけている。ガロン自身は腕っ節こそ強いが、仲間の祈りと支えがなければここまで来ることはできなかった。
「村の人々が苦しめられたことは許せない。だが、俺たちがこの世界を救う目的は変わらない。次の戦いでどれほど熾烈な死闘が待ち受けていようと、俺は仲間の盾となる」
ガロンは静かに拳を握りしめ、剣を軽く振った。その刃先から蒼光がほのかに迸り、遠くの丘越しに見える廃砦の影へと照準を合わせた。
「よし、出発だ」
ガロンは剣を腰に納め、仲間たちと共に再び魔王本陣へ向かう旅路を歩き出した。
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セレスティア視点
ジークを見送り、リリアナとガロンの足取りを見守りながら、セレスティアは杖を胸に抱えたまま深い祈りを捧げていた。空にはひつじ雲が浮かび、光は柔らかく村全体を包んでいる。
「愛と慈悲の光よ、ジークの帰還を祝福し給え。悪しき瘴気を消し去り、彼の故郷に再び笑顔をもたらし給え」
セレスティアの詠唱に呼応するかのように、杖先からは温かな光の輪が広がり、村に残る瘴気を祓いながら柔らかな風を呼び込んでいく。その風は、ロハンやルレナ、村の人々の頬を撫で、穏やかな希望を届けている。
「皆の祈りが一つになれば、どんな闇も打ち払える。友情の絆を胸に、私たちはどこまでも進むだろう」
セレスティアは目を閉じ、仲間たちを優しく見守り続けた。
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――カイ視点
ジークが坂道を下りていく後ろ姿を見送った後、カイは剣を握り直し、仲間たちを見守る丘の上に立っていた。村は平穏を取り戻しつつあり、かつて魔王軍の影に怯えていた人々は再び笑顔で日常を取り戻そうとしている。その光景を胸に焼き付けたカイは、深い呼吸をしながら仲間へ向かって声をかけた。
「ジーク、無事を祈る。お前の帰還が、この世界の未来を照らす灯火だ。俺たちはすぐに出発する。魔王本陣への最終決戦が間近に迫っている」
その言葉を合図に、一行は丘を後にし、ドラマチックな夕暮れが広がる大地へと歩き始めた。剣先から放たれる蒼光は夕陽に溶け込みながらも、夜に迫る闇をけちらす希望の光となっている。
こうして、「盗賊ジークの帰還」の章は、ジークが故郷へ帰る決意を胸に秘め、仲間たちと共に新たな試練へと歩み出す姿を描いて幕を閉じた。友情と絆を胸に刻んだ彼らの旅は、世界を救うための最終決戦へと続いていく――。
47話終わり
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