46話 奪われた村
――カイ視点
朝霧の向こうに小さな村が見えた。土で固められた土壁の家屋がぽつぽつと立ち並び、屋根は萱葺きや木板が朽ちかけている。かつては人々の笑い声が響いていたはずのこの村は、瘴気に染まった痕跡が生々しく残り、無人の廃墟と化していた。カイは剣を背に担ぎ直しながら、深い息をついた。
「ここが……奪われた村か」
カイは静かに呟き、剣先から放たれる蒼光をゆっくりと村の隅々に投じた。その光は瘴気を少しずつ浄化しながら、周囲に漂う不穏な気配を浮かび上がらせる。瓦礫の中には倒れた家財や壊れた農具、人々が急いで逃げ出したであろう痕跡が散乱している。カイはその光景を見つめながら、剣を握る手に少しだけ力を込めた。
「魔族の襲撃か……誰も助けを呼べなかったのかもしれない。だが、このままにはできない」
カイは剣を抜き、仲間たちを振り返った。リリアナは杖を高く掲げて瘴気を浄化し続け、マギーは巻物を取り出して呪文の詠唱を待機している。ガロンは剣を構えたまま村の入り口を睨み、ジークは短弓を手に構えて警戒を怠らない。セレスティアは杖を胸に抱え、仲間たちに祈りの光を注ぎながら、その顔には覚悟と憐れみが同時に宿っていた。ルレナはまだ小さな身体に怯えた表情が残っているが、仲間たちの背中を見つめ、勇気を振り絞っている。
「皆、準備しろ。この村を襲った魔族たちがどこかに潜んでいるはずだ。村人がここにいれば、まだ救えるかもしれない。後悔はさせない――」
カイの声が草原の静寂を切り裂くように響くと、一行は確認のために村の闇へと足を踏み入れた。
■ ■ ■
リリアナ視点
カイに従い、リリアナは杖を強く握り締めた。村の家屋にはまだ瘴気が滲み出ており、その瘴気が黒い霧となって屋内に立ち込めている。リリアナは杖先から蒼光を放ち、瘴気を浄化しながら慎重に足を進めた。崩れた土壁の隙間からはわずかに人の気配がするが、声は聞こえない。リリアナは大きく息を吸い込み、呪文を心の中で紡いだ。
「浄化の結界――瘴気を祓い、村に希望を灯します」
杖から放たれた光は周囲を包み込み、倒れかけた家屋や割れた瓦礫が一瞬だけ淡く照らされた。その光が瘴気の膜を切り裂き、リリアナは村の奥に続く小道を見つめた。茂みの影から低いうめき声が聞こえ、リリアナは一瞬足を止めたが、すぐにリリアナは仲間を導くように杖を振りかざし、瘴気を浄化する光を更に強めた。
「カイ様、右側の家屋に魔獣の影があります。あそこを先に調べたほうがよさそうです」
リリアナは低く告げ、カイに目配せした。カイは軽く頷き、リリアナの指し示す方向へと剣を向けた。二人は周囲に慎重に瘴気を浄化しながら進み、ガロンやジーク、マギーと連携して村の各所を探索していった。
■ ■ ■
マギー視点
マギーは巻物を片手に、呪文の構造を最終確認しながら村の奥へと進んだ。瘴気が完全に浄化されていないため、村の中心部は今にも魔物が飛び出してきそうな雰囲気に包まれている。マギーは足元に落ちている破れた巻物や薬瓶の破片を見つめながら、その痕跡を手掛かりに情報を集めようとしていた。
「この村は数日前まで平穏だったらしい。でも、突然魔獣が現れ、人々を襲い始めたという噂があるわ。その際、村の結界が破られ、瘴気が蔓延したらしい」
マギーは小声で呟き、巻物を軽く振ってくすぶる瘴気を押し返す防御結界を広げた。その結界は周囲の瘴気を一時的に抑え込み、仲間たちが安全に進めるようにサポートしている。マギーは村の中央にある井戸までたどり着き、そこから周囲に散らばった村人の落とし物を確認した。その中には薬草が入った袋や子供の玩具、小さな日記帳の破れたページが混ざっていた。マギーはそれらを慎重に拾い上げ、後で確認するために巻物の片隅に挟んでおいた。
■ ■ ■
ガロン視点
村の路地を進むガロンは、いつでも抜刀できる構えで進軍している。剣先から放たれる蒼光が道を照らし、瘴気の渦が渦巻く場所を明るく照らし出す。ガロンは倒れた家屋の隙間から何かが飛び出してくる可能性を警戒しつつ、仲間たちを先導している。やがて、村の中央広場へと続く小さな石畳の道を歩くと、そこには倒れた人影があった。ガロンは剣を鞘にしまい、慎重にその人物へと近づいた。
「誰か、ここで倒れている……まだ息はあるか?」
ガロンは優しい声で声をかけると、倒れていたのは中年の男性だった。痩せ衰えた身体に瘴気の影響が残っているが、かすかに胸が上下している。ガロンは近くにあった布をそっと剥ぎ取り、男性の額の汗を拭いた。
「よし、生きている。すぐに仲間を呼ぶぞ」
ガロンは穏やかながらも力強い声で叫び、ジークとリリアナ、セレスティアを呼び寄せた。倒れている男性は震える唇を押さえて何かを伝えようとしているが、うまく言葉が出ない。ガロンは男性を支え起こし、仲間たちが周囲に集まるのを見守った。
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ジーク視点
ガロンの呼びかけに応じて駆け寄ったジークは、男性の周囲を警戒しながらも短弓を背に掛け、優しい眼差しで声をかけた。
「大丈夫か? 俺たちが助ける。名前を教えてくれ、できるだけ早く治療を始めたい」
男性は顔をしかめながらもかすれた声で呟いた。
「……俺はロハン。ここで生まれ育った……でも、俺の家族は皆、魔獣に連れ去られたんだ……」
ジークは複雑な思いを胸に秘め、マギーが求める薬草を探しに向かうよう指示を送った。ガロンは剣を構え直し、残る仲間が魔獣や魔術師の襲撃を警戒しながらロハンを安全な場所に運ぶ準備を整える。ジークはロハンの手を優しく握り、
「安心しろ。皆でお前の家族を取り戻すか、せめてここで安全に暮らせるようにする。俺たちを信じてくれ」
と励ました。ロハンの目には涙が浮かび、ジークはそっと肩に手を置いて支えた。そのとき、遠くの廃墟から低いうめき声が響き、ジークは短弓を構えてそちらへと視線を向けた。
■ ■ ■
セレスティア視点
村の中央広場に集まった仲間たちを見守りながら、セレスティアは杖を胸に抱え、静かに祈りを捧げ続けている。ロハンの命を繋ぐため、セレスティアは癒しの祈りを強め、杖先から放たれる柔らかな光をロハンに注ぎ込んだ。瘴気に侵されつつあったロハンの呼吸が少しずつ落ち着き、表情が和らいだのをセレスティアは確かに感じ取った。
「愛と慈悲の光よ、ロハンの魂に癒しを与え、痛みを和らげ給え。ここに光を宿し、新たな希望を灯し給え」
セレスティアの詠唱が静かに響き渡ると、村の草むらや瓦礫の隙間からわずかな光の欠片が浮かび上がり、瘴気を包み込んで浄化していった。セレスティアは目を閉じたまま深く息を吸い込み、仲間たちを見守り続けた。
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――カイ視点
ガロンやジーク、リリアナ、マギー、セレスティアの協力により、ロハンの容態は着実に回復していった。瘴気の影響で衰弱していたものの、セレスティアの癒しの力がロハンを救い、ジークの励ましが彼の心に灯をともしている。ガロンは剣を鞘に納め、リリアナは杖を下ろし、マギーは巻物をしまいつつ呪文を終えた。セレスティアは杖を胸に抱えたまま微笑み、ロハンを見守っている。その横顔には慈愛と誓いが深く刻まれていた。
「ロハン、もう安心しろ。お前の家族は必ず見つける。ここにいる仲間たちが証だ――共に戦い、共に生きる」
カイは優しく声をかけると、剣を握り直し、仲間たちに目配せを送った。リリアナは杖をそっと床に置き、村の入り口を見つめながら次の行動を考えている。マギーは巻物を開いて、新たな情報を記録しつつ、ガロンは剣を磨くように柄を軽く撫で、ジークは短弓を背に掛けて次の襲撃に備える。セレスティアは祈りを終えたかのように少しだけ笑みを零し、ルレナはロハンにそっと寄り添っている。
こうして、「奪われた村」の章は、仲間たちの連携で魔族の襲撃に打ち勝ち、村人の命を救い、新たな絆を育んだ一行の姿を描いて幕を閉じた。これからも続く旅路にはさらなる試練が待ち受けているが、彼らの心にはどんな苦難にも屈しない強き絆と希望が宿り続ける――。
46話終わり
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