表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/100

4話「黒衣の騎士」


王都へと続く街道を、ヴァルトとセレスティアは並んで歩いていた。

灰色の雲が重く垂れこめ、冷たい風が二人のマントを揺らす。

瓦礫と血の匂いがまだ残る廃墟を抜け、荒野の終わりが近づいていた。


「……ここを抜ければ、王都が見えるはずだ。」

ヴァルトの声は低く、だが確かな決意が込められていた。


セレスティアは優しく頷く。

「ええ……あなたの剣が試される場所になるかもしれませんね。」

その瞳は静かな光を湛え、ヴァルトの背に確かに寄り添っていた。


荒野を抜けると、街道沿いに古びた石橋が見えてきた。

その橋の向こう――そこには、レイヴンが待つ王都がある。

ヴァルトは深紅の瞳を細め、無言で双剣の柄を握り直す。


「この先には、宿命の敵がいる。」

その声に、セレスティアは僅かに眉を寄せる。

「……レイヴン、ですね。」


ヴァルトは小さく頷く。

「俺の全てを否定する男だ。だが……あいつに勝たなければ、俺は前に進めない。」


言葉を口にするたび、胸の奥に熱い痛みが走る。

かつて仲間と交わした誓い。

奪われた笑顔、失われた未来。

全ての因縁が、この先に待つレイヴンへと繋がっている。


「……怖くはないのですか?」

セレスティアの問いに、ヴァルトはふっと目を伏せる。

「怖くないと言えば嘘になる。だが……仲間の想いを、もう一度無駄にはできない。」


その言葉は、荒野を抜けた風のように冷たく、そして強かった。


石橋に足を踏み入れた時、突き刺すような殺気がヴァルトの肌を打った。

「……来たか。」

双剣をゆっくりと抜き放つ。


橋の中央に立つ人影。

白金の髪、氷の瞳。

黒衣の鎧に身を包み、鋭い冷笑を浮かべた男――レイヴン。


「……ヴァルト。お前は、まだその双剣を振るうのか。」

その声は静かで、だが底知れぬ冷たさを含んでいた。


ヴァルトは一歩踏み出し、深紅の瞳をまっすぐに向ける。

「レイヴン……お前にだけは、負けるわけにはいかない。」


レイヴンは薄い笑みを浮かべ、剣を引き抜く。

その刃は氷のように白く輝き、空気を震わせる冷気を纏っていた。


「お前が抱く仲間の幻影など、俺の前では無力だ。」

氷の瞳が嘲るように細められる。

「お前が守ろうとするもの……全て砕け散る運命だと知れ。」


「……それでも俺は、抗う。」

ヴァルトの声が橋の上で響き渡る。

双剣が血のように赤い残光を放ち、戦場の空気を焦がす。


セレスティアは一歩下がり、両手を胸の前で組む。

その瞳は悲しみを湛えながらも、ヴァルトの背を見つめていた。


「……どうか、あなたの剣が迷わぬように。」

その小さな祈りが、冷たい風に溶けていく。


レイヴンがゆっくりと一歩踏み出す。

橋の石畳が、その足元から霜に覆われていく。

氷鎖の剣がヴァルトに向けて振り上げられた瞬間――二人の剣戟が交わった。


激しい音が橋に響き、火花が闇に瞬く。

ヴァルトの双剣は、血と想いを纏うように震えていた。

だがレイヴンの剣は、絶望の冷たさで応える。


「……まだ、足りない。」

レイヴンが低く囁く。

「お前は甘い。仲間の声に縋り、弱さを隠しているだけだ。」


ヴァルトは言葉を返さず、双剣を振るう。

その刃は怒りと悲しみを混じえ、赤い残光を引く。

だがレイヴンは涼しげに剣を受け止め、氷の力で弾き返した。


「……俺は、弱さを背負って戦う。」

ヴァルトの声が荒くなる。

「仲間の声も、罪も……全てを剣に込めて前に進む!」


レイヴンは冷たく笑うだけだった。

「お前の理想など、氷の前では無力だ。」


氷の剣がヴァルトの肩をかすめ、赤い血が橋の上に散る。

痛みが脳を突き抜けるが、それでもヴァルトの足は止まらない。


「……レイヴン、俺はお前を超える!」

その叫びが、橋を震わせる。

血の残光を纏う双剣が再び振り下ろされ、冷たい風を切り裂いた。




橋の上で交錯する剣戟の音が、空気を裂くように響いた。

深紅の瞳を輝かせるヴァルトと、氷の瞳を冷たく光らせるレイヴン。

血と氷の光が混じり合い、橋の上に赤と白の残光を描いていく。


ヴァルトの双剣は重く、だがその一撃一撃に宿る想いは決して折れなかった。

レイヴンは涼しげな笑みを浮かべ、その全てを冷たい刃で受け止める。

二人の間に漂うのは、互いの信念と宿命の重さだけだった。


「お前は変わらないな、ヴァルト。」

レイヴンの声が冷たく響く。

「仲間の亡霊に縋り、過去にすがる愚か者だ。」


ヴァルトは深く息を吐き、双剣を握り直す。

「亡霊ではない。俺の中で生き続ける仲間の想いだ。」


レイヴンの氷の瞳が細められる。

「……ならば、その想いごと砕いてやろう。」


氷鎖の剣が風を切り裂き、ヴァルトに迫る。

鋭い斬撃が肩を裂き、血が飛び散った。

痛みに顔を歪めながらも、ヴァルトは決して後退しなかった。


(これが……俺の戦いだ。)


視界の端で、セレスティアの姿が揺れる。

彼女は瓦礫の影に身を隠し、両手を胸の前に組んで祈るように立っていた。

その青い瞳が、まっすぐにヴァルトを見つめている。


(……彼女の瞳に映る俺が、信じるに値するものでありたい。)


ヴァルトは血を流す肩を振り切り、双剣を振るう。

赤黒い残光が、橋の上に再び鮮烈な軌跡を描いた。

だがレイヴンの剣は氷のように鋭く、冷たい残光を放ちながら受け止める。


「無駄だ、ヴァルト。」

レイヴンの声が鋭く突き刺さる。

「運命に抗うなど、叶わぬ夢に過ぎない。」


「……夢でもいい。」

ヴァルトの声は低く、だが震えはなかった。

「俺は、この剣で運命を切り拓く。」


双剣の一撃に、仲間の声が重なる気がした。

「お前なら、きっと立ち向かえる。」

「俺たちの願いを、この剣に込めろ。」


幻影のように響く声が、ヴァルトの背を押す。

血と灰の匂いが混じる空気の中で、その声が確かに生きていた。


(俺は……一人じゃない。)


渾身の一撃を振り下ろすと、双剣がレイヴンの氷鎖の剣を押し返す。

火花が舞い、二人の間にわずかな隙間が生まれた。


「……面白い。」

レイヴンが笑う。

「お前の双剣は、確かに運命を斬ろうとしている。」


だがその声には、冷たい絶望が混じっていた。

「ならば、その意志ごと……俺が砕いてやる!」


レイヴンが剣を振り抜くと、氷の霧が橋を覆った。

冷気がヴァルトの肌を突き刺し、視界を奪う。

だがその中でも、ヴァルトは目を閉じずに立っていた。


(恐れるな……この剣に刻まれた全てを信じろ。)


氷霧の中から、レイヴンの剣が閃く。

咄嗟に双剣を交差させ、その一撃を受け止める。

刃と刃がぶつかり合い、耳をつんざく音が響く。


「ヴァルト!」

セレスティアの声が風に混じって届いた。

その声に応えるように、ヴァルトは再び剣を振るう。


「……俺は……諦めない!」


血の残光が橋を照らし、氷の霧を切り裂いた。

ヴァルトの一撃がレイヴンを押し返すと、霧の向こうにレイヴンの瞳が僅かに揺れるのが見えた。


「フッ……。」

レイヴンが剣を引くと、氷の霧が静かに消え去る。

「面白い……お前の戦い、もう少し見せてもらおう。」


レイヴンは一歩下がり、双剣を見つめるヴァルトに言った。

「この戦いは……まだ始まりに過ぎない。」


ヴァルトもまた、深紅の瞳を細めて応えた。

「望むところだ。俺は必ず、お前を超えてみせる。」


戦場の空気は再び沈黙に包まれ、二人は互いに剣を下ろさないまま向き合う。

血の匂いと冷たい風だけが、橋を吹き抜けていった。


セレスティアはそっと目を閉じ、胸の前で小さく祈る。

(ヴァルト……どうか、その剣に迷わぬように。)


遠い空に雷鳴が響いた。

世界はまだ灰色のまま。

だが、ヴァルトの剣には確かな光が宿り始めていた。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!

他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです

https://mypage.syosetu.com/2892099/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ