4話「黒衣の騎士」
王都へと続く街道を、ヴァルトとセレスティアは並んで歩いていた。
灰色の雲が重く垂れこめ、冷たい風が二人のマントを揺らす。
瓦礫と血の匂いがまだ残る廃墟を抜け、荒野の終わりが近づいていた。
「……ここを抜ければ、王都が見えるはずだ。」
ヴァルトの声は低く、だが確かな決意が込められていた。
セレスティアは優しく頷く。
「ええ……あなたの剣が試される場所になるかもしれませんね。」
その瞳は静かな光を湛え、ヴァルトの背に確かに寄り添っていた。
荒野を抜けると、街道沿いに古びた石橋が見えてきた。
その橋の向こう――そこには、レイヴンが待つ王都がある。
ヴァルトは深紅の瞳を細め、無言で双剣の柄を握り直す。
「この先には、宿命の敵がいる。」
その声に、セレスティアは僅かに眉を寄せる。
「……レイヴン、ですね。」
ヴァルトは小さく頷く。
「俺の全てを否定する男だ。だが……あいつに勝たなければ、俺は前に進めない。」
言葉を口にするたび、胸の奥に熱い痛みが走る。
かつて仲間と交わした誓い。
奪われた笑顔、失われた未来。
全ての因縁が、この先に待つレイヴンへと繋がっている。
「……怖くはないのですか?」
セレスティアの問いに、ヴァルトはふっと目を伏せる。
「怖くないと言えば嘘になる。だが……仲間の想いを、もう一度無駄にはできない。」
その言葉は、荒野を抜けた風のように冷たく、そして強かった。
石橋に足を踏み入れた時、突き刺すような殺気がヴァルトの肌を打った。
「……来たか。」
双剣をゆっくりと抜き放つ。
橋の中央に立つ人影。
白金の髪、氷の瞳。
黒衣の鎧に身を包み、鋭い冷笑を浮かべた男――レイヴン。
「……ヴァルト。お前は、まだその双剣を振るうのか。」
その声は静かで、だが底知れぬ冷たさを含んでいた。
ヴァルトは一歩踏み出し、深紅の瞳をまっすぐに向ける。
「レイヴン……お前にだけは、負けるわけにはいかない。」
レイヴンは薄い笑みを浮かべ、剣を引き抜く。
その刃は氷のように白く輝き、空気を震わせる冷気を纏っていた。
「お前が抱く仲間の幻影など、俺の前では無力だ。」
氷の瞳が嘲るように細められる。
「お前が守ろうとするもの……全て砕け散る運命だと知れ。」
「……それでも俺は、抗う。」
ヴァルトの声が橋の上で響き渡る。
双剣が血のように赤い残光を放ち、戦場の空気を焦がす。
セレスティアは一歩下がり、両手を胸の前で組む。
その瞳は悲しみを湛えながらも、ヴァルトの背を見つめていた。
「……どうか、あなたの剣が迷わぬように。」
その小さな祈りが、冷たい風に溶けていく。
レイヴンがゆっくりと一歩踏み出す。
橋の石畳が、その足元から霜に覆われていく。
氷鎖の剣がヴァルトに向けて振り上げられた瞬間――二人の剣戟が交わった。
激しい音が橋に響き、火花が闇に瞬く。
ヴァルトの双剣は、血と想いを纏うように震えていた。
だがレイヴンの剣は、絶望の冷たさで応える。
「……まだ、足りない。」
レイヴンが低く囁く。
「お前は甘い。仲間の声に縋り、弱さを隠しているだけだ。」
ヴァルトは言葉を返さず、双剣を振るう。
その刃は怒りと悲しみを混じえ、赤い残光を引く。
だがレイヴンは涼しげに剣を受け止め、氷の力で弾き返した。
「……俺は、弱さを背負って戦う。」
ヴァルトの声が荒くなる。
「仲間の声も、罪も……全てを剣に込めて前に進む!」
レイヴンは冷たく笑うだけだった。
「お前の理想など、氷の前では無力だ。」
氷の剣がヴァルトの肩をかすめ、赤い血が橋の上に散る。
痛みが脳を突き抜けるが、それでもヴァルトの足は止まらない。
「……レイヴン、俺はお前を超える!」
その叫びが、橋を震わせる。
血の残光を纏う双剣が再び振り下ろされ、冷たい風を切り裂いた。
橋の上で交錯する剣戟の音が、空気を裂くように響いた。
深紅の瞳を輝かせるヴァルトと、氷の瞳を冷たく光らせるレイヴン。
血と氷の光が混じり合い、橋の上に赤と白の残光を描いていく。
ヴァルトの双剣は重く、だがその一撃一撃に宿る想いは決して折れなかった。
レイヴンは涼しげな笑みを浮かべ、その全てを冷たい刃で受け止める。
二人の間に漂うのは、互いの信念と宿命の重さだけだった。
「お前は変わらないな、ヴァルト。」
レイヴンの声が冷たく響く。
「仲間の亡霊に縋り、過去にすがる愚か者だ。」
ヴァルトは深く息を吐き、双剣を握り直す。
「亡霊ではない。俺の中で生き続ける仲間の想いだ。」
レイヴンの氷の瞳が細められる。
「……ならば、その想いごと砕いてやろう。」
氷鎖の剣が風を切り裂き、ヴァルトに迫る。
鋭い斬撃が肩を裂き、血が飛び散った。
痛みに顔を歪めながらも、ヴァルトは決して後退しなかった。
(これが……俺の戦いだ。)
視界の端で、セレスティアの姿が揺れる。
彼女は瓦礫の影に身を隠し、両手を胸の前に組んで祈るように立っていた。
その青い瞳が、まっすぐにヴァルトを見つめている。
(……彼女の瞳に映る俺が、信じるに値するものでありたい。)
ヴァルトは血を流す肩を振り切り、双剣を振るう。
赤黒い残光が、橋の上に再び鮮烈な軌跡を描いた。
だがレイヴンの剣は氷のように鋭く、冷たい残光を放ちながら受け止める。
「無駄だ、ヴァルト。」
レイヴンの声が鋭く突き刺さる。
「運命に抗うなど、叶わぬ夢に過ぎない。」
「……夢でもいい。」
ヴァルトの声は低く、だが震えはなかった。
「俺は、この剣で運命を切り拓く。」
双剣の一撃に、仲間の声が重なる気がした。
「お前なら、きっと立ち向かえる。」
「俺たちの願いを、この剣に込めろ。」
幻影のように響く声が、ヴァルトの背を押す。
血と灰の匂いが混じる空気の中で、その声が確かに生きていた。
(俺は……一人じゃない。)
渾身の一撃を振り下ろすと、双剣がレイヴンの氷鎖の剣を押し返す。
火花が舞い、二人の間にわずかな隙間が生まれた。
「……面白い。」
レイヴンが笑う。
「お前の双剣は、確かに運命を斬ろうとしている。」
だがその声には、冷たい絶望が混じっていた。
「ならば、その意志ごと……俺が砕いてやる!」
レイヴンが剣を振り抜くと、氷の霧が橋を覆った。
冷気がヴァルトの肌を突き刺し、視界を奪う。
だがその中でも、ヴァルトは目を閉じずに立っていた。
(恐れるな……この剣に刻まれた全てを信じろ。)
氷霧の中から、レイヴンの剣が閃く。
咄嗟に双剣を交差させ、その一撃を受け止める。
刃と刃がぶつかり合い、耳をつんざく音が響く。
「ヴァルト!」
セレスティアの声が風に混じって届いた。
その声に応えるように、ヴァルトは再び剣を振るう。
「……俺は……諦めない!」
血の残光が橋を照らし、氷の霧を切り裂いた。
ヴァルトの一撃がレイヴンを押し返すと、霧の向こうにレイヴンの瞳が僅かに揺れるのが見えた。
「フッ……。」
レイヴンが剣を引くと、氷の霧が静かに消え去る。
「面白い……お前の戦い、もう少し見せてもらおう。」
レイヴンは一歩下がり、双剣を見つめるヴァルトに言った。
「この戦いは……まだ始まりに過ぎない。」
ヴァルトもまた、深紅の瞳を細めて応えた。
「望むところだ。俺は必ず、お前を超えてみせる。」
戦場の空気は再び沈黙に包まれ、二人は互いに剣を下ろさないまま向き合う。
血の匂いと冷たい風だけが、橋を吹き抜けていった。
セレスティアはそっと目を閉じ、胸の前で小さく祈る。
(ヴァルト……どうか、その剣に迷わぬように。)
遠い空に雷鳴が響いた。
世界はまだ灰色のまま。
だが、ヴァルトの剣には確かな光が宿り始めていた。
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