38話 魔剣の代償
――カイ視点
夜明け前の暗い霧の中、一行は深い峡谷の入口にたどり着いていた。峡谷の両壁は切り立ち、瘴気が渦巻いて谷底へと吸い込まれていく。その壁面からは古の護符が無数に垂れ下がり、魔剣ルクスの力を抑え込むかのような威圧を放っている。カイは剣を背に担ぎ、剣先から滲む蒼光を緩めることなく周囲を見渡した。街を守り、仲間を守った後、ついに辿り着いたのがこの魔剣の真の力を引き出す試練の場だった。
「ここが……魔剣の代償を払う場所か」
カイは低く息を吐き、剣を握る手に力を込めた。昨夜、仲間たちとともに得た力は確かに大きかったが、その代償として自らの魂の一部を捧げたルクスの真の影響はまだ見えていない。この峡谷でルクスが一度も制御できずに暴走した過去があるという。「魔剣の代償」とは、力を得るために魂の一部を捧げ続けることを意味するのだとカイは噂で聞いていた。
「ルクス、お前との契約は、俺の命を懸けた誓いだ。代償がどんなものであれ、俺は受け入れる」
カイは剣を僅かに揺らしながら剣睨みし、一行に向き直る。リリアナ、マギー、ガロン、ジーク、セレスティアはそれぞれの武器や魔力の準備を整え、暗い峡谷の入口を見つめている。カイはゆっくりと一歩を踏み出し、仲間たちを先導する覚悟を示した。
「皆、ここからは危険が倍増する。瘴気の力と魔剣ルクスの影響が重なる場所だ。お前たちは俺を信じてついてきてくれ」
カイの言葉に仲間たちは頷き、それぞれが自らの覚悟を胸に秘めている。リリアナは杖を高く掲げ、マギーは巻物を握り締め、ガロンは剣を構え、ジークは短弓を肩にかけ、セレスティアは穏やかな祈りの声を夜空に響かせた。
峡谷内へ一歩踏み込むと、瘴気が一気に濃くなり、視界は霧に包まれた。カイは剣先から発光する蒼光を放ち、視界を確保しながら進む。やがて薄明かりの中に、小さな泉とその周囲を取り囲む護符の数々が浮かび上がった。泉の水面は静かだが、その底からは暗い影が揺らめくように感じられる。カイは剣を抜き、刃先で泉の水面を軽くなぞった。
「あぁ……この泉に映る光が、ルクスの真なる力を引き出す鍵か」
カイは呟きながら剣を握り直す。ルクスはその剣先を泉の水面に近づけると、刃先に囁くように「覚悟を示せ」と響いた。その囁きはカイの胸に深く突き刺さり、心臓が高鳴るのを感じた。
■ ■ ■
リリアナ視点
「カイ様、気をつけて……瘴気が異常に濃いです」
リリアナは杖を掲げたまま周囲を見回し、瘴気を浄化する魔力を注ぎ込んでいる。泉の周囲には瘴気を封じる護符がびっしりと貼り巡らされていたが、それでも瘴気が染み出している。リリアナは目を細め、剣士たちの安全を最優先に祈りの光を注ぎ続けた。
「私の光が瘴気を抑えられる限り、カイ様が試練を越えられるように支えます……でも、もし……」
リリアナは小声で呟き、杖を胸にかざしながら深く呼吸を整えた。カイがルクスを泉の中に触れた瞬間、刹那、竜巻のように瘴気が渦巻き、周囲の護符が破裂したかのように飛び散った。あまりの強烈な瘴気にリリアナは杖を握りしめて耐え、仲間に魔力の結界を強化するよう合図を送った。
■ ■ ■
マギー視点
マギーは巻物を握ったまま膝をつき、狼狽えたように呟いた。
「こんなに強い瘴気は初めて……ルクスが暴走する前兆かもしれないわ。ここで呪文を使い切ったら、もう回復手段がない」
マギーは急いで小瓶を取り出し、手の甲に瘴気抑制の薬液を一滴たらした。その効果で少しだけ呼吸が楽になり、刹那のうちに次の支援呪文を唱える。呪文は「瘴気掃蕩陣」。泉の周囲に魔力の結界を張り、瘴気を一時的に封じ込むための呪文だ。魔法陣を描き終えた直後、泉の瘴気が一瞬だけ押し返され、マギーは胸をなで下ろす。
「これでカイ様が剣を触れる間、もう少しだけ持ちこたえられるはず……」
マギーは巻物をしまい込み、仲間の背中を見つめつつ、自分にできる限りのサポートを誓った。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣を構えたまま立ち、泉と護符の間を見つめていた。ガロンは剣先を大きく振りかざし、護符の一枚を空中へ切り飛ばす。護符は真っ二つに裂け、瘴気の一部が一瞬だけ強烈に噴き出したが、ガロンの蒼光の刃で僅かに包まれて再び収束した。
「この瘴気は魔剣の力と深く結びついている。カイの魂がどれほど削られるかは想像もつかないが、俺が盾になる」
ガロンは剣の鍔を握りしめ、剣先をしっかりと床に突き立てた。刃先から滲む蒼光は盾のように周囲を包み、カイが完全に剣を引き抜くまでの一瞬を守る覚悟を示している。ガロンは目を閉じて深呼吸をし、カイを見守る準備を整えた。
■ ■ ■
ジーク視点
ジークは短弓を肩に背負いながら、ガロンの背後で待機している。ジークの視線は泉の中を見透かすように鋭く、いつでも標的を射抜く準備ができている。しかし、今はまだ標的となる者が現れてはいない。ジークは小瓶を手に取り、小瓶に入っている薬液を仲間へ配る準備をしていた。
「カイが剣を触れるまで、ここは俺が見張っている。もし暴走した瘴気が敵を呼び寄せても、俺が矢で追い払う」
ジークは低く呟き、短弓を軽く引き絞りながら火を灯すように視線を緊張させた。泉の中で何が起こるかわからないが、仲間を守るために自分の役割を果たす覚悟は固まっている。
■ ■ ■
セレスティア視点
セレスティアは泉の縁から少し離れ、杖を胸に抱えたまま深い祈りを唱え続けている。その祈りは夜空に溶け込み、杖先から放たれる淡い光は仲間たちを包み込むように揺れ動いている。セレスティアの祈りは、瘴気を抑え、仲間の心を癒すだけでなく、泉の中でルクスが引き出そうとする力の歪みを正すように放たれている。
「聖なる光よ、闇の渦を浄化し、魂の闇を断ち斬り給え。カイの心に平穏を与え、魔剣の狂気を封じる力を授け給え」
セレスティアの詠唱が夜の静寂に溶け込むように広がり、杖先からほのかに漏れる光が泉の水面を揺らしながら瘴気を和らげていく。セレスティアは目を閉じて深く息を吸い込み、仲間たちの無事を祈り続けた。
■ ■ ■
――カイ視点
カイは剣を抜きつつ、脳裏に浮かぶルクスの囁きに耳を澄ませた。その囁きは迫る試練の重みを感じさせ、「お前は真にこの力を受け入れる覚悟があるのか」と問いかけるかのようだった。カイは瞑想するように目を閉じ、深い呼吸を繰り返しながら己の心に問いかけた。
「俺は――この世界を救うために、魂の一部を差し出す覚悟がある」
カイはつぶやき、再び剣を手に取る。ルクスの刃先には蒼光が強く宿り、その光がまるでカイの意志を示すかのように鋭く輝いた。カイは剣を高く掲げ、仲間たちの背後を見据えた。
「皆、見届けてくれ。これから俺はルクスに――あらゆる罪と痛みを背負わせる代わりに、この世界を救うために剣を振るう。代償が何であれ、俺は後悔しない」
カイの言葉にリリアナ、マギー、ガロン、ジーク、セレスティアはそれぞれ深く頷き、覚悟を新たにする。リリアナは杖を高く掲げ、マギーは巻物を胸に抱え、ガロンは剣を揺らし、ジークは矢を番え、セレスティアは最後の祈りを唱えた。
峡谷の闇は再び収束し、一行を包み込む瘴気が少しずつ静まる中、カイは剣を泉の水面へと突き立てた。その瞬間、泉の底から強烈な光が迸り、ルクスの真なる力が解放される轟音とともに峡谷内が震えた。ゆらりと揺れる刹那、ルクスはその全ての魂の意志をカイの手に委ね、暗い瘴気を浄化する新たな力を宿した。
「これで……始まる」
カイは深く息を吐き、剣を握り直して仲間とともに最後の一歩を踏み出した。その背中には、魂の代償を払ってでも失わないと誓った世界への想いと、仲間たちの願いが深く刻まれている。魔剣の代償を乗り越えた先に待つ戦いがいかに苛烈であろうとも、カイの胸には揺るぎない光が灯っているのであった。
38話終わり
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