32話 ジークの誇り
ジーク視点
薄曇りの空にわずかに朝陽が差し込み始める頃、一行は小さな村の外れに到着した。村の入口には、豪族の館のような立派な木造門があり、その扉は崩れかけているものの、一刻も早く修繕が必要であることを物語っている。昨夜の魔王軍との激戦を越えたばかりの身には、この静かな朝がまるで慈愛のごとく心を癒してくれる――しかし、ジークの胸の奥にはまだ焦燥と決意が渦巻いていた。
「ここは……かつて俺が守っていた村だ。だが、人の気配もない。まるで夕暮れの砂漠みたいに静まり返っている」
ジークは短弓を肩に掛けたまま、草地に残る足跡を注意深く探った。小道の両脇には痕跡が散乱し、一瞬の混乱の跡がわずかに残っている。剣士たちが無言で村の奥へと進み出す中、ジークは背後を振り返りながら呟いた。
「カイ――ここで俺がかつて戦ってきた意味を、もう一度確かめたい。あの頃は盗賊として人を恐れていたが、今は人を守るために戦う。誇りをもって、この場所を再び守るんだ」
ジークの言葉を聞いたカイは深く頷き、剣を肩に再び固定した。ガロンは剣を軽く研ぎ、リリアナは杖を高く掲げて瘴気の残滓を浄化している。マギーは巻物を取り出して村の地図と照合しながら細かく見回り、セレスティアは遠方で静かに祈りを捧げていた。
■ ■ ■
――カイ視点
ジークの胸に秘める思いを感じ取りながら、カイは穏やかに微笑んだ。そのまなざしには、仲間としての信頼と期待が込められている。
「ジーク、お前がここで何を思うかはわかっている。この村を守るお前の誇りこそが、俺たちに光を与えてくれる。行こう、ジーク。お前のその誇りを、今ここで示すんだ」
カイがそう言うと、ジークは軽く拳を握りしめ、短弓を前に構えた。その動作に合わせるようにガロンは剣を構え、リリアナは杖をしっかり握り直す。マギーは巻物をしまい込みながら、必要に応じて瘴気抑制の薬液を取り出した。セレスティアは祈りを終え、一行に向かって優しい微笑みを浮かべた。
「セレスティア様の祈りも届いています。ここは安全です。どうかご安心を」
リリアナがそう囁き、カイは仲間全員を鼓舞するように剣を軽く振りかざした。
■ ■ ■
――村の中心/ジーク視点
かつてジークが盗賊団を率いていたとき、この小さな村は襲撃を繰り返す魔物や残党から何度も苦しめられた場所だった。しかし、その中でジークは仲間と共に村人たちを守り、奮闘し続けた。今はかつての荒々しさは跡形もなく消え、人々を思いやる優しい眼差しがそこにあった。ジークは剣を手にしながら、大広間の廃材が散乱する跡地を見つめた。
「ここで何度も戦った……でも、最後には皆の笑顔を見ることができた。俺はこの誇りを失ってはいけない」
ジークはそんな思いを胸に秘め、剣に手を添えてまっすぐに大広間の中央へと歩みを進めた。その背後では、カイが先導し、ガロンが剣を構え、リリアナが瘴気を浄化する光を放っている。マギーは巻物を胸に抱え、セレスティアは小さな祈りの輪を描きながら見守る。
「ジーク、こっちだ。あの柱の影に魔物の痕跡がある」
カイが指摘すると、ジークは素早く短弓を構え、慎重に周囲を見渡した。大広間の奥にある柱にはかすかに腐食した刃の跡が残っており、最近まで魔物が潜んでいたことを示している。ジークは深呼吸をして、短弓を引き絞り、矢を放った。
「――撃て!」
矢は柱の影を通り抜け、冷たい音を立てながら何かに命中した。ジークはすぐに駆け寄り、矢先を確かめると、そこには瘴気を纏う小型の魔物が倒れていた。その魔物は黒い羽根を生やし、腐敗した肉の匂いが漂う異形の獣だった。
「これが最後の一体か……お前たちも安心してくれ」
ジークはじっと倒れた魔物を見下ろしながら短く呟き、カイとガロンに合図を送った。ガロンは剣を振りかぶり、一撃で魔物を真っ二つにし、瘴気を浄化していく。リリアナは杖を掲げ、余波を抑え、マギーは小瓶の薬液を魔物の死骸にかけて腐臭を抑えた。
「これで本当にこの村は安全になったな」
ジークは剣を腰に戻し、剣先を地面にそっと置いた。その背中にはかつての盗賊の影はなく、村人たちの笑顔を守る騎士の誇りが宿っていた。カイはジークの横に寄り添い、剣を軽く握り直してうなずいた。
「素晴らしいぞ、ジーク。お前の力と誇りがあれば、どんな闇でもきっと打ち払える」
カイは言い、リリアナはその言葉に微笑んで杖を揺らした。マギーは巻物を再び取り出し、村人たちへの支援方法を確認する。セレスティアは祈りを捧げながら、その場にいる全員を優しく見つめている。
■ ■ ■
――村の広場/村人視点
一行が大広間を抜け、村の中心に戻ってくると、そこには村人たちが好奇心と安堵の入り混じった表情で待ち受けていた。かつての盗賊団の頭領であったジークが戻ってきたと聞き、最初は恐怖と警戒の眼差しを向けていた村人たちだが、今はその表情が一変している。老人や子供たち、農夫や商人たちが一斉に口を開き、歓迎の声を上げ始めた。
「ジークさん、あなたがここに戻って来てくれるとは思っていませんでした! 本当にありがとうございました!」
「あなたがいなかったら、村はとっくに魔物に襲われていました!」
村人たちの声が次々と飛び交い、ジークは少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとう……でも、これは俺だけの力ではなかった。仲間たちがいてくれたからこそ、村を守ることができたんだ」
ジークはそう答え、カイは真っ直ぐに村人たちを見渡した。
「皆さん、私たちはこれから魔王本陣へ向かいます。この村を守ってくれたジークの勇気に、心から感謝しています。皆さんの安全は約束できませんが、守れる限り力を尽くします」
カイの言葉に村人たちは深々と頭を下げ、セレスティアは祈りを込めた微笑みで応えた。リリアナは杖をかざし、村人たちの傷を癒すための小さな魔法を施した。その光景を見た村人たちは、涙を浮かべながらも力強くうなずき、ジークへと視線を送った。
「ジークさん、あなたの誇りは我々にも受け継がれています。どうか、これからもお体に気をつけて。村はあなたを誇りに思っています」
村人の一人が言うと、ジークは深く頭を下げた。ガロンは剣を軽く振りかざして村人たちに敬意を示し、マギーは小瓶を幾つか村人に配りながら優しい言葉をかけた。セレスティアは遠くで微笑み、愛と慈悲の光を村人たちに注いでいる。ジークの胸には、仲間と村人たちの信頼が何よりも大きな誇りとなって刻まれ、その誇りが彼を魔王本陣へと向かわせる原動力となっていた。
■ ■ ■
――カイ視点
村人たちとの別れを告げ、一行は再び小道へと歩を進めた。その背後には、朝日に照らされた村の姿が徐々に小さくなり、遠くに見える山並みに溶け込んでいく。ジークは短弓を肩に掛けたまま、何度も村人たちの姿を振り返り、最後の一瞥を送った。その眼差しには切なさと誇りが同居しており、カイはそんなジークの姿を見守りながら剣を握り直した。
「ジーク、お前の誇りは本物だ。あの村人たちが信じる理由もわかる。さあ、行こう――魔王本陣へ」
カイはそう言い、仲間たちは小道を再び進み始めた。リリアナは杖を高く掲げ、瘴気の残滓を一掃する光を次の目的地に向けて注ぎ込んだ。マギーは巻物を開き、新たに得た情報を仲間へ伝えながら進路を確認する。ガロンは剣を構え、厚い胸を張って先頭を進む。セレスティアは杖を胸に抱えながら再び静かな祈りを捧げ、仲間と村人たちの未来を願っている。ジークは短弓を軽く掲げ、眼差しを前方の山並みに向けた。
「仲間を守り、村を守り、世界を救うために――俺はこの道を進む。誇りを胸に、最後まで貫いてみせる」
ジークは静かに呟き、その声は朝靄を切り裂くかのように凛としていた。その瞬間、仲間たちの鼓動が重なり合い、魔王本陣への道は再び光に満ちた未来へと続いていった。
こうして、「ジークの誇り」の章は、ジークがかつて守ってきた村で再会と感謝を交わし、その誇りを胸に魔王本陣へと向かう場面で幕を閉じた。仲間たちの絆と村人たちの信頼がさらに一行を強く結びつけ、次なる戦いへの確かな力となって輝いている――。
32話終わり
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