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29話 聖女の秘密

――カイ視点


冷たい山風が草原を揺らす早朝、カイは剣を背に担ぎながら、一行を引率して静かな山道を進んでいた。朝靄が地表に低く漂い、遠くに見える峰々は霧に包まれている。剣に宿るルクスの刃先は、昨夜の決別の光をまだ放っているかのようにわずかに青く輝いていた。魔王本陣への足音が近づく一方で、カイは仲間たちと同じように胸の奥に重い不安を抱えていた。特に聖女セレスティアの様子が気掛かりで、彼女だけが静かに別れを告げるように、他の者よりも一歩遅れて歩いている。


「セレスティア、大丈夫か?」

カイは振り返り、セレスティアの歩みを見つめた。彼女はいつもと変わらぬ淡い微笑を浮かべているが、その目は薄い陰を宿しているように見えた。カイが歩みを緩めようとした瞬間、リリアナが心配そうに駆け寄り、セレスティアの腕にそっと触れた。


「カイ様、大丈夫ですよ。セレスティア様はご自身のことを話したいようです。私たちも耳を傾けましょう」

リリアナは杖を握りしめたままそう囁き、マギーも巻物をしまい込みながら微笑んでうなずいた。ジークは短弓を構え直し、ガロンは剣を抜き直して辺りを警戒しつつも、仲間の気配を見逃さないように視線を巡らせた。


「皆……実は、私には時間があまり残されていません」

セレスティアの声はかすかに震えながらも芯のある響きを持っていた。カイは驚きながらも駆け寄り、彼女をしっかりと見つめた。杖を胸に抱えたリリアナも、苦しげな表情でセレスティアの言葉を待っている。


「実は、賢者の塔で得た情報以上に、私自身が瘴気の結界の犠牲になっているのです。私は聖なる加護を世界にもたらすために命を削る運命を負っており、その力を使うたびに命が少しずつ燃え尽きていきます。今、私の命は終焉を迎えようとしています」

セレスティアは涙を浮かべ、顔を伏せた。カイの胸に鋭い衝撃が走り、ルクスの刃先がわずかに震えた。その刃と魂が共鳴するかのように、カイはセレスティアの手をそっと握りしめた。


「そんな……お前がこの旅の間、ずっと苦しんでいたなんてわからなかった。何も言ってくれなかったのは、俺たちに心配をかけたくなかったからか?」

カイの声は抑えきれぬ怒りと悲しみが混ざり合って震えていた。ガロンは剣を地面に突き立て、険しい表情で周囲を睨みつける。リリアナの目にも涙が滲み、マギーは巻物を握りしめたまま言葉を失っている。


「私は自分の役目を果たすことしか考えていませんでした。皆がいるからこそ、最後まで聖女の務めを全うできたのです。でも、皆に不安や負担を与えたくなくて……一人で抱え込んでしまったのです」

セレスティアは小さく息を吐き、顔を上げた。その眼差しには覚悟と儚さが同居しており、カイは胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「お前がいなければ俺たちはここまで来られなかった。だからこそ――俺はお前の命を奪わせない。最後までお前を守る。たとえこの手で命を刈り取られる瞬間が来たとしても、俺はお前の命を輝かせる為に戦う」

カイは剣を鞘から引き抜き、セレスティアの前にひざまずいた。その剣先には聖女の命を尊ぶ思いが込められ、まるで刹那を永遠に留めるかのように静かに光を放っている。セレスティアは泣きそうな表情でカイの目を見つめ、その涙を拭いながら深くうなずいた。


「ありがとう、カイ……皆……。私は皆と共に戦えて幸せでした。どうか、私がいなくなった後も、この世界を守り続けてください」

セレスティアは剣士たちの肩に手を置き、静かに微笑んだ。その微笑みには悲しみだけでなく、深い愛と感謝がにじんでいる。カイはセレスティアの手を優しく包み、決して言葉では言い表せない感情を伝えるためにそっと頭を下げた。


■   ■   ■


リリアナ視点


セレスティアの告白を聞いた瞬間、リリアナの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。リリアナは杖を強く握りしめ、視線を落として言葉を探していたが、涙が止まらずに頬を伝った。彼女はそっとセレスティアの背中に手を添え、その背中をさすりながら静かに囁いた。


「セレスティア様……私はあなたと共に戦う覚悟があります。たとえ私の力が及ばず、あなたが倒れたとしても、その悲しみを背負って皆を守り抜きます」

リリアナの声には震えがあったが、その決意は揺るがない。セレスティアはリリアナの手をぎゅっと握り返し、深く息を吐いた。


「ありがとう、リリアナ……あなたの祈りが私を支えたのです。どうか最後まで、皆を助けてください」

リリアナは目を閉じ、再び杖を高く掲げた。その杖先から放たれた光が、一瞬だけ太陽のように明るく輝き、仲間たちの心に光の道を示した。リリアナは目を開き、仲間たちと目を合わせてうなずいた。


■   ■   ■


マギー視点


セレスティアの秘密を知り、マギーは巻物をたたみながら思わず言葉を失っていた。だが、仲間たちの顔を見渡すうちに、自分がすべきことがはっきりと分かった。マギーは巻物をポーチにしまい込み、深く息を吸って仲間たちに向き直った。


「私たちはこれから魔王本陣で戦う。私にできるのは情報と魔力サポートだけです。でも、それがセレスティア様の命を救う手助けになるなら、私は全力を尽くします」

マギーの言葉は静かだが、信念と覚悟が込められていた。仲間たちはマギーの言葉にうなずき、深い絆を再確認した。その絆はまるで古い鎖が繋がるように強固で、この先待ち受ける試練にも打ち勝つ力を与えてくれる。


■   ■   ■


ガロン視点


ガロンは剣を握りしめたまま、周囲を警戒しつつもカイとセレスティアのそばに歩み寄った。その瞳には怒りと悲しみが交錯しており、視線は鋭く、まるで敵を斬り伏せるような決意を帯びている。ガロンは剣を地面に突き立て、声を張り上げた。


「セレスティア、お前のために俺は盾となり、剣となる。この命が尽きるまで、お前を守る覚悟だ。お前がいなくなるなんて、俺は絶対に認めない」

ガロンの声が広場を震わせ、周囲にいた仲間たちはその力強さに力をもらった。セレスティアはガロンの剣をそっと握り、目尻に浮かんだ涙をぬぐった。


「ガロン……ありがとう。あなたがいるから、私は最後まで祈り続けられます」

その言葉に応え、ガロンは剣先を天に突き上げて深くうなずいた。その背中には、不屈の誇りと強い守護の意思が宿っている。


■   ■   ■


ジーク視点


ジークは短弓を肩に掛けたまま、セレスティアの手をそっと握りしめた。その温もりは、瘴気の痕跡を感じさせないほどに穏やかで、ジークの心を優しく包み込む。ジークは静かに目を閉じ、深い呼吸を繰り返してから口を開いた。


「セレスティア、あなたがいなくなるなんて絶対に認めない。俺は短弓で闇を貫き、あなたの笑顔を守り続ける。どんな魔物が現れても、俺が先に倒す」

ジークの声は抑えた力強さに満ちており、その言葉は仲間たちに勇気を与えた。セレスティアはうなずきながら微笑み、涙をこらえて再び視線を前に向けた。


■   ■   ■


セレスティア視点


焚き火の前で膝をつき、セレスティアは仲間たちの言葉を胸に刻みながら祈りを続けた。夜明けの闇が徐々に薄れ、朝焼けが遠くの山並みに淡い光を投げかけている。その光はまるで新たな希望を告げるかのように空を染め、セレスティアは静かに言葉を紡いだ。


「愛と慈悲の光よ、どうかこの世界を救う者たちに力を与えたまえ。私の命は尽きようとも、皆の魂が永遠に輝き続けるように守り給え」

その詠唱が夜明け前の静寂に溶け込むと、焚き火の炎が一瞬だけ白みを帯び、仲間たちの顔をやわらかく照らした。セレスティアは祈りを終えると、ゆっくりと立ち上がり、仲間たちを見つめた。その眼差しには深い慈しみと、仲間たちの未来を信じる光が宿っている。


「さあ、皆。この朝日に導かれて、最後の戦いへ向かいましょう。私は祈り続けます。どうか――必ず五十話で世界を救ってください」

セレスティアの声はかすかに震えながらも、確かな強さを感じさせた。カイは剣を肩に担ぎ直し、仲間たちと共に足を踏み出した。その背中には、セレスティアの祈りと想いがしっかりと宿っている。


こうして、「聖女の秘密」の章は、セレスティアの命の限界を告げる告白と、それに応える仲間たちの深い絆を描きながら幕を閉じた。魔王本陣へ向かう道は依然困難を極めるが、一行は聖女の祈りと共に最後の戦いへと歩を進める。

お読みいただきありがとうございます。

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他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです

https://mypage.syosetu.com/2892099/

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