28話 決別と前進
――カイ視点
魔王本陣への最終決戦を目前に控えた朝、薄曇りの空に微かに日の光が差し込む中、カイは山裾に広がる小さな村の外れに立っていた。昨夜、古の賢者の塔でルクスの真なる力を解放してから、仲間たちはそれぞれの思いを胸に、短い休息を取った。だがカイの胸には、これから迎える戦いの緊張と、まだ払拭されぬ危惧が渦巻いている。
「ここで最後の準備をしなければならない。仲間たちの覚悟を無駄にはできない……」
カイは剣を取り出し、ルクスの刃先に映る自らの顔を見つめた。その深蒼の刃は、昨夜の試練を越えた証として、かすかに瘴気を帯びながらも、凛とした輝きを湛えている。だが、その内側には人間としての弱さや迷いも隠されているはずだ。カイは深呼吸をして剣を鞘に納めると、仲間たちの集う場所へ歩みを進めた。
村の広場には、仲間たちが無言で立ち尽くしていた。ガロンは剣を磨りながら言葉少なに辺りを警戒し、リリアナは杖を手に微かに震える指で魔力を巡らせている。マギーは巻物と数個の小瓶をポーチに仕舞い込みながら、情報収集のメモを最終確認していた。ジークは短弓を肩に掛けたまま村の土壁を背にして立ち、リリィや村人への思いを胸にしまい込むかのように静かに空を見上げている。セレスティアは一人だけ焚き火の前にひざまずき、膝を抱えたまま静かに祈りを捧げ続けている。
「カイ様、準備はできていますか?」
リリアナが杖を軽く振って魔力の光を呼び込みながら問いかける。カイは微かに頷き、剣を握ったまま仲間たちを一瞥した。
「皆、お前たちの覚悟は確かめた。誰一人ここで倒れるわけにはいかない。お前たちと共に、この剣を振るえることを誇りに思う。さあ、最後の戦いに向けて進もう」
カイが低く宣言すると、仲間たちは小さくうなずき、それぞれの装備を確かめながら剣や杖を握り直した。セレスティアは祈りの手を下ろし、月明かりに照らされた蒼白い顔を上げて、静かに微笑んだ。カイはその微笑みを目に焼き付けるかのように見つめ、仲間たちと共に村を後にした。
■ ■ ■
リリアナ視点
リリアナは杖を抱えたまま仲間たちと並んで歩き、小さな村の道を進んでいた。風が草木を揺らす音が耳に優しく響くが、その奥にはくすぶる瘴気の残滓が潜んでいる。村の人々は魔王軍に蹂躙され、閉ざされた生活を余儀なくされたが、リリアナは涙をこらえながら力強く歩みを刻んでいる。杖からはかすかな蒼光が漏れ、魔力の結界を保つように周囲を包み込んでいた。
「カイ様、今日は私が防御魔法を担当します。瘴気の浄化はもちろんですが、まがいものの呪詛や幻影にも注意を払いますね」
リリアナは小声で呟き、杖先から放たれる魔力の結界が揺れるたびに微かに花びらのような光が舞う。その光はリリアナ自身をも包み込み、心を落ち着ける効果をもたらす。呪詛や幻影が迫った場合には、すぐに防御魔法を展開し、仲間の心を護るつもりだ。
「何があってもリリアナ様の光があれば安心です」
カイの一言にリリアナは微かに頬を赤らめた。ふと視線を上げると、遠くの山並みに魔王本陣の尖塔が覗いている。その尖塔からは瘴気が霞のように立ち上り、魔王の気配を感じさせる。リリアナは深呼吸し、再び祈りの言葉を紡いだ。
「聖なる光よ、我らを包み、闇裂きを討つ刃を護り給え。リリアナの力をもって、仲間の盾となり、魂の闇を浄化し給え」
詠唱が静かに響き渡り、杖先から放たれる蒼光がいくつもの結界を描く。リリアナは手を動かすたびに魔力を注ぎ込み、薄暗い道を照らし出す。その光は仲間たちの背中を優しく押し、決して恐れないで進むように励ましているかのようだった。
■ ■ ■
マギー視点
マギーは巻物を片手に、仲間たちの後ろで静かに歩いていた。巻物には魔王アズラエル本陣の構造図や防衛部隊の配置予想、瘴気の結界の解除法などが詳細に書き込まれている。マギーは数度視線を下げ、地図と現実の地形を照らし合わせながら確認を続けていた。
「この先には幾つもの関所があり、瘴気の結界が次々に襲いかかるはず……だが、カイ様と仲間たちなら必ず突破できる」
マギーはそう自分に言い聞かせながら、小瓶から瘴気抑制の薬液を取り出し、ポーチにしまい込んだ。その薬液は極めて高価で、限られた量しかないが、戦況が思わしくない場合には使う予定である。マギーは剣士たちの無理をさせないよう、情報とサポートで最大限に支える覚悟を胸に秘めている。
「必要なときには私が結界を解く呪文を唱え、瘴気を一時的に抑え込む……それからカイ様の剣に加護を込める。仲間たちが前線で戦い続けられるよう、影から全力を尽くすのみだ」
マギーは目を閉じて深呼吸をし、自らの役割を再確認した。その存在は決して前面には立たないが、仲間たちを勝利へ導く重要な鍵となる。マギーは剣士たちの背中を見つめながら、巻物を握り直した。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣を握りしめたまま、仲間たちと並んで歩を進めている。戦士としての血が騒ぎ、剣先には常に緊張が走るが、同時にこの旅の終わりが近いことを感じ、剣を構える手にも自然と力が入っている。ガロンはふと視線を上げ、険しい山道の先に見える門を見つめた。その門こそが魔王本陣へ通じる最後の砦であり、瘴気の結界が立ちはだかる最前線でもある。
「俺はカイの背中を守る――それだけだ。お前が如何なる試練を乗り越えようとも、俺はお前を見捨てない」
ガロンは心の中で誓いを立て、剣を軽く研いでから鞘に収めた。その動作だけで巨大な岩壁が一瞬だけ震え、瘴気の渦が微かに揺らいだ。ガロンは険しい表情を引き締め、全身で闘志をみなぎらせる。彼の背は仲間たちにとって砦そのものであり、その精神的な支えがなければカイは剣を振るうどころではないだろう。
「いざとなったら、俺が盾となる。お前の剣が闇裂きを討ち果たせるよう、俺の剣で道を切り開くまでだ」
ガロンは剣を柄に強く押しつけ、そのまま仲間たちと共に小道を進み続けた。彼の存在はまるで山のように揺るがぬ安心感を示し、仲間たちは誰一人として恐れを見せなかった。
■ ■ ■
ジーク視点
ジークは短弓を肩に掛けたまま、最後尾で仲間たちの動向を見守っていた。村を後にしてからここまで、ジークは一瞬も気を抜かず、周囲を警戒しながら歩を進めてきた。短弓を握る手には緊張が走るが、その奥には仲間への深い信頼と友情が宿っている。ジークは闇裂きの影との戦いを思い出し、カイが剣を掲げた瞬間の決意を再び胸に刻んだ。
「カイの覚悟を目の当たりにしたあの時……俺は誓った。どんなに瘴気が深くても、俺はこの短弓で仲間を守り抜くと」
ジークは胸の中で呟き、目を閉じる。その目を開けると、遠くの山々に魔王本陣の尖塔がくっきりと浮かび上がっていた。瘴気の霧が塔を包み込み、重苦しい気配を放っている。ジークは矢を一本取り出して、弓の弦に掛けた。矢先が微かに紫色に染まっていることを確認し、深呼吸してから視界をすべて周囲に広げた。
「ここまで来たら、俺は最後まで仲間の背中を護るだけだ……」
ジークは短弓を軽く構え、仲間たちと共にゆっくりと門へ向かって歩を進めた。その足取りには確かな自信と、仲間と共に未来を取り戻す強い意志が宿っている。
■ ■ ■
セレスティア視点
セレスティアは焚き火のそばで膝をつき、最後の祈りを捧げ続けている。彼女の手のひらから漏れ出す淡い光は、瘴気の残滓を吸い込み、暖かい癒しの力へと変えている。その祈りは仲間たちの心に静かな安らぎを与えると同時に、ルクスの刃先を浄化し、カイに真の力を行使させる導きを示している。
「愛と慈悲の光よ、この戦いに挑む者たちの魂を守り給え。傷ついた心が癒され、最後の闘いにおいても折れぬ勇気を授けたまえ」
セレスティアの詠唱が夜空に溶けるように広がり、焚き火の炎が一瞬だけ白みを帯びる。その炎はまるで聖なる聖火のように揺らめき、仲間たちの周囲を優しく包み込んだ。セレスティアは目を閉じながら、深い安堵と覚悟を胸に刻んでいる。彼女の祈りはカイの剣に宿り、その剣が今日の闘いにおける真の刃となることを確信させた。
「この世の闇を光で照らし、平和の鐘を鳴らす日が来るまで、私は祈り続ける」
セレスティアは静かに言い放つと、夜空を見上げた。遠くには満天の星が瞬き、月はその灯をいく分か隠しているものの、確かな光を夜空に残している。彼女の祈りの声と共に、小さな村の外れでいま、仲間たちは最後の夜を迎えている。
■ ■ ■
――カイ視点
夜が更けて深い静寂が広がる中、カイは焚き火の明かりに照らされながら仲間たちと向き合った。その顔には疲労の色が浮かびつつも、剣を握る手には揺るぎない決意が宿っている。村の人々はすでに避難を終え、後方に退避させたため、ここが最後の集結地点となる。
「皆、今夜はゆっくり休め。明日未明には魔王本陣へと向かう。瘴気も幻影も恐れるな。俺たちが一つになれば、どんな闇でも打ち砕ける」
カイは仲間たちを見回し、深く頭を下げた。その姿に応えるように、ガロンは剣を構えたまま大きく息を吐き、リリアナは杖を握り直して膝をついた。マギーは巻物を広げ直し、ジークは短弓を肩に掛け直した。セレスティアはまだ焚き火の前で祈りを続けているが、その目には穏やかな覚悟が浮かんでいる。
「カイ様、私が祈りを捧げ続けます。あなたは安心してその剣を振るってください」
リリアナが微笑んで言うと、カイは深く頷いた。ガロンは剣を鞘へしまいながらも、その剣先を地面に突き立て、静かに誓いを立てた。
「ガロン、お前がいれば俺は安心だ。明日、共に盾となろう」
カイが穏やかに言い放ち、ガロンは剣を抜くかのように剣を握り直した。その視線には、彼自身もまたこの戦いを乗り越える覚悟が感じられた。
■ ■ ■
深夜の帳がさらに濃くなる中、一行は焚き火の周囲で静かに夜を明かした。空には星々が瞬き、沈黙の中に小鳥のさえずりが聞こえる。闇裂きの影との戦い、封印の試練、そしてルクスの真なる力を手にしたあの日から、カイたちは多くの試練を乗り越えてきた。そのすべてが、いま彼らを魔王本陣への道へと導いている。
カイは剣を肩に担ぎ、炎の中に揺れる自らの姿を見つめた。仲間たちは睡魔に抗いながらも、一瞬、目を閉じて休息を取る。リリアナは杖を傍らに置き、そっと目を閉じて微睡む。マギーは巻物を膝に抱え、ジークは短弓を背にして静かに夜空を見上げている。ガロンは剣を鞘に収め、セレスティアは焚き火の残る暖かさを感じながら祈りを紡ぎ続ける。
「明日は世界を取り戻す日だ。全てはここから始まる」
カイは心の中でつぶやき、その声は夜明け前の静寂に溶け込んでいった。彼らの背中には、仲間たちの想いと祈りが乗り移り、やがて夜明けの光が差し込む頃、一行は最後の進軍へと歩き出すだろう。その足跡は、暗き魔王の城壁を打ち破り、世界に再び光を取り戻す一筋の光となる――。
28話終わり
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