25話 神殿の守護者
――カイ視点
封印の試練を乗り越え、黒き宝玉を手にした一行は、再び神殿の内部へと足を踏み入れていた。崩れかけた石壁から差し込む光が乱反射し、古びた祭壇や柱に刻まれた紋様がくすんだ輝きを放っている。その奥に待ち受けるはずの「神殿の守護者」、レオンハルトの像は既に粉々に砕け散り、屍のように礎石へと崩れ落ちていた。だが、その残骸からはなおも瘴気が立ち上り、空気は重苦しいままに漂っている。カイは剣を鞘に収め、深く息を吐いた。
「やった……封印を解き、守護者を打ち倒したはずなのに、まだ瘴気が消えない。何かが根深く残っているようだ」
カイは低く呟き、周囲を見渡した。石畳の裂け目からは淡い光が漏れ、その光は古代文字で刻まれた“再封印”の儀式を示唆しているかのように脈打っていた。リリアナが杖を高く掲げ、剣士を支えるように優しい蒼光を広げる。マギーは巻物を片手に、古代文字を再確認しながら周囲の様子を調べている。ジークは短弓を抜き、警戒を怠らない。ガロンは剣を握りしめたまま、剣先から相手を追跡するように視線を巡らせている。
「リリアナ、瘴気はまだどこから漏れているんだ?」
カイはリリアナに尋ね、リリアナは静かに目を閉じたまま魔力を巡らせる。やがて、杖の先端から漏れる光が一点を示唆するかのように微かに強く輝いた。
「祭壇の奥……地下へ続く扉の先です。そこに瘴気の源がまだ残っているように感じるわ」
リリアナは詠唱を続けながら、視線だけで地下への階段を指し示した。カイは頷き、仲間たちに声をかけた。
「皆、準備を整えろ。まだ試練は終わっていない。地下へ降りる階段があるはずだ」
カイは剣を再び抜き、ガロンは剣を構えたまま背中をカバーする姿勢に戻る。マギーは巻物を小脇に抱え、ジークは矢を番え直した。セレスティアはかすかに微笑みながら、最後の祈りを忘れずに唱え続ける。
■ ■ ■
リリアナ視点
剣士たちの足元を照らすように、リリアナは杖の先から淡い蒼光を放ち続けていた。古代の結界を崩したとはいえ、神殿内部にはまだ魔力の痕跡が残り、その痕跡は瘴気を伴って鼓動している。それを感じ取ったリリアナは、両腕を大きく広げて再び祈りを捧げる。
「光の力よ、どうか我らを導き給え。この闇を払ってください」
静かな祈りの言葉が封印の間に響き渡り、杖先を中心にして淡い光の輪が床に現れた。その光輪は瘴気を浄化し、暗がりに包まれていた地下への階段をほんのりと照らし出している。リリアナは祈りを続けながら、ゆっくりと階段へと視線を移した。
「ここから先は、私が瘴気を抑える。カイ様、どうか気をつけて進んで」
リリアナはそう囁き、杖をしっかりと握りしめた。カイはリリアナに深く頷き、剣を肩に担いだまま階段の先を見据えた。二人の間にある信頼が、その場にいる全員に安心感をもたらしている。
■ ■ ■
マギー視点
封印の間の奥にある地下への階段が現れると、マギーは巻物を広げて古代文字を追った。その文字には、「神殿の奥底に眠る瘴気の結晶を浄化せよ。さすれば封印せし魔王の力を我らに示さん」と記されていた。マギーは口元を小さく動かし、巻物の紙面をたたんで腰のポーチにしまい込む。
「ここから先は過去に誰も降りた者はいないらしい。挫折した者は二度と戻らぬ……だが、私たちにはリリアナ様やセレスティア様、そしてカイ様がいる。必ず無事に地下へ辿り着いてみせるわ」
マギーは自分に言い聞かせるように低く呟き、剣士たちの後を追って階段を降り始めた。ジークはその隣を静かに歩き、マギーの背中を警戒している。
■ ■ ■
ガロン視点
ガロンは剣の柄に手を添えながら、封印の間から地下へと続く石の階段を一歩一歩降りていった。その背中には、剣士としての誇りとともに、仲間たちを守るという重い責任が乗っている。階段の壁には古代文字が刻まれ、かすかに光を放つ石版が散在している。その文字を目で追うたびにガロンは、この神殿がいかにして築かれたのかを想像しながら剣先を見据えた。
「ここを抜ければ……どんなに深い瘴気が待ち受けていようとも、俺たちが踏み込める勇気を示さなければならない」
ガロンは心の中でつぶやき、仲間たちと並んで慎重に階段を降りた。階段の先には薄暗い廊下が続き、両側には朽ちた像や古びた壁画が並んでいる。瘴気は無風の空間に漂い、その粒子が白く浮かび上がっていることが肉眼で確認できた。ガロンは剣を構え直し、仲間たちを守る覚悟を改めて胸に刻んだ。
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ジーク視点
ジークは短弓を肩に掛け、階段を降りながら周囲を警戒していた。足音を最小限に抑えつつも、どこから魔物が来ても即座に矢を放てるように構えを維持している。階段の途中で、ジークは壁に刻まれた瘴気の源を示す古代文字を発見した。その文字は「深き闇の結晶は、心を清めたもののみが浄化せん」と記されている。
「つまり、ただ力で斬り裂くだけではダメだ。心の奥底にある闇を越える試練が待ち受けているのだな……」
ジークは小さく頷き、階段をさらに慎重に降りた。その姿勢はまるで滑るように静かで、短弓を握る手に血の気が滲む。だが、ジークは恐れず、仲間の元へ戻る決意を胸に刻みながら先へ進むのであった。
■ ■ ■
――カイ視点
地下への階段を降り切った先には、広大な空間が広がっていた。天井は高く、壁には苔むした紋様と薄暗い炎が揺らめくように描かれている。その中央には大きな黒曜石の祭壇が鎮座し、その上には瘴気の結晶が置かれている。結晶は深紅色に輝き、その周囲には瘴気が渦巻いているかのごとく、うごめいている。カイは足を止め、剣を構えてその光景を見つめた。
「これが……瘴気の結晶か。表面が脈打っている。あの光は、まるで生き物の血流のようだ」
カイは剣を握る手に力を込め、リリアナの機微を感じ取りながら周囲を見渡した。リリアナは杖を高く掲げ、魔力の光を瘴気の結晶に注ぎ続けている。マギーは巻物を背に抱え、結晶を浄化するための呪文を詠唱しようとしている。ガロンは剣を構え、ラストアタックに備えている。ジークは短弓を肩に当て、屋根裏の影からいつ襲撃が来ても対応できる態勢を整えていた。セレスティアは結晶の前で静かに祈りを捧げ、その手のひらからは淡い光が漏れている。
「リリアナ様、カイ様、支援します」
マギーは声をかけ、巻物を開いて古代文字を読み上げた。その詠唱の声が、ゆっくりと空気を震わせ、瘴気の粒子を収束させるかのように渦巻いていく。リリアナは魔力を最大限に集中させ、杖の先から放たれる蒼光を瘴気の結晶へと直接当てている。その光は結晶の表面を焼き尽くすかのごとく強く輝き、瘴気を浄化する勢いを見せていた。
「聖女様、リリアナ様、あと少しです。皆で一斉に力を注ぎ込んで!」
カイは剣を掲げ、ルクスの鼓動をそのまま瘴気の結晶に伝えるように集中した。剣に宿る瘴気と、リリアナの魔力と、マギーの詠唱が一つに重なり合う瞬間、黒曜石の祭壇が大きく揺れた。
■ ■ ■
リリアナ視点
リリアナは杖を抱えたまま、最後の一滴の魔力を瘴気の結晶に注ぎ込む。光が一斉に結晶を包み込み、その光芒はまるで太陽のように輝いた。リリアナは目を閉じて深呼吸をし、祈りを胸に込める。
「光よ、闇を貫いて……」
リリアナの詠唱と共に、結晶は裂け始め、紫色の瘴気が空気中へと放たれた。しかし、その瘴気はカイの剣と仲間たちの力によって浄化され、ゆっくりと消えていく。リリアナは最後の一音を放ち、杖を地面に突き立てて光の集中を解放した。
「浄化完了です。カイ様、瘴気の結晶は消えました!」
リリアナは微笑みながらカイに報告し、そのまま膝をついて深い呼吸を繰り返す。体力は限界に近いが、仲間たちを守るために戦い続けた誇りが、リリアナの胸を満たしている。
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ガロン視点
瘴気の結晶が完全に浄化された瞬間、ガロンは剣を握りしめたまま胸の内にあった緊張が一気に緩んだのを感じた。剣を鞘に収めつつ、その場で深く息を吐いた。
「これで封印の試練はすべて終わったはずだ……仲間たちの力を信じてよかった」
ガロンは仲間たちを見渡し、セレスティアが淡い笑みを浮かべているのを目にして安心した。その表情はまるで、長い祈りの旅路の終着点にたどり着いた聖女の祝福のように穏やかだった。
「カイの剣に聖女様の祈りを重ねた瞬間、瘴気が消えた。やはり、我らの絆こそが最強の武器だったのだな」
ガロンはゆっくりと剣を腰に携えなおし、仲間の元へと歩み寄った。
■ ■ ■
ジーク視点
ジークは瘴気が消え去ったことを確認すると、短弓を肩に掛けたまま仲間たちの輪に加わった。冷たい血を流すように赤く痕が残っていた短弓は、先ほどまでの緊張の証でもある。ジークはその短弓を軽く撫でながら、小さく微笑んだ。
「瘴気がなくなった。これで魔王本陣への道は完全に開かれたな」
ジークは言い、カイは大きく息を吸い込んでから応えた。
「そうだ。ここからが本当に最後の戦いになる。皆の想いと力を胸に、俺たちは魔王アズラエルへと挑むんだ」
カイは剣を柄に載せて仲間を見渡した。その目には既に覚悟が宿り、次に待ち受ける試練を恐れるどころか、仲間と共に立ち向かうという希望が滲んでいる。その姿を見たジークも、短弓を引き下ろし、仲間たちと共に剣を掲げた。
「ここまで来たら、後には引けない。皆、行こう――魔王アズラエルを討つために!」
ジークの声が響くと、仲間たちは一斉に声を上げ、剣や杖を掲げて気勢を上げた。瘴気が完全に消えた神殿の奥深くからは、まるで天罰のように外へと続く扉が開かれる気配がした。その扉はひび割れた光を放ち、遠くに見える城壁の尖塔へと繋がっている。
こうして、「神殿の守護者」の章は、封印の試練をすべて乗り越えた一行が瘴気の結晶を浄化し、ついに魔王アズラエル本陣への扉を開く場面で幕を閉じた。彼らが手にした力と絆を胸に、次なる章では大いなる戦いが彼らを待ち受ける――。
25話終わり
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