22話 ガロンの決意
ガロン視点
夜明け前の薄明かりが草原を淡く照らし出す頃、ガロンは剣を腰に携えたまま、丘の上に立っていた。冷たい風が彼の黒髪を揺らし、遠方からはかすかな鳥のさえずりが聞こえてくる。だが、ガロンの心は静まらなかった。昨夜の戦いを経て、魔族の影を退けたものの、魔王アズラエルとの最終決戦は目前に迫っている。仲間たちが眠るテントの方角を見つめながら、ガロンは剣先を地面に突き立てた。そこから伝わる鋼の冷たさが、まるで彼の胸に突き刺さるかのようだった。
「カイはあいつの背中を預かるという。ならば俺は――」
ガロンは小さく歯を噛みしめ、剣の柄を強く握り直した。その手に込められた意思は、まるで炎のように熱く、揺るがない決意を示している。戦士として生まれ、幾度となく傷つきながらも盾を掲げ、仲間を守り続けてきたガロンは、今こそ自分自身の信念を行動に移すときだと悟っていた。
■ ■ ■
かつてガロンは、騎士団の中でも特別な役割を担っていた。城壁の守りから前線への斥候任務、そして暗殺者との死闘──数えきれぬほどの戦いを経験し、そのたびに仲間の命を守ることだけを考えて剣を振るってきた。しかし、魔王討伐の旅が始まったあの日から、ガロンの胸に新たな思いが芽生えた。カイという青年剣士の姿は、まるで自分の弱さを映し出す鏡のようでもあった。時には冷静沈着に、一方で激情を抑えきれずに突っ走るその姿に、ガロンはかつて自らが抱えていた不安と重なるものを感じ取っていたのだ。
「俺はお前を守る。何があっても、お前の背中を離さない……」
ガロンは内心で誓いを立てた。剣を振るうたびに血を浴び、心に深い傷を刻むことを恐れるならば、戦士としての価値は半減してしまう。だが、ガロンは覚悟していた。もしも自分が盾となってカイを守り、その盾が砕かれる日が来たとしても、最後の一瞬まで剣を振り続ける覚悟があった。
丘の斜面を降りていくと、そこには仲間たちのテントがいくつか並んでいた。提灯のかすかな光が布を透かし、リリアナが仲間たちのために小さな回復魔法を唱える姿や、マギーが地図を確認している姿が見え隠れする。ジークはすでに起き出して小声で情報の整理をしており、セレスティアは祠の前で瞑想を続けている。ガロンはその光景を見つめながら、静かに息を吐いた。
「お前たちがいるから、俺はここまで来られた――」
ガロンは心の中で仲間一人ひとりに感謝を告げ、再び剣を抜き放した。剣先からは朝靄を裂きながら淡い光が漏れ、まるで仲間を一つに繋ぐための合図のように輝いている。ガロンは剣をしっかりと握りしめ、そっと天を仰いだ。
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そのとき、近くで眠っていたカイが目を覚ました。剣の振動を感じ取ったのか、カイはゆっくりと立ち上がり、その場へ向かって歩いてきた。リリアナはカイのそばに駆け寄り、マントを肩にかけながら「ガロン様、何かありましたか?」と問いかける。ガロンは剣を横に置き、剣先が地面に触れるか触れないかのぎりぎりの位置でその刃を見つめた。
「カイ、お前が先導し、俺が背中を守ると誓ったな。だが、今こそ俺自身の決意を確かめたい。お前がどれだけ強くあろうとも、俺は俺の剣でお前を守る」
ガロンの声は低く、しかし確たる決意が込められていた。カイはその誓いを聞き、一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐに深く頷いた。
「わかっている。ガロン、お前がいれば俺は何も恐れない。共に歩む道を、最後まで諦めずに進もう」
カイの目には揺るぎない信頼が宿っており、ガロンはその視線を受け止めるように目を細めた。二人は互いに無言のまま刃と盾を構え合い、その瞬間、まるで長年連れ添った戦友のように息を合わせた。
「よし……仲間たちにも知らせてくる。準備はいいか?」
ガロンが尋ねると、カイは軽く剣を振って頷いた。リリアナはそっと魔法の光をカイに注ぎ、マギーは地図をたたみながら編んでいる索道の修正点を確認している。ジークは短弓を肩に掛け、遠くの草原を警戒する目を光らせ、セレスティアはかすかな微笑みを浮かべながら二人を見守っている。
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ガロンは丘の上に戻り、再び剣を手に取った。薄霧の向こうには、まるで無数の眼を光らせるように魔族の一団が迫っているのがわかる。だが、ガロンは微動だにしなかった。剣を抜いたまま大きく息を吸い込み、振りかぶって一閃する。刃が空気を切り裂き、その衝撃が魔族の影をも押し戻す。仲間たちはその姿を見て一瞬息を呑んだが、すぐに互いに士気を高め合うように声を上げて前へ進んだ。
「行くぞ! 俺たちの決意を刻む一撃を放つためにな!」
ガロンの号令が草原にこだまし、仲間たちは一斉に突進を開始した。剣と魔力が交差し、炎のように散る光が夜明けの霧の中できらめき、魔族の影は次々と崩れ去っていく。ガロンはその最前線に立ち、自らの剣を振るいながら叫び続けた。
「俺はお前を守る! お前たちに未来を繋ぐために、この刃は決して折れない!」
その言葉が仲間たちの心を鼓舞し、誰一人として恐れを見せる者はいなかった。剣気が空気を震わせ、魔族の瘴気は刃の一閃と共に消滅していく。ガロンの紡ぎ出す一振り一振りは、まるで仲間たち一人ひとりのための祈りのようでもあった。
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戦いが終わる頃、東の空が赤く染まり始めた。朝日はまだ顔を見せず、だが夜の帳を切り裂く勢いで光を放っている。戦場には静寂が戻り、浅い呼吸をしているのはガロンと仲間たちだけだった。ガロンは剣を収め、深く胸を張った。傷ついた兵士たちを労りながらも、目は既に次の戦いへ向かっている。カイはガロンの横に立ち、剣の柄を軽く叩いた。
「ガロン、お前の決意は確かに受け取った。共に進む道を、絶対に曲げない」
カイの声には感謝と確信が込められており、ガロンはその言葉を胸に刻むように深くうなずいた。
「よし、仲間を集めて前線基地へ戻ろう。ここからが本当の決戦の始まりだ」
ガロンは仲間たちに声をかけ、刃を背に戻した。そして、彼らは揃って丘を下り、前線基地へと歩を進めた。夕焼けに染まり始めた草原には、深い傷跡と共に新たな希望の芽が咲き始めている。ガロンは視線を未来へ向け、仲間と共に歩む道を再び歩き出した。その足音は、これから訪れる戦いを確かなものへと変える決意の足跡であった。
22話終わり
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