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21話 魔族の影

――カイ視点


夜明け前の青白い光が草原を染める頃、カイは剣を肩に担ぎながら、仲間たちとともに薄霧の中を歩んでいた。前線基地を制圧してから幾日が経ち、魔王アズラエル本陣への道筋はおおよそ整ったはずだった。しかし、草原を渡る冷たい風に紛れて、どこからともなく不気味な気配が漂ってきた。それは魔物とも違う、人の形をした存在が視界の端にちらつくような感覚──まるで「魔族の影」が一行を尾行しているかのようだった。


「ガロン、見えるか? あの木立の影、その奥に……」

カイは剣の柄を握りしめ、薄暗い木立を指さした。その先には、黒いマントをまとった人影が、まるで風のように幽かに揺れている。ガロンは鋭い目を細め、剣先をそちらへ向けた。


「確かにいる。だが、姿を捕らえきれない。気配だけが濃くなる」

ガロンの声にカイはうなずき、仲間たちに無言の合図を送った。小さな光を灯すリリアナの魔力が、無数の萱や低木の影を照らし出す。だが、魔族の影はその度に霧の裂け目へと滑り込むように姿を消し、決して捉えさせない。


■   ■   ■


――リリアナ視点


カイの隣で杖を握るリリアナは、淡い蒼光を放って周囲に魔力の気配を探知し続けていた。剣士たちを振るう魔術師との戦いを経て、リリアナの魔力は限界に近づいているはずだが、それでも仲間を守るために精一杯光を放ち続けようと心に誓っている。草原の向こうでは小川がせせらぎを立て、その音が冷えた夜気と混ざって静寂を破る。


「カイ様、魔族の影は魔力の痕跡を残しているわ。その痕跡が薄れつつあるので、もうすぐ追いつけるはず」

リリアナは小声で告げ、杖の先端を一振りして草むらの影を照らし出す。すると、ひび割れた地面に瘴気のような黒い霧が渦を巻き、まるで魔族の姿を下地として描くかのように形を変え始めた。


「幻ではない。あの瘴気が示す先にこそ、魔族が潜んでいる」

リリアナは呟き、再び詠唱を始めた。口元から零れる言葉はかすかだが、その魔力は確実に霧を弾き返し、暗闇を切り裂くように光の道を作り出した。


■   ■   ■


――ガロン視点


草原の中央で立ち止まったガロンは、剣を柄に収めて馬の手綱を握り締めた。仲間と共に進むべき前方の稜線には、濃い瘴気が漂っている。昨夜までの戦いで前線基地を制圧し、補給を整えたものの、その足元にはやはり魔族が潜むと感じさせる不穏な気配が付きまとっていた。


「おい、ジーク。お前の脚力でその瘴気の渦を先回りしてみろ。奴らがどこから来るか、足跡を調べるんだ」

ガロンは周囲に目を配りながらジークに命じた。ジークは素早く馬から飛び降り、短弓を肩に掛けて草むらへと飛び込んだ。彼の姿は一瞬垣間見えるが、すぐに霧の中へと消えていった。


「了解。すぐに戻る」

ジークの低い声が木立に吸い込まれ、ガロンは剣を鞘に戻した。その動作のたびに甲冑の金属がかすかに軋み、薄明かりの中で鳴り響いた。


「カイ、奴らの目的は何だと思う? 前線基地を迂回して本陣に向かうだけのはずはない」

ガロンは問いかけ、カイは大きく息を吸った。


「おそらく、俺たちを弱らせてから一気に叩こうという魂胆だろう。先ほどの戦いで前線基地を壊滅させたのは俺たちだ。奴らも悔しさを感じているはずだ」

カイは答え、剣を腰にかける。ルクスの冷たい鼓動が胸に広がり、わずかに瘴気の色を帯びた光が剣身を照らし出した。


「ならば、奴らに先手を打たせるわけにはいかない。俺たちが先に攻める。行こう、皆を導く」

カイは剣先を天に突き上げ、その振動が馬の群れを揺らす。ガロンは剣をしっかり握り直し、カイの背中を見つめた。その視線には死線を越えてきた者同士の確かな絆が宿っている。


■   ■   ■


――ジーク視点


草むらの中で地面を蹴るようにしてジークは走り回っていた。短弓を肩に掛け、野伏せの姿勢を維持しながら足跡を探している。朝露に濡れた草は足元で音を立てず、ジークはその沈黙の中でわずかな違和感を感じ取っていた。


「……ここだ。この瘴気の粒子は、新鮮だ。魔族が昨夜、ここを通り抜けた証拠だ」

ジークは小さく呟き、泥の中に刻まれた獣のような蹄跡を見つめた。足跡は二つに分かれ、それぞれ異なる方向へと続いている。そのうち一つは崖下へ消え、もう一つは林の奥へ向かっている。ジークは迷わず後者を選び、深い呼吸を整えて草むらを抜けた。その先には小さな沼があり、未だに瘴気が渦巻いている。


「よし……この沼を超えれば、あの林の向こうに魔族の隠れ家があるはずだ」

ジークは床に落ちた魔法陣の破片を拾い上げ、懐にしまい込むと、さらに奥へと進んだ。闇が深まるにつれて瘴気は濃くなり、炎のように立ち上る暗黒の霧が視界を遮る。だが、ジークは恐れず、短弓を構えたまま足音を抑えて進んでいった。


■   ■   ■


――カイ視点


ジークが去った後、カイたちは草原の小道を進んでいた。ガロンとリリアナは隣り合って歩き、マギーはその後方で地図を広げている。カイは剣を背に押し込み、遠くの林を見据えた。その林の木々の影に、わずかに黒い影が動くような錯覚がある。


「リリアナ、瘴気の匂いが濃くなっているわ。あの林の中に敵が確実に潜んでいる」

リリアナは杖を立てて詠唱を始めると、かすかな蒼い光が拳大の魔法陣を地面に浮かび上がらせた。その魔法陣は瘴気を少しずつ浄化し、仲間に安全なルートを示すように輝きを放つ。カイは深く頷き、剣を構えながら前へ進む足に力を込めた。


「よし、ここは俺たちが先手を取る。ガロン、先に進んで敵の数を確認してくれ。俺はリリアナとマギーと共にここで援護する」

カイは仲間たちに声をかけ、ガロンは剣を抜いて一歩先へと飛び出した。その背中には仲間への信頼と、戦士としての誇りがにじんでいる。ガロンは林の入口へと駆け寄り、剣先を林の奥へ向けた。その瞬間、木々の影から複数の魔族が現れ、鋭い爪を光らせて襲いかかってきた。


「来たぞ! 気をつけろ!」

ガロンが叫び、剣を振りかざした。刃先からはかすかな蒼光が溢れ、瘴気を弾き飛ばすように魔族たちを斬り裂く。だが、魔族は数が多く、身軽な脚力でガロンの斬撃をかいくぐりながら、仲間たちを狙ってきた。カイは馬上から剣を抜き、援護の姿勢を取る。


「リリアナ、魔法支援を。マギー、情報を頼む!」

カイは叫び、リリアナは杖を高く掲げて魔法陣を描いた。魔法陣から放たれた白い光が林の入口を照らし、瘴気の魔族を怯ませた。マギーは地図を広げつつ、敵の動きを分析して仲間に指示を飛ばす。


「魔族は五体ずつ小隊で包囲を狙っているわ。ここで押し込まれると後方を突かれる。カイ様、ガロン様と共に左側から挟み込めば、数を減らせるはずよ!」

マギーの声に、カイは深く頷き、馬を軽く動かして左へ移動した。ガロンは斬撃を重ねながら敵を引き付け、カイは馬上から剣を振り下ろして魔族を次々と打ち倒していく。リリアナの魔法が二人を包み込み、マギーは仲間の位置を常に把握して情報を伝達し続けた。


「これで敵は三体! 残りも少ないわ!」

マギーは叫び、カイは軽く微笑んで剣先を砂地に突き立てた。最後の魔族が苦悶の声をあげ、倒れ込むと同時に瘴気の影が消え去り、一瞬の静寂が訪れた。ガロンは剣を鞘に収め、カイは馬から降りて深く息を吐いた。


「よくやった、皆。これで小隊は壊滅した。この先は本当に魔王本陣だけが立ちはだかっている」

カイは仲間たちに声をかけ、リリアナは魔力を収束させて杖を下ろした。マギーは巻物をたたんで懐にしまい込み、ガロンは剣を軽く研磨しながらうなずいた。林の中には再び静寂が訪れ、草木のざわめきだけが聞こえる。カイは剣を肩に担ぎ直し、馬上へ戻った。その背中には仲間への感謝と、魔王本陣へと臨む覚悟が描かれている。


「行こう。魔王アズラエルの本陣は、あの山の向こうにある。仲間と共に、この一撃を成し遂げる」

カイは低く宣言し、一行は再び草原を越えて山道へ向かって歩を進めた。霧の向こうに見える山々は、あたかも最後の峠を越えるかのようにそびえ立っている。だが、仲間たちの祈りと想いは消えず、光を宿した刃はこれから迎える大いなる戦いを静かに照らし続けていた。


21話終わり

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