19話 幻影の中の真実
――カイ視点
冷たい風が洞窟の奥深くから吹き抜け、石壁に反響するようにひんやりとした残響を響かせる。カイは馬から降り、剣を腰に納めたまま深く息を吐いた。先ほどの「鏡の廊」で己の影と戦い、恐怖を振り払ったものの、まだ心の奥には重い影が残っている。仲間たちは少し離れた場所で待機しており、リリアナは杖を手に瞑想しながら魔力を巡らせ、マギーは地図を確認しつつ、ガロンは剣を磨りながら周囲を警戒している。ジークは短弓を構えたまま辺りを見張り、セレスティアは祭壇のような石の台座の前で祈りを捧げている。その姿を見つめながら、カイは自らの過去と向き合う覚悟を固めた。
「ここが最後の試練の場所か……幻影の試練とは、やはり己の記憶と向き合うということか」
カイは静かに呟き、剣の鍔を何度か指先で叩いた。ルクスの冷たい鼓動が彼の胸に響き、「進め」と断続的に囁く。その声に背中を押されるように、カイは剣を背負う紐を緩め、手で柄を握りしめた。
■ ■ ■
ゆっくりと洞窟内を歩み始めると、背後の灯りが暗がりに影を落とし、壁の模様が歪んで見えた。次第に、カイの目の前にはかつての故郷であった村の姿が浮かび上がる。広場には子どもたちが走り回り、家畜たちがのんびりと草を食んでいる。だが、風景の奥には燃え盛る炎が見え、家屋が崩れ落ちる轟音と人々の悲鳴が遠くから聞こえる。カイは胸が締めつけられるような痛みを感じながら、その幻影を見つめ続けた。
「――これは……過去の記憶か?」
カイは剣を軽く構えながら呟き、その幻影の中へ進んでいく。村の通りを進むと、そこには幼い弟と遊んでいた自分の姿が映し出され、次の瞬間、その弟が魔物に襲われる光景が切り替わる。カイは体が震え、剣の柄にしがみついたが、足は止まらず幻影の中へ引き込まれていく。
「やめ……っ!」
カイは声にならない叫びを上げたが、幻影は止まることなく彼を突き進ませた。火炎に包まれた家屋の前で、少年だったカイは剣も何も持たぬまま、手を伸ばして助けを求めている。その傍らには母の泣き声がこだまし、父の咆哮が響く。カイは自分自身が何もできなかった無力さを思い出し、胸が焼けるように痛んだ。
「――この痛みは、俺が逃げたあの日の苦しみだ」
カイは深く息を吸い込み、幻影を斬り払おうと剣を振りかざす。しかし、剣は虚空を切り裂くだけで幻影は消えない。むしろ、その光景がくっきりと浮かび上がり、彼を責め立てるように囁きかける。
「お前は何をしていた? 何もできなかったくせに……」
幻影の中の母の声が、カイの心に突き刺さる。カイは刃を握りしめたまま膝ががくがくと震え、膝まずきそうになる衝動を抑えた。それでも、剣を握る右腕に力を込めて、再び立ち上がる。
「俺は……あの日、必ず弟を守ると誓ったはずだ。なのに、悲劇を止められなかった」
カイの声音には悔恨が滲み、ルクスの鼓動は鋭く、彼を詰問するかのように加速する。だが、カイはその鼓動に答えるように、刃先をその場に突き立てた。
「もう一度やり直すチャンスをくれ……幻影よ、取り消せ! お前を――」
カイが叫び声をあげた瞬間、剣先から蒼い閃光が放たれ、幻影の村は霧のように消え去った。洞窟の中は静寂に包まれ、ただ水滴の音と剣が岩に触れるわずかな音だけが響く。カイは深く息を吐き、剣を背に戻した。
■ ■ ■
一瞬の静謐の後、次に現れた幻影は、師匠である騎士マークスとの訓練場の光景だった。若き日のカイは剣技に迷い、マークスから厳しい稽古を受けている。マークスの声は厳しくも温かく、カイの胸に刻まれた記憶の断片を揺さぶる。
「お前の剣は、心が定まっていない。剣先を真っ直ぐに向けろ。心を込めれば、刃は必ず相手を貫くのだ!」
マークスの声に、カイは苦い表情を浮かべながら反論した。「心が定まっているんだ! でも、俺にはまだ弱点がある……」
師弟のやり取りが、カイの胸に重くのしかかり、幻影は次第にマークスの悲痛な表情へと変わる。マークスはカイの剣を受け止めようとして、胸を斬られて倒れる。その直前、眼差しは息絶え絶えにカイを見つめていた。
「カイ……お前は、俺の誇りだ……諦めるな……」
その言葉がかすかに響く中、幻影は闇に溶けて消え、カイは剣を握る手を強く握りしめた。彼はその場にひざまずき、剣先を前に置いて深い呼吸を繰り返す。心臓の鼓動を感じながら、カイは声を絞り出した。
「師匠……俺はまだ弱い。だが、お前の想いは糧にして、必ず仲間を守り、世界を救う!」
カイの揺れ動く感情は剣先に伝わり、ルクスの鼓動は静かに応えるように震えた。その鼓動は、まるでカイの覚悟を受け止めたかのように優しくなる。
■ ■ ■
――リリアナ視点
リリアナはカイに寄り添い、優しく手を肩に置いた。マギーはその横で地図を広げ、まだ見ぬ洞窟の奥を示している。ジークは洞窟内の安全を見張り、ガロンは剣を鞘に収めつつ仲間たちを見守っている。セレスティアは石柱の前で祈りを再び捧げ、その祈りの光がカイを包み込む。リリアナは小声で囁いた。
「カイ様、あなたは強さと優しさを兼ね備えた戦士よ。過去に負った傷は消せないかもしれないけれど、その痛みを抱えてこそ、真の刃となれるの。恐れないで」
リリアナの言葉に、カイは深くうなずき、目を閉じて祈りを捧げるように呼吸を整えた。リリアナの魔力がカイの胸に流れ込み、剣を握る右腕の震えを鎮める。リリアナはひと息で視線を水面に向け、次の幻影が現れることを予期している。
――マギー視点
マギーは地図を巻き終えると、小さなランプをかざして洞窟の壁を照らし出した。壁には古代の文字や紋様が刻まれており、その中には「真実を見極める者、闇に飲まれるな」という注意書きが残されている。マギーはメモ帳を取り出し、その文言を素早く写し取った。
「セレスティア様やリリアナの言葉は、一つの指針よ。幻想を見抜き、己の内側にも向き合えということね」
マギーは仲間たちの背中を見つめ、次の行動を思案している。洞窟の奥には最終の試練があるはずで、恐らくそこには魔王に対峙する鍵が隠されている。マギーは再びランプを消し、剣を携えたままカイの横へ歩み寄った。
「カイ、リリアナ、次の部屋は呪いの間とも呼ばれているらしい。瘴気の結界が張られていて、魔力を狂わせるものがあるそうだ。気をつけて進みましょう」
マギーの言葉が洞窟内に静かに響き渡り、仲間たちは一瞬緊張を強めた。だが、その緊張は確かな覚悟に変わりつつある。
――ガロン視点
ガロンは剣を鞘から引き抜き、刃先を淡く照らすルクスの鼓動を感じ取った。仲間たちが一つにまとまっていることを確信し、その背中を押すように空を見上げた。洞窟の奥はまだ暗闇の中だが、それでもガロンの胸には熱い決意が宿っている。
「皆、行くぞ。次の試練を乗り越えれば、魔王討伐の大きな手掛かりが手に入るはずだ。信じて進もう」
ガロンの号令に応えるように、仲間たちは深くうなずき、再び洞窟の深部へと歩みを進めた。暗闇はさらに深まり、足音だけが静かに響き、水滴の音がまるで鼓動のように響き渡る。その奥にはまだ見ぬ真実が待っている――。
こうして、「幻影の中の真実」を乗り越えたカイたちは、さらなる試練へと歩を進めていった。
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