表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/100

15話 ルクスの真意

――カイ視点


朝もやに包まれた小さな丘の上で、カイは騎乗したまま静かに眼を閉じていた。昨夜の魔術師団前線基地攻略以来、仲間たちは束の間の休息を取っている。ガロンは馬上で剣を手入れし、マギーは静かに地図を確認し、リリアナは小さな光の玉を羽ばたかせながら祈りの言葉を口にしている。ジークは遠くの樹林へ目を凝らし、次の動きに備えている。そのすべての姿を見渡しながら、カイの胸には言い知れぬ不安と期待が渦巻いている。


「……ルクス、そちらの声は聞こえているか?」

カイは心の中で魔剣ルクスに呼びかけた。剣身から伝わる冷たい振動が、胸の奥で微かに高鳴る。ルクスはこれまで数々の戦いでカイを支えてきたが、同時にその力には代償が伴うことをひた隠しにしてきた。カイはその真意を確かめたくてしようがなかった。昨夜の戦いで、ルクスの力を解放した瞬間にカイは瘴気に囚われそうになり、リリアナの浄化魔法でぎりぎり命を繋いだ。あの感覚は二度と味わいたくないと思いながらも、闇を断つ刃への渇望は消えなかった。


「お前の心はまだ弱い。完全に我を受け入れられぬ限り、本当の力は発揮できぬ」

剣の奥底から、低く響く声がカイの意識に囁きかけた。その声は冷たく鈍い金属のような響きを持ち、まるでカイの魂を試すかのようだった。カイはぎゅっと握った剣柄に集中し、意を決して目を開いた。目の前には仲間たちの輪郭がぼんやりと浮かび上がり、世界はまだ蒼白い朝靄に包まれている。カイは深呼吸を取り戻し、仲間たちに意識を戻す。


「……ルクス、お前は何を望んでいる?」

カイは静かに剣先を地面に突き立て、刃の冷たい切っ先に視線を落とした。仲間たちはそれぞれの任務を続行しつつも、何か異変を察してカイへ気を配っているように見えた。ガロンは剣を鞘に収めながらカイに微かに頷き、マギーは地図から顔を上げてカイを見つめ、リリアナの光は揺らめきながらカイを包む。カイは剣の鼓動に耳を澄ませるようにして問いかけを繰り返した。しばらくの沈黙の後、ルクスは答えたように刃先を僅かに震わせる。


「もっと、深き闇を恐れよ。お前が完全に我を受け入れれば、闇と剣との境界は消え去る。そのとき、お前は全てを切り裂く真の刃となる」

ルクスの声は深淵の底から響くように重く、カイの心臓を強く突き動かした。カイは剣を握りしめたまま目を閉じ、激しい呼吸を繰り返す。彼の頭の中には、「ルクスと一体化すれば力は無限に近づく」という言葉が何度も反芻された。だが同時に、その先にある“闇の領域”に踏み込む恐怖が、底知れぬ深みのように広がる。


──お前はまだ、我と同じ悲しみを知るに至らぬ。それを理解して初めて、真の力を得るのだ。


その声が示す意味を理解しようと、カイは剣を地面に刺したまま全身で震えた。彼は何を恐れているのか――それは、仲間を守る心ゆえの恐れなのか、自分自身の魂を失う恐れなのか、その区別すらつかなくなるほどに混乱していた。しかし、求められるのは覚悟だと、剣は静かに告げているようだった。


■   ■   ■


――リリアナ視点


丘の下で仲間たちを見守っていたリリアナは、カイの剣先から放たれる奇妙な揺らめきに気づき、ゆっくりと馬を止めた。杖を手にしたまま、リリアナは仲間たちに目配せし、静かに砂利を踏みしめながらカイのもとへ向かった。その瞳には懸念の色が浮かび、彼女は心の中でカイを思った。


「カイ、何か感じる?」

リリアナは馬の背から身を乗り出し、カイの横で声をかけた。カイは一瞬目を開き、リリアナに視線を向ける。しかし、その瞳には刃を通じて囁かれるルクスの声に囚われたような、遠い光が宿っていた。リリアナはその様子を見て、胸の内が締め付けられる思いがした。


「……ルクスが、何かを求めているみたい。カイはその声に囚われているように見える」

リリアナは小声で呟き、マギーとガロン、ジークの方を見やった。マギーは地図を畳み、顔を曇らせながら頷いた。ガロンは両手を鞍に置き、険しい表情でカイを見守り、ジークは短弓を掲げながら辺りを警戒している。


「リリアナ、カイの精神状態はどうだ?」

ガロンがそっと問いかける。リリアナは杖をそっと撫で、固くうなずいた。


「私にはわかる。カイは剣と向き合い、自分の心の奥底にある闇と対峙しようとしている。でも、その先には必ず危険がある。ルクスに飲み込まれないように見守るわ」

リリアナの言葉は静かだが、その眼差しには揺るがぬ意思が宿っている。彼女はゆっくりとカイの横に立ち、そっと手を伸ばして剣の柄を撫でた。そのぬくもりが、カイの意識を今一度外の世界へ呼び戻すことを願っての行動だった。


「カイ、あなたは一人じゃないわ。私たちがいる。どんなに闇が深くても、共に歩む限り、あなたは迷わない」

リリアナは低く囁き、その言葉がカイの胸に届くようにと願いを込めて見つめた。カイは一瞬戸惑ったように視線をリリアナに向け、剣先の揺らめきがわずかに収まったように見えた。


「リリアナ……ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった」

カイの声は震えていたが、その瞳には感謝の光が宿っている。リリアナは優しく微笑み、剣から手を離した。周囲にはまだ朝靄が残るが、その空気はどこか温かな希望を帯びているように感じられた。


■   ■   ■


――マギー視点


カイとリリアナの様子を見守りつつ、マギーは地図と巻物を取り出していた。剣から伝わる瘴気を感知し、マギーは小石を一つ拾い、地面に魔力の結界を描くように戯れに刻んだ。周囲にはかすかな光が満ち、瘴気の気配を視覚化する。すると、剣から立ち上る瘴気の波紋は、水面に広がる輪のように震え、やがて静まり返った。


「ふむ……ルクスの瘴気は、ただの闇ではない。意志を持っているわ。カイがその声を聞いている以上、墓穴を掘るようなものになる可能性がある」

マギーは地図をしまい込み、周囲を警戒しながらリリアナに近づいた。そして、小声で囁く。


「リリアナ、今のカイの精神状態をどう扱うか考えましょう。剣の声に囚われたら、彼は自身を見失ってしまうかもしれない」

リリアナは杖をしっかりと握りしめ、マギーの意見に耳を傾けた。そのまなざしは鋭く、マギーの懸念を十分に理解しているようだった。


「その通りね。剣の瘴気はカイを強くする一方で、彼の心を深い闇へ引きずり込む毒にもなりかねない。私ができる限り、聖なる祈りで彼を支えるわ」

リリアナは断言するように言い、マギーは小さく頷いた。マギーは懐から小瓶を取り出し、中の薄緑色の薬液をリリアナに差し出した。それは「精神安定の露」と呼ばれる魔薬であり、瘴気の影響を一時的に抑え、心を落ち着かせる効果を持つ。


「これを使えば、瘴気による幻惑を緩和できるはず。代償は魔力消費が少し増えることだけど、明日の戦いでは必要な対策よ」

マギーはそう言い、リリアナは表情を柔らかくして微笑んだ。


「ありがとう、マギー。これでカイにも少し余裕ができるはずよ」

リリアナは笑顔を浮かべ、薬瓶をポケットにしまい込んだ。マギーも安堵したように息を吐き、再び仲間たちへ視線を向ける。剣を握るカイの姿は、どこか覚悟に満ちているが、同時に揺れ動く心を抱えているのが手に取るように伝わってきた。


――ガロン視点


ガロンはカイとリリアナのやりとりを見守りながら、剣をたたきつけるようにして鞘に収めた。彼はその場に馬を停め、厳しい表情で辺りを見渡す。小さな丘にはまだ朝靄が霞み、峡谷の向こうには険しい山並みが続いている。その先に待つ試練を思うと、ガロンの胸には緊張と期待が混ざり合った感覚が湧き起こる。


「カイ、お前はよくやっている。剣の声に惑わされるな。お前の心は仲間と共にある。それだけを忘れるな」

ガロンは静かにカイに声をかけた。カイはガロンに視線を向け、静かにうなずいた。その一瞥から、ガロンはカイの中に揺れる迷いを感じ取りつつも、強い意志を読み取った。


「ありがとう、ガロン。お前の言葉だけで、すべてがクリアになる気がする」

カイは心からの笑みを浮かべ、ガロンは剣の柄を軽く握りしめながら肩越しに微笑んだ。その微笑は、仲間を支え続ける仲間の優しさと強さを示していた。


「さて、戻ろう。時間が惜しい。マギーが情報をまとめているはずだ」

ガロンはそう言うと、馬を動かし始めた。カイは剣を再び馬の背に乗せ、仲間たちと共に丘を下りていく。リリアナは杖を手にし、マギーは小走りで地図を手直ししながら、ジークは短弓を肘に押し当てて警戒を続ける。


■   ■   ■


――カイ視点


丘を下りると、一行は霧の中に立つ小さな集落の間を通り抜けた。そこには人家が数軒点在し、農夫や子供たちの姿も見えたが、昨夜の盗賊団襲撃後とあって、どこか陰鬱な空気が漂っている。瓦屋根の隙間から差し込む朝光が、かすかに家々を照らし出す。カイは馬をゆっくりと歩かせながら、周囲を見渡した。


「ここも危険地帯だ。魔術師団の前線基地に通じる補給路だから、監視と警戒を怠れない」

カイは仲間たちに声をかけ、リリアナが魔力を巡らせて小さな光の粒を放った。その光が集落の影を透かし、瘴気の残滓や魔力の痕跡を炙り出す。マギーは地図を取り出し、廃屋となった家屋の中から情報を収集するために走り回っている。


「この家の裏手に、魔術師団が埋めた匿い場所の入口を発見したわ。今夜は見張りがいなかったから、ここを利用して補給物資を運び込もうとするかもしれない」

マギーは息を切らしながら報告し、カイは剣をきゅっと握りなおした。その言葉が示す通り、集落は補給拠点でもあり、敵にとっては狙いやすい要所となっている。カイは馬を止め、仲間たちに次の行動を指示した。


「ガロン、ここは私に任せて仲間を引き連れて前線基地へ急ごう。リリアナ、時折魔力で周囲を探知し続けてくれ。ジーク、裏道から廃屋に潜入して、中の敵を排除してくれ。マギー、残って情報を集めながら、敵の動きを監視してくれ」

カイは仲間たちに分担を伝え、その声には迷いの余地がなかった。ガロンは頷きながら馬を引き返し、リリアナは杖を掲げて光を放ち、ジークは軽やかに馬から飛び降りて廃屋へと駆け出した。マギーは地図を片手に戦況を記録しつつ、そのまま集落の影へと身を潜めた。


「……よし、俺たちは先に進む。お前たちは気をつけてくれ」

カイは最後に仲間を見渡しながら声をかけ、その場を離れた。ガロンは剣を鞘に納め、ゆっくりと馬を進め、リリアナは光を放ったまま後に続く。馬群は朝霧の中を疾走し、谷底へと向かう暗い道を進んでいった。視界に広がるのは険しい岩肌と切り立つ崖、その先には魔術師団前線基地の尖塔がかすかに見える。


「明日の正午までに前線基地を制圧しなければ、補給路が破壊されてしまう。それができなければ、この先の遠征は失敗に終わるかもしれない」

カイは心の中で呟き、剣を腰にしっかりと収め直した。その剣にはルクスの冷たい鼓動がひそかに宿っており、彼にさらなる覚悟を求める。カイは息を呑み、馬の首を引き寄せて速度を上げた。


丘の向こうから朝日が昇り始め、一行を黄金色に染める。そして、仲間たちの想いを背負いながら、カイは再び剣に全てを託す覚悟を固め、前方にそびえる塔へと向かって歩を進めるのだった。


15話終わり

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!

他にもたくさんの作品を投稿していますので見て頂けると嬉しいです

https://mypage.syosetu.com/2892099/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ