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13話 盗賊団の罠

――カイ視点


薄霧の中、カイは馬を進めながら周囲を警戒していた。前夜の山道の長旅が体力を奪い、昨夜はほとんど眠れずに過ごしたが、その疲労は瞼の奥にかすかな重みを与えながらも、剣を握る右手の力は失われていない。朝靄に包まれた木々の間から差し込む光が、青い鎧と剣の鋼を淡く照らす。仲間たちとともに遠征の旅を続けるなかで、闇の勢力が彼らを付け狙っているという噂を耳にした。封印の神殿や奪われし街での戦いを経て、いま一行は荒れた山道を抜け、次なる拠点を目指していたが、そのうちの一部が「盗賊団の罠」にハマるという情報がマギーからもたらされた。


「カイ、この先にある峡谷の入口には小さな集落がある。そこを通るのは危険かもしれない。盗賊団が潜んでいるという噂を聞いたわ」

リリアナが馬上から囁く。彼女の声は静かだが、確かな危機感を湛えていて、カイの胸を緊張で引き締めた。かつて聖女として人々を救ってきたリリアナだが、今は仲間の一人として戦闘に加わる立場にあり、その魔力と祈りはいつもカイを支えてくれる。カイはうなずき、馬をゆっくりと歩かせた。


「わかった。マギー、そちらの情報は?」

カイは背後のマギーに問いかける。マギーは巻物を握りしめつつ、目を輝かせながら答えた。


「盗賊団は夜明けを狙って襲撃するらしい。人数は十名ほどと少ないが、裏切り者や情報屋を買収して地域の案内役を手に入れているらしい。峡谷の入口にある古びた橋の付近が危険だという話よ」

マギーは詠唱の準備をしながら続ける。「そこで待ち伏せして一気に襲いかかる。砦から持ち出された物資だけでなく、馬や武器も奪おうとしているから、警戒を強めて。相手の数が少ない分、油断すれば危ないわ」


カイは空を見上げると、霞んだ朝日が山の輪郭を照らし出していた。峡谷を抜けるにはこの朝の時間帯が最も安全だが、そのタイミングを狙われるとは不意を突かれるような気がした。彼は剣の柄に手をかけ、馬上から前方の行路をじっと見つめた。


「ガロン、ジーク、お前たち二人は前後に分かれて警戒を強化してくれ。おれは中央を進む。リリアナ、魔力検知を頼む。瘴気や魔術が使われていないか見張ってくれ」

カイは指示を出すと、仲間たちはそれぞれの位置に構えた。ガロンは剣と盾を手に先導する形で前方へ進み、ジークは馬上から後方を睨みつつ進んでいる。マギーは走りながら細い棒状の護符を使い、周囲の魔力を探知する。リリアナは静かに瞑想して魔力を全身に巡らせ、小さな光を灯している。


■   ■   ■


――ジーク視点


櫛の歯のように並ぶ木々の間を縫いながら、ジークは馬の歩みに合わせて進んでいる。彼の持つダガーは鋭く、自分の素早い動きを生かして仲間を守る準備をしていた。マギーから盗賊団の情報を受け取る前日に、リリアナから「お前の鋭い洞察力が必要」と言われて以来、ジークは気を引き締め、常に周囲を見渡していた。


「……何かあるぞ」

ジークは小声でつぶやき、剣ではなくダガーをしっかりと握りしめた。眼下には小川が静かに流れていて、川岸に沿って、かすかに足跡のようなものが残っている。それはまだ使われたばかりのように新しく、馬の蹄が落としたとしか思えないほど鮮明に刻まれている。


「馬の蹄跡じゃない、何かが横切った跡だ……」

ジークは目を凝らし、その足跡を追って進んだ。足跡は川を渡る石橋を越え、峡谷の入口へと続いている。そこには乾いた枯れ葉の上に浅い溝がいくつも刻まれ、あたかも複数の人間が走り抜けたかのように見える。ジークは息を呑み、その足跡が盗賊団のものだと直感した。


「カイに知らせなきゃ……でも、雲が低く垂れているせいで視界が悪い。これじゃ声を掛けても仲間に気づかれないかもしれない」

ジークは慎重に周囲を見渡し、霧の狭間から小さな声で叫んだ。


「カイ! 前方に足跡を見つけたぞ! しかも、複数人分だ!」

その声は木々の間を反響し、まもなくガロンの大きな声が返ってきた。


「ジーク、分かった。俺も今探る。気を付けて、相手に襲われるなよ」

ジークはうなずきながら懐に忍ばせた短弓を取り出した。弓には二本の矢がセットされ、矢羽根には小さく刻まれた結界破りの紋様が描かれている。これがあれば、盗賊団が使う可能性のある簡易呪文の結界を一瞬で破ることができるはずだ。


「よし……足跡はあの崖の向こうで途切れている。おそらく、何かを引きずりながら隠れ道へ隠れたか……」

ジークは声を押し殺しつつ、藤蔓が絡まる山肌を慎重に下り始めた。しばらくすると、岩陰に木でできた即席の階段が作られているのが見えた。階段は急斜面を巻き上がるように伸び、草木にほとんど隠れている。盗賊団が密かに通るために整備した道だと悟り、ジークは冷たい風を感じながら息を殺した。


「危険だ……ここで罠が待っている可能性が高い」

ジークは小声で自問自答しながら進んだ。階段が三段ほど続いた先に、朽ちかけた木の扉が半開きになっている。扉の付近には、小さく折れた矢尻が散らばっており、その矢尻は毒薬を塗布したものだと見て取れた。ジークは舌打ちし、目を光らせた。


「やはり、罠だ。数名がここを使って奇襲を仕掛けるつもりだろう」

ジークは短弓を構え、小さな矢を放った。矢は魔力の結界を破りながら扉の隙間を狙い、内側にいる何者かを探らせるための小さな爆発を起こした。扉の奥から呻き声が漏れ、続いて怒声と足音が響いた。ジークは構えを解かずに声を上げた。


「カイ! 盗賊団がこの隠れ道の奥で待ち伏せしている! ここを塞いでおけ!」

ジークの声は尾を引くように霧を破って砦の中へ伝わっていった。その直後、カイとリリアナ、ガロンたちが馬上から声を上げ、訓練兵も槍を構えて現れた。


「ジーク、分かった! そちらから援護しながら強襲をかける!」

カイは叫び、馬を急加速させた。リリアナは光の魔法を詠唱しながら、馬上から周囲を照らした。その光は霧を押し返し、影に潜む盗賊たちの姿を浮かび上がらせた。ガロンの槍兵はすぐに隊列を組み、小径の手前で防御陣形を取った。


「俺が先に行く。カイ、お前は後ろから援護を頼む!」

ジークは低く囁き、短弓を構えて前進した。扉の奥から数名の盗賊が闇の中から飛び出し、刃物を振り上げて襲いかかってきた。ジークは素早く矢を放ち、一名を倒した。残る数名は刃を振るいながら襲いかかるが、カイの鈍い咆哮が峡谷に響き渡る。


「くそっ! 貴様ら……」

カイは剣を抜き、馬上から踏み込んで一閃した。その剣は夜露に濡れた刃先で獲物を切り裂き、盗賊の体を地面に叩きつけた。だが、残りの盗賊たちは複数の投げ道具を用意しており、小さな爆発を起こす火薬玉や毒矢を放ってきた。峡谷の壁に炸裂した火薬が閃光を放ち、その音が山に木霊する。


「リリアナ、毒矢を浄化してくれ!」

カイは叫び、リリアナは急いで魔法陣を描き、枯れ木の根元に光を走らせた。その光は毒矢を反転させ、毒成分を中和して地面に落とす。リリアナの魔法は息を呑むほど迅速かつ正確で、ひとりでも犠牲を出さずに邪悪な毒を消し去る力を見せつけた。


「ありがとう、リリアナ!」

カイは深く礼を言いながら馬を踏み込ませ、最後の盗賊を追い詰めた。剣先が頸動脈を捉えた瞬間、盗賊の目に驚愕が浮かび、その体は冷たく硬直した。地面に倒れ伏す盗賊の周囲には瘴気も見えず、ただ血だけが地面を染めていった。カイは剣を抜き、馬上からその場の混乱を見渡した。


「終わった……」

カイは小さく呟き、深く息を吐いた。仲間たちは倒れ伏す盗賊の状態を確認し、安全が確保されたことを確かめた後、峡谷の入口へと戻ってくる。ガロンは剣を拭い、ジークはダガーを納めながらほっと安堵の表情を浮かべる。


「カイ、怪我はないか?」

ガロンが問いかけると、カイは肩越しにうなずいた。剣を構える衝撃でわずかに肩が痛んだが、大きな傷はなかった。ジークも額に汗を浮かべながら、「お前の斬り返しは相変わらず速かった」と笑みを見せた。


「ありがとう、ジーク。お前の警戒のおかげだ。もしあの足跡を見逃していたら、もっとひどいことになっていただろう」

カイはジークに感謝の意を表し、仲間たちは口々に安堵と喜びの声を上げた。だが、誰もがすぐに次の戦いを意識していた。盗賊団の罠を無事に突破したものの、まだ魔王討伐の本番は始まっていない。遠征の後半にはさらに強力な敵が待ち受けている。


「よし、先を急ごう。もうすぐ砦を抜けて平原に入る。その先には魔術師団の前線基地がある。道中で補給を受けるためにも、急いで向かうぞ」

カイは長く伸びる峡谷の道を見据え、馬にむちを入れた。仲間たちも騎乗し直し、再び険しい旅路を進み始めた。朝日がさらに昇り、峡谷を照らし出す光が緑の木々を黄金色に染める。


「俺たちは、必ずこの先にある試練を乗り越える。共に生き延び、世界を救うんだ」

カイの声は熱く、仲間たちは大きく頷いた。マギーは巻物を握りしめ、次の情報を確認する。リリアナは杖を軽く握り、魔力を静かに溜めている。ガロンは剣先を天に掲げ、ジークは馬の尾を手で叩いて勢いをつけた。


こうして、「盗賊団の罠」を乗り越えたカイたちは、さらなる戦いに向けて一歩を踏み出した。薄霧が晴れる先に待つのは、補給と情報確保のための魔術師団前線基地。彼らの旅はまだまだ続くが、絆と決意はますます強固になっていく――。

お読みいただきありがとうございます。

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