10話「双剣よ、運命を超えて」
王都の城門が、朝日に赤く染められていた。
石造りの壁に刻まれた無数の傷跡は、この街が幾度もの戦乱を越えてきた証だ。
だが今、ヴァルトにとってそれは新たな戦いの始まりの扉にしか見えなかった。
リオンが小さく息を吐く。
「……見ろよ、ヴァルト。あの城門の向こうが……俺たちの決戦の地だ。」
「……ああ。」
ヴァルトの声は低く、しかし迷いはなかった。
深紅の瞳は真っ直ぐに前を見据え、背に負う双剣の柄を静かに握りしめる。
セレスティアは白銀の髪を朝の風に揺らし、青い瞳を王都に向けた。
「あなたの剣が、運命を超えられるよう……祈り続けます。」
その瞳に映るのは、決して折れぬ光。
ヴァルトはその祈りを胸に刻み、口元にわずかに笑みを浮かべる。
「……ありがとう。お前の言葉が、俺の剣を支えてくれる。」
城門がゆっくりと開かれる音が、重く空気を震わせる。
王都の石畳が、冷たい光を帯びて三人を迎え入れた。
かつての栄華の面影を残す街並みは、今や灰色の霧に沈み、死の静寂に支配されていた。
「……まるで……墓場みたいだな。」
リオンが苦笑いを浮かべる。
だがヴァルトは首を横に振った。
「いや……ここは、俺たちが生きる場所だ。」
ゆっくりと歩を進めると、霧の奥から無数の足音が響いてきた。
黒衣の騎士団――レイヴンが率いる氷の軍勢。
その無機質な瞳が、冷たい光を放ちながら三人を見つめる。
「……来たか。」
ヴァルトは双剣をゆっくりと抜いた。
血と呪いを纏う刃が、霧の中で赤黒い光を放つ。
その光は、彼の決意そのものだった。
リオンが笑みを浮かべ、剣を構える。
「行こうぜ、ヴァルト。お前の剣と……俺の剣で、道を切り開く!」
「……ああ。」
短い言葉の中に、互いの信頼があった。
セレスティアは胸の前でそっと祈りの印を結ぶ。
「どうか……二人の剣が……運命を超えますように。」
黒衣の騎士たちが一斉に剣を構え、空気が張り詰める。
そして――決戦の鐘が鳴るように、剣戟の音が響いた。
ヴァルトの双剣が赤い弧を描き、最初の一撃で敵の刃を弾く。
リオンの剣がその隙を突き、黒衣の騎士を斬り伏せる。
二人の動きは、息を合わせた舞のように滑らかで、無駄がなかった。
「お前となら……どんな敵でも斬り裂ける!」
リオンの声が、血の霧に鮮やかに響く。
「……同じだ。お前がいるから……俺は立てる!」
ヴァルトの声は、剣の音と共に力強く響いた。
血飛沫が石畳を赤く染める。
黒衣の騎士の冷たい瞳が、一人また一人と光を失っていく。
だが戦いは終わらない。
その奥に、氷の瞳を光らせるレイヴンの気配が確かにあった。
ヴァルトは剣を振るいながら、胸の奥に囁く声を聞く。
(……進め。恐れるな。お前の剣は……お前の生き様だ。)
仲間の幻影が、血の中で微かに笑う。
その笑顔が、彼の双剣に力を与えてくれた。
「……お前たちの想い、必ずこの剣で繋ぐ!」
ヴァルトの叫びが、戦場の空気を震わせる。
リオンもまた、剣を振りながら笑った。
「なら、俺はその背を守る! 最後までな!」
セレスティアの瞳には、青い光が宿る。
「……ヴァルト……あなたはもう、恐れなくていい。」
その祈りが、血の霧に小さな光を生む。
やがて黒衣の騎士たちの動きが止まり、霧の奥にレイヴンが姿を現した。
氷の瞳が、冷たく光を放つ。
「……ヴァルト。お前の剣が……どこまで抗えるか、見せてみろ。」
「……望むところだ。」
ヴァルトは双剣を構え、深紅の瞳を細めた。
背後にはリオンが、セレスティアがいる。
その想いが――双剣に、赤黒い光を宿していた。
運命を超える一歩は、今まさに踏み出された。
ヴァルトの双剣が、静かに霧の中で輝きを増していく。
レイヴンの氷の瞳と、ヴァルトの深紅の瞳がぶつかり合う。
周囲を包む霧が、二人の間にわずかな緊張を孕む。
冷たい風が吹き抜け、剣戟の余韻を静かに攫っていく。
「……レイヴン。」
ヴァルトの声は低く、だが揺るぎない。
「お前を超えなければ……俺の剣は、この先へ進めない。」
レイヴンの氷の瞳は、冷たく微笑むように細められる。
「ならば……全てを見せてみろ。お前の剣、その血の宿命を。」
二人の剣が一閃し、空気を裂く音が響いた。
赤黒い残光と、氷の光が交わり、石畳を震わせる。
血飛沫が空を舞い、冷たい霧の中で小さな光を生む。
「……ヴァルト!」
リオンの声が背後から届く。
彼は血に濡れた剣を振るい、黒衣の騎士たちを退けている。
その声が、ヴァルトの剣に確かな力を宿す。
「……ああ、分かっている!」
ヴァルトは双剣を握り直し、再びレイヴンに向き直る。
「お前の氷の剣を……俺の双剣で断つ!」
レイヴンの瞳が、僅かに光を増す。
「……お前の意志、確かに見せてもらおう。」
その声には、冷たさの奥にわずかな感情が滲んでいた。
二人の剣が再びぶつかり合う。
赤黒い残光と、氷の閃光が戦場を照らす。
剣戟の音が響き渡り、血の匂いがさらに色濃くなる。
ヴァルトの肩に、レイヴンの剣がかすり、血が迸る。
だがその痛みに、ヴァルトは決して屈しなかった。
「……痛みなど……俺の道を照らす証だ!」
リオンが黒衣の騎士を斬り伏せ、声を張り上げる。
「ヴァルト! お前は俺たちの想いを背負う剣だ!」
その声が、血の霧を切り裂く光となる。
ヴァルトは剣を振り上げ、全身の力を双剣に込める。
「……この想いを……すべて、この剣に刻む!」
赤黒い光が刃を覆い、氷の剣に真っ直ぐに迫る。
レイヴンの目が細められ、剣を構え直す。
「……ならば、それを斬り裂くのが俺の役目だ!」
氷の剣が冷気を纏い、ヴァルトの双剣を迎え撃つ。
二つの刃が交錯し、火花が散った。
その瞬間、ヴァルトの心にかすかな声が届く。
(……俺たちは……お前を信じている。)
仲間の幻影が、微笑むように胸の奥に灯る。
その声が、血に濡れた双剣をさらに輝かせる。
「……負けるわけにはいかない!」
ヴァルトの叫びが、戦場の空気を震わせる。
双剣が氷の剣を押し返し、赤黒い残光がレイヴンの瞳に映る。
レイヴンの口元が、わずかに歪む。
「……お前は……やはり、俺の想像を超えてくる。」
その声はどこか、哀しげに響いていた。
だがヴァルトは構わずに一歩踏み込む。
「俺は……誰かの傀儡でも、血の呪いに囚われた存在でもない!」
その叫びは、剣戟の音を超えて響いた。
氷の剣が折れそうな音を立て、レイヴンの瞳に初めて僅かな動揺が走る。
「……ヴァルト……お前の剣は……。」
「……これは、俺の意志だ!」
ヴァルトは剣を振り抜き、赤黒い残光が氷の剣を裂く。
その瞬間、血と氷の光が交錯し、戦場を覆う霧を一瞬だけ晴らした。
リオンが剣を下ろし、笑みを浮かべる。
「見たか……お前の剣は、もう呪いなんかじゃない。」
セレスティアは祈りを終え、青い瞳を見開く。
「……ヴァルト……あなたは……運命を超えたのですね。」
ヴァルトは深紅の瞳を細め、血塗れの双剣を見下ろす。
赤黒い光は静かに揺らめきながらも、確かな力を宿していた。
「……ああ。俺は……もう迷わない。」
レイヴンは氷の剣を下げ、深く息を吐いた。
「……面白い。お前の剣……その光を、俺は確かに見た。」
その声は静かで、どこか満ち足りたようでもあった。
ヴァルトは剣を構え直し、血塗られた石畳を踏みしめる。
「……これで終わりじゃない。お前を超えて、俺はさらに先へ進む。」
レイヴンの瞳に、再び冷たい光が宿る。
「ならば……その先を見せてみろ。」
血と光が交わる決戦の舞台。
ヴァルトは双剣を強く握りしめ、次の一歩を踏み出した。
――運命を超える、その戦いの続きを刻むために。
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